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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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閑話休題『夜のピクニック ふもっふ?⑨』

 一二時間ほど前――瑞穂 's ホーム。


『娘さん、娘さん、わたしの可愛い娘さん。またですか』


 母親がご近所へのおすそ分け巡りから戻ってみると、キッチンで彼女の可愛い娘がどよ~んとしていた。

 今日は夜間歩行祭の当日で、夕方までに登校すればよい。

 娘の瑞穂は、その気になれば何時間でも眠れるという幸せな体質の持ち主なので、これ幸いにと昼過ぎまで寝ているかと思ったのだが……。


『はい、またなのです……』


 キッチンにたったまま、どんよりと瑞穂が答えた。


『お母さん様、わたしは一五年生きて、ようやく自分という人間が理解できました。わたしは抜けています。底抜けに抜けています。わたしは深淵、人間アビスです。ヒューマンブラックホールです……』

 

『それは凄まじい抜けっぷりですね』


『はい、凄まじいのです……』


『それで今度はいったいどうしたのです?』


『お弁当です……』


『お弁当ですか』


『はい、お弁当です。道行くんにお弁当を作っていってあげようと思ったのですが、わたしはあの人がお結びが好きなのかサンドイッチが好きなのか、知らないのです。わたしは本当に抜けています。トッポがいいかポッキーがいいかで散々悩んだ末に、結局両方買ったばかりだというのに……学習能力がすこ~んと抜け落ちているとしか言わざるを得ないのです……』


『それは確かに抜けていますね。ですが日本人でご飯が嫌いな人はそうそういないと思うので、お結びにしておけば大外しはしないのではないですか?』


『そうなのです。わたしもそう思ってお結びにしようと思ったのです。しかし今度は海苔がしっとり直巻がいいか、それともパリッと後巻がいいか、わからないのです』


『それなら二種類作っていけばよいではありませんか。道行くんの好みでない方は、あなたが食べればよいのですから。トッポとポッキー作戦再びです』


『そうなのです。わたしもそう思ったのです……しかし自由歩行で一緒に歩くのは、道行くんだけではないのです。道行くんだけにお弁当を作っていくのは他の人に失礼なのです。ですが他の人の分も作っていくとなると五段の重箱弁当になってしまい、さすがのわたしもそれを担いで歩行祭を歩く自信がないのです……』


 どよ~ん……。


『わかりました。わたしの可愛い娘さん。わたしがとっておきのアドヴァイスをしてあげましょう』


 ガバッ!


『本当ですか、お母さん様!』


『オフコースです。わたしの可愛い娘さんのためです。とっておきだろうと買い置きだろうと出し惜しみはしません』


『さすがお母さん様ですっ!』


『ではその形のよいお耳の穴をかっぽじって、よく聞いてください』


『はい!』


『わたしのとっておきのアドヴァイス、それは――』


『ゴクリ……そ、それは?』


『それは――』


『そ、それは……?』


『それはお弁当を作っていかないことです』


『……』


『わたしの可愛い娘さん。顔が “どーもくん” になっていますよ』


『……お母さん様、真面目にやってください……それのいったいどこがとっておきのアドヴァイスなのですか』


『娘さん、あなたは大切なことを忘れています』


『た、大切なことですか?』


『そうです、大切なことです。あなたはまだ道行くんとお付き合いをしていないではありませんか。お付き合いをしていないのにお弁当を作っていったりしたら、場合によってはドン引きされてしまいますよ』


 ショックの余り、ド~ンと後ずさる瑞穂。


『そうです。そんな感じでドン引かれます』


『そ、そうなのですか、お母さん様?』


『もちろんです。お弁当に限らず何事もタイミングが大切なのです。ふたりきりならいざ知らず、他にも人がいる場面でお弁当を渡されるのは道行くんにも精神的負担となります。あなたは彼に空気の読めない女の子と思われたいのですか?』


『そ、それはもちろん嫌です』


『そうでしょう。それなら今回お弁当は諦めることです』


『はぁ……わかりました。そうします』


 ……しょんぼり。


『そう落ち込む必要はありません。お弁当は作っていけませんが道行くんのハートを射止める、もっと効果的な方法を教えてあげましょう』


『さすがお母さん様ですっ!』


◆◇◆


 ――以上のやり取りを踏まえての、


「からあげ、ひとついかがですか?」


 なのである。


 お母さん様曰く、


『恋とはとかく押しつけがましくなるもの。まして娘さん、あなたの性格なら横綱級の()()()()()()になってしまうでしょう。知り合ったばかりの男の子相手にそれはノーグットと言わざるを得ません。道行くんの♡を掴みたいのでしたら、あくまでもさりげなく “おひとついかがですか?” がよいのです』


「あ、ありがとう」


 道行は戸惑いながらも、取り皿の代わりに自分の弁当を差し出した。


「いえいえ」


 瑞穂がホクホク顔(自分が食べるわけでもないのに!)で、アルマイトの弁当箱に詰められた海苔弁の上に、香ばしい色をしたからあげを丁寧に置く。


「それじゃ、遠慮なく……」


 瑞穂、空高、隼人、リンダ、そして貴理子。

 全員から注視される居心地の悪さを感じながら、道行はからあげを囓った。


「いかがですか?」


 期待に充ち満ちた瑞穂の表情。

 道行の反応にまったく不安を感じていないところが、強靱というかなんというか。

 しかし瑞穂のポジティブシンキングは報われた。


「うん、美味え」


 道行は瑞穂の望んでいた答えを返した。


「これ、枝葉さんが揚げたの?」


「はい! 頑張って揚げさせていただきました!」


「枝葉さんは料理が上手いんだな」


 ゴクンとからあげをのみ込むと、道行は言った。

 ほとんど表情が変わらずに無感動に見えるのは、いつものことだ。

 ぐったり八兵衛は、本心から美味いと思っていた。


(これはクリティカルヒットと言えるのではないでしょうか! ああ、お母さん様! おさすがです!)


 瑞穂は幸福感に充ち満ちた心の中で、母親に手を合わせた。

 しかし残念なことに、その幸せは長く続かなかった。


 ズイッ!


 不意に顔の横から、剣道の突きのような気迫(殺気?)が籠もったペットボトルが差し出されたのだ……道行に。


 ギギギ……と油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさで道行が顔を向けると……。


 ()()()()をひっくり返したような目をした貴理子が、無言で件のスポーツドリンクを差し出していた。


(飲むわよね?)


 道行は “口直しの強要” なるものがこの世界に存在すること、何よりその怖ろしさを知った。


「い、いただきます」


 いろいろな意味でゴクリ……と、道行は温くなったアイソトニック飲料を飲んだ。


「サ、サンクス」


 貴理子は蒼ざめた道行からペットボトルを受け取った。

 キャップを付けるのかと思いきや――。


 ゴクリ!


 と自分も飲んだ。


 呆気にとられる、他の五人。


 やられたら、やり返す。

 塗られたら、塗り返す。


 ()()()()()恋敵(ライバル)の目前でやってこそ意味があるということに、貴理子は遅ればせながら気づいたようだ。


(ふぇ……)


 瑞穂は目をパチクリさせて、その大胆さに感心してしまった。


(やるじゃない)


 リンダも同様だった。

 (まるでもう)(ひとりの幼馴染み)がいないかのような、貴理子の行動。

 リンダはそこに、貴理子の覚悟を見た。

 リンダは空高から、双子と貴理子との関係を聞いている。

 貴理子が道行を好きで、その貴理子を空高が好きなことも。


 貴理子も、空高が自分に好意を寄せていることに気づいているはずだ。

 それでも空高に遠慮せずに、瑞穂と張り合っている。

 ここで遠慮しているようなら、貴理子の道行への想いもその程度ということだ。


 恋愛なのだ。

 綺麗事ですまないのだ。


「――隼人、これ食べて」


 リンダは傷心の隼人に、自分のおかずを差し出した。


「……え?」


「あんた、からあげよりもハンバーグが好きでしょ」


 スポーツ少女の印象が強い彼女だったが、実は家庭的な一面があるのである。

 隼人は戸惑いつつも、リンダから手作りハンバーグをもらった。

 隼人の好みの味だった。


「道行くんは、どういう食べ物が好きなんですか?」


 そのやり取りを見ていた瑞穂が、『今こそ!』とばかりに訊ねた。

 これを聞き出すことが、今夜の歩行祭の目的のひとつでもあったのだ。


「俺ぁ、何でも食うよ。野蛮人だから」


 道行は小首を傾げて少し考えたあと、答えた。


「貧乏舌」「お釈迦様の舌!」


 貴理子と瑞穂が、同時に言った。

 同じ意味でも、こうまで表現が違うものか。



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― 新着の感想 ―
[一言] 好き嫌いが無いのは良いことですが、こういったときには困りますねw 道行の胃が何時まで持つかが楽しみです(外道
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