分火★
旋風が巻き起こり “風の大王ダイジン” の青く半透明の巨体が薄れていきます。
何百年か、あるいは何千年か。
小さな指輪に封じられていた大きな風が、ようやく自由を得たのです。
「なんだかもったいないわね」
「え?」
「枝葉さんが、新しいご主人様になっちゃえばよかったのに」
田宮さんが悪戯っぽい笑顔を向けました。
「そうだよ! なんで壊しちゃったんだよ、指輪! 絶対役に立ったぞ!」
今になって気がついた! ――みたいな勢いで早乙女くんも叫びます。
「風は自由に舞い踊ってこそ風なのです。あの指輪はわたしには重すぎますよ」
軽くいなしたわたしに早乙女くんは、気抜けた様子で嘆息しました。
「無駄話にはそれくらいにしてキャバクラに戻るぞ。ラクダが何か隠しているとしたらあそこだ」
「ガァ! 五代の言うとおりだ。さっさと調べてみんなで温泉に浸かろうや!」
「えっち!」
「ブッバ!?」
田宮さんがショートさんを睨んだところで、わたしたちは回廊に引き返しました。
黒い緞帳の広間を出て三叉に別れた寺院の入り口まで戻り、そこから北に向かって、再び下品なナイトクラブのような根本聖堂を目指すのです。
「おい、ついてくんな!」
早乙女くんが後ろを振り返って、おっかなびっくり付かず離れずついてくるラクダに怒鳴ります。
「ベェーー! ベェーー!」
「完全にブルっちまってんな。いっそ哀れだぜ」
「ガァー! 畜生道に堕ちたんだ。それも仕方あんめえ」
「~おまえが言っちゃうのか、それ」
「ガァ、ガァ、ガァ、ガァ! オイラは畜生に見えても中身は鳥高度文明人だからな。ラクダと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
呆れた顔の早乙女くんを、愉快に笑い飛ばすショートさん。
「油断するな、不意に襲ってくるかもしれない」
「オウ~ン!」
隼人くんの言葉に、オウンさんがひと吠え。
「『自分が見ているから安心していい』、だそうです――そうですよね?」
「オウン!」
「……そうか」
なにやら隼人くんが力なく肩を落とした数分後、わたしたちは件のケバケバしいネオンの前に立っていました。
ミラーボールが煌めく堂内に入ると、全員で中を調べます。
一緒に入ってこようとしたラクダは閉め出してしまったので、邪魔にはなりません。
「どこかに本堂(本尊が祀られている場所)への通廊があるはずなのですが」
「ラクダはこの寺院の本尊を『青い力』と言っていたな」
「はい。おそらくそれが南の壁に刻まれていた『青い炎』かと」
隼人くんと言葉を交わしながら部屋を調べますが、隠し通路は見当たりません。
「ね、ねえ、訊いていい?」
安西さんがカウンターの奥を調べている五代くんに近づき、小声で訊ねました。
「なんだ?」
「どうしてあの僧侶が、ここに何か隠してるって思ったの?」
「小心者は大事な物を常に目の届く場所に置いておきたがる。例えば――」
カタン、
カウンターの下に手を差し入れていた五代くんが答えたとき、小さく乾いた音が響きました。
一呼吸置いて大小様々な形の酒瓶が並ぶ酒棚が左右に分かれ、石壁が剥き出しの通廊が現れたのです。
「ご開帳だ」
「すごい! すごい!」
安西さんが五代くんの腕を取ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねます。
「お、おい」
「さすがですね」
「盗賊 なら当然だ」
微笑むわたしに五代くんは、ふん、と不機嫌そうに顔を背けました。
「行ってみよう、でも油断するな」
五代くんを先頭にいつもの一列縦隊で、隠されていた通路に足を踏み入れます。
わたしの後ろにはショートさん、オウンさんと続き、オウンさんは頭をぶつけないように屈まなければならず、窮屈そうです。
幸い通路は短く、すぐにオウンさんは身体を伸ばすことが出来ました。
視界を満たす、青い光。
通路の先は一×一区画の玄室で、中央の祭壇に青々と燃える炎が揺らめいています。
「あれのようだな」
「あの炎で枝葉さんが見つけた壁を照らせば、道が拓けるのね?」
「おそらくは」
隼人くんも田宮さんも、そしてわたしも。
会話を交わしてはいますが、視線を青い炎から逸らすことができません。
「よ、よし、それじゃ分火してもらうかな」
実家が仏寺だけあって、早乙女くんは難しい言葉を知っています。
分火とは元の灯火から分けて、別の場所に火を灯すこと。またはその分けた火のことを言います。
早乙女くんは雑嚢から種火用の麻紐を取り出すと、先端に灯っていた普通の種火を短刀で切り落としました。
そして真新しい切り口をカミカゼ寺院の本尊らしい、青い炎に近づけます。
「あれ? 変だな、着かねえぞ?」
「濡れてんじゃないのか?」
「馬鹿いえ、元の火種は着いてたろうが」
早乙女くんは五代くんに答えつつ何度も麻紐を炎に触れさせましたが、燃え移ることはありません。
「駄目だ、こりゃなんか特別な火だぞ」
しばらく悪戦苦闘したあと、とうとう白旗を上げる早乙女くん。
「まるで鬼火のような色だからな……分けるには何が呪術的な品が必要なのかもしれねえ。ガァ」
「取りあえず、所持品を片っ端から試してみよう。それで駄目ならもう一度この階を探索だ」
気持ちを奮い立たせるように隼人くんが言い、わたしたちは各自の持ち物の中から火種になりそうな品を次々に炎に近づけました。
結果は……全敗。
火が着きそうな物は包帯から油を吸った角灯の芯まで試してみましたが、燃え移るどころか熱を帯びることすらありません。
「これは手強いですね」
「オウウ~~~~~ン……」
「他にはないか? 火が着きそうなものならなんでもいい」
「ショーちゃんも思い浮かばないの?」
「すまねえ、お侍。オイラもこんな妙ちきりんな火は初めてだ……ガァ」
「…… “メルロン” みたい」
「……『唱えよ、友』ですか」
「……うん」
安西さんと力なく吐息を漏らします。
「こうなると、あの坊主がラクダにされてしまったのが痛いな。奴が元のままなら口を割らすこともできたはずだ」
五代くんが苦々しげに呟きました。
“風の大王” が施した変身の魔法が、そう簡単に解除できるとは思えません。
ロード・ハインマインに話を訊くことは、もはや不可能でしょう。
わたしは肥大漢の僧侶の言葉を一言一句、できるだけ正確に思い出すよう努めました。
あれだけ自己顕示欲の強いキャラクターです。
本人も気づかないうちに、重要な情報を漏らしているかもしれません。
(ロード・ハインマインが『青い炎』について語った言葉は……)
◆◇◆
『さ、左様! 本来なら部外者を案内することはないのですが、ルーソ様の錫杖を持つあなた方なら構いますまい! そこに行けばもはやその錫杖に用はなくなるはず! 我が寺院の本尊の聖なる青き力で、浄化するがよろしかろう!』
◆◇◆
(“時の賢者ルーソ” 様の “宝石の錫杖” を見たときに言った、これだけです)
そもそもロード・ハインマインは “宝石の錫杖” を、なぜあれほどまでに欲しがったのでしょうか?
あの金満な身なりからして金品に貪欲なのは明々白々で、宝石の散りばめられた錫杖に欲望を刺激されても、なんら不思議ではありません。
だからわたしが背嚢から “宝石の錫杖” を取り出したのは、確たる考えなどない手慰みに近い動作でした。
本当にただなんとなく、取り出してみただけなのです。
ボシュウウウウッッゥ!!!
その瞬間、祭壇で燃え盛っていた青い炎が渦を巻いて、無数に煌めく錫杖の宝石に吸い込まれました。
あまりに突然の出来事に、悲鳴を上げる間さえありません。
我に返ったときには玄室を満たしていた青光は失せ、祭壇から炎が消えていました。
わたしは呆然と、手のなかの錫杖を見つめました。
いえ……いえ、違います。
炎は消えていません。
青い炎は錫杖の宝石の中で、今も燃え盛っています。
どうやら……これがこの錫杖の使い方だったようです。
この錫杖こそが残る『青い部屋』への鍵であり、青い緞帳に覆われた縄梯子を使うためのキーアイテムだったのです。
第四層への道は拓かれたのでした。
◆◇◆
「キリキリ動きな! キリキリ! 愚図は嫌いだよ!」
「ラーラ、そう急かすなって。また落盤が起きたらどうするだよ」
「そこを起こさないようにやるのが職人ってもんだろう。慌てず、急いで、正確に。
のんびりやれば上手くいくなんて、素人の世迷い言だよ」
「へいへい」
「――いいかい! 次にあの聖女様が戻ってくるまでに、なんとしても昇降機 を使えるようにするんだよ! せっかく便利なもんが目と鼻の先にあるんだ。いつまでも縄梯子なんて使わせてたら “兄弟愛の自警団” の名折れだよ!」
「「「「「「「ララに称賛あれ!」」」」」」」
「それやめな!」
「ラーラ! ラーラ・ララ! 来てくれ! 宝箱が出た!」
「にゃんだって?」
「見てくれ、これだ。落盤の下から出てきたんだ」
「なるほど、こいつは確かに宝箱だよ。しかも瓦礫の下から無傷で出てくるなんて相当な加護が施されてるね――ジーナ!」
「あい! “看破” だね? あい!」
「――どうだい?」
「罠はないよ! あい!」
「妙だね、こんなに厳重に守られてるのに罠が仕掛けられてないなんて」
「どうするの、ラーラ?」
「もちろん開けてみるさね――念の為に離れといてくれ」
「あい! 後退、後退!」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
ガチャ、
「ふん、何年も埋まってたのにカビの臭いもない。こりゃコンティニュアル系の加護で中身も護られてるね」
「なにが入ってたの!? なにが入ってたの!?」
「焦るんじゃないよ、慌てる乞食は貰いが少ないってね――え~と、なんだいこの小汚い外套は? それに戦棍が一本と、あとは……手紙?」
「手紙!? 誰宛!? どんな内容!? 恋文?」
「まあ、待ちなって――なになに、『親愛なる……』」
「……ラーラ?」
「こいつは驚いた……これは過去から届いた聖女様への手紙だよ」
To Be Continued ......







