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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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出会い頭

 ノッシノッシと歩いていたオウンさんの歩みが、不意に無音になりました。

 頼もしい足取りから忍び足へ。

 ソロリ、と肩からわたしを降ろすと、つぶらなひとつ目が見つめます。


(……了解です)


 うなずき返し、戦棍(メイス)と盾を構えました。

 息を殺してはいますが回廊の曲がり角の先に、明かな気配を感じます。

 待ち伏せ(アンブッシュ)でしょうか。


 わたしは前衛職ではないので、気配を読む能力に長けているとは言えません。

 ですので人数まではわかりません。

 息を殺しているところかして、おそらく人間型の生き物ヒューマノイド・タイプでしょう。

 動物系の魔物なら、すでに威嚇の唸り声を上げている間合いだからです。


修験者(カラステング)か、浪人(ローニン)か、あるいは女人族(アマゾネス)か……)


 いずれも呪文や加護を唱えてくる相手です。

 “静寂(サイレンス)” にするか、“棘縛(ソーン・ホールド)” にするか……。

 “棘縛” なら呪文と同時に動きも封じられますが、“静寂” よりも通りにくいという欠点があります。

 わたしは自分のレベルとこの階層に生息する魔物のレベルを勘案して、嘆願する加護を選択しました。


 オウンさんは牛人(ミノタウロス)から奪った処刑人の剣エクセキューショナーズソードを手に、巨体に似合わないしなやかさで進んでいきます。

 そのオウンさんを巻き込まないよう、魔物だけに加護を施さなければなりません。

 回廊の曲がり角から飛び出しての、出会い頭の戦闘です。

 魔法の正確な範囲指定は困難を極めますが、やるしかありません。


 どうやらオウンさんは待ち構えるのではなく、こちらから仕掛けるようです。

 確かに回廊の陰からいきなりあの大きな身体が踊り出してきたら、分かってはいても驚いてしまうでしょう。

 善い判断だと思います。


 オウンさんが身を屈め、両足に力を込めました。

 わたしは口の中で素早く祝詞(しゅくし)を唱えます。

 見計らったようにオウンさんが雄叫びを上げて、回廊の陰から躍り出ました。

 間髪入れずにわたしも飛び出し、最後の韻を踏んで印を――。


 戦いに際して研ぎ澄まされていた知覚が、一瞬を無限に広げました。


 目の前に、切っ先のない斬首刀を振りかぶったオウンさん。

 その向こうにギョッ!とした様子の人間型の生き物×5と、動物系の魔物×1の混成部隊。


 刹那の調整で着弾点を修正して嘆願される、“棘縛” の加護。


 剛剣が隼人くんの頭上に振り下ろされるより半瞬速く、不可視の(いばら)が全員を――先手を討ったオウンさんも含めて――絡め取りました。



「す、すみませんでした。咄嗟のことで、ああするしかなくて」


 ようやく加護の効果が切れた皆さんに、恐縮しきりに謝ります。

 オウンさんに、再合流を果たした隼人くんたち五人。

 さらにどういう事情があったのでしょう、その隼人くんたちと行動を共にしていた “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さん。

 みんなまとめて “棘縛” で絡め取ってしまったのですから。


「いや、謝る必要なんてない。瑞穂が固めてくれなければ俺の頭は潰されていた」


「……オウ~ン」


 隼人くんが頭を振り、オウンさんが後頭部に手を当てて面目なさげにうつむきます。


「言うとおりってもんだぜ、ライスライト。おめえさんが上手いことやってくれなけりゃ、阿鼻叫喚の大惨事になっていたところだったんだからよ。ガァー!」


「そうよ、謝る事なんて全然ないわ」


 ショートさんや田宮さん、他のみんなも気分を害している様子はありません。


「ありがとうございます」


 ですが、これは致命的なミスです。

 緊急事態で仕方がなかったとはいえ、硬直している間に徘徊する魔物ワンダリング・モンスターが現れていたら大変な状況になっていたでしょう。

 場所は合流地点である、縄梯子の近く。

 本来なら攻撃を仕掛ける前に、誰かが気づかなければならなかったのです。

 それなのにお互いに見えない相手への警戒ばかりが先に立ってしまい、殺気と殺気のぶつかり合いになってしまって……。

 わたしは背中に浮いた汗の不快感と一緒に、この教訓を胸に刻みました。


「とにかくキャンプを張ろう。話はそれからだ」


 隼人くんが指示を出し、わたしたちは聖水で魔除けの魔方陣を描くと、その中に車座に腰を下ろしました。

 そうしてから、お互いに分断されてからのことを説明し合ったのです――。


「……縄梯子(始点)を中心に、東西南北一四区画(ブロック)の距離に重要な()()がある……か」


 わたしの話を聞いた隼人くんが、思案顔で呟きました。


「真西には赤いカーテンに覆われた赤い泉がありました。古代の邪悪な海洋神の眷属 “深きもの(ディープワン)” が棲みついていて、倒したらこれを落としました」


 雑嚢から不気味な笑みを浮かべた “悪魔の石像”を取り出すと、全員に見せます。


「おそらくはキーアイテム(パスポート)でしょう」


 本当に生きている悪魔が石化したようで、薄気味の悪さに皆、顔を顰めています。


「ねえ、それならこの “黄金の鍵” もそうなんじゃないかしら? これも黄色い部屋の泉から見つけたんでしょ?」


「おう、そうかもしれねえ! 確かあの泉も縄梯子から真東にあったはずだぜ!」


 佐那子さんがやはり雑嚢から金でできた鍵を出し、ショートさんがパン!と翼端で膝を打ちました。


「……どうだ?」


「うん、間違いないよ! あの金色の泉も縄梯子から東に一四区画にある!」


 五代くんにうながされた安西さんが、自筆の地図を広げて声を弾ませます。


「その黄色いカーテンの玄室に入る前に、鍵の掛かった扉を開けませんでしたか?」


「ああ、開けた」


 うなずく五代くん。


「やはり。東西とも縄梯子から一四区画の座標に重要なポイント()があり、その手前の一一区画の場所に鍵の掛かった扉がありました。南にも、扉はありませんでしたが『青を照らすは青の炎』という傷文字が刻まれた壁がありました」


「『青を照らすは青の炎』――どういう意味だ?」


 腕組みをした早乙女くんが、盛んに首を捻っています。


「わかりません。ですが西が『赤い部屋』、東が『黄色の部屋』とくれば、おそらく壁の先は……」


「……『青い部屋』か」


「その『青い部屋』に入るために『青い炎』が必要ってわけね」


 隼人くんが再び呟き、田宮さんがうんうんと納得顔で首肯します。


「予断を持つのはよくありませんが、そう予測はできます」


「……東と西の扉は単純な鍵だった。南だけやけに厳重に封印されてるな」


「そうだね……それだけ重要なものが隠されてる……ってことかな」


「……多分な」


 五代くんにうなずかれ、自信なさげに答えた安西さんの表情がほころびました。


「どうやらその答えは、残る北にありそうですね」


「殿下、ここから北って言や」


「オウン!」


 みんなの気持ちを代弁したわたしに、ショートさんとオウンさんが顔を見合わせました。

 ふたりにそぐわない、ピリピリとした空気が漂っています。


「何か知っているのですか?」


「ああ、北にはこの迷宮で一番の嫌われ者が住んでるんだよ」



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― 新着の感想 ―
[一言] 棘縛はナイスフォローでしょう。 分かれたときの合図を決めておけば、なお良かったでしょうね。
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