情けはアヒルのためならず
「ガァアアァァァー!!!?」
白目を剥いていた眼球がひっくり返り、“ダック・オブ・ショート” が大量の水を吐き出した。
「――ブッバ! 行ってきたぜ、大霊界!」
ガバリ! と息を吹き返すと、アヒルの霊媒師は生還の雄叫びを上げた。
ヘナヘナとその場に頽れる、隼人たち五人。
安堵といろいろな意味での脱力で、とてもじゃないが立ってはいられない。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ! まったく死ぬかと思ったぜ!」
(((((……死んでたんだよ)))))
「――あれれ? なんでえ、おめえさんたち。いったいこんなところで何してなさる?」
鳩胸?を吹子のように膨らませていたショートが、ようやくパーティに気がついた。
「土左衛門になりかけていた水鳥を蘇生させていた……」
疲れ切っていた隼人は嫌味でもなく答えた。
ガックリと肩は落ち、視線はショートから外れている。
「そ、そうか。久しぶりに会ったっていうのに、そいつは大層な面倒を掛けちまったみてえだな」
「いや、気にしないでくれ。俺たちもあんたに助けられたから……」
モジモジと恥ずかしげに詫びるアヒルに、隼人は顔を上げ力の抜けた表情を向けた。
そして酷く億劫だったが、ここに到るまでの複雑な経緯を説明した。
ショートのアヒルは翼端を平べったい嘴の下に当てて、聞き入っている。
「――そうか、オイラが仕事場に残してきた除霊薬が役に立ったか」
隼人の長い話を聞き終えたショートは、得心のいった表情でうなずいた。
「ああ、お陰で “時の賢者” の物置に巣くっていた怨霊を退散できた」
「それにしてもおめえさんたちが、あの “ルーソ” を捜しているとはねぇ――いや、それよりもなにもよりも、今ははぐれちまったあの聖女を見つけるのが先か」
ショートも “時の賢者ルーソ” についてはいくつかの噂話を耳にしているが、今はそれを披露しているときではないらしい。
「ライスライトを引っかけたのは、“狂気の暴走者” に違いねえぜ――紫の肌をしたひとつめの巨人だろ?」
「そいつだ!」
隼人の顔色が変わった。
「居場所は――塒はわかるか!?」
「まあ、待ちねえ。そういきり立っちゃいけえねよ。あいつはあんな見てくれをしてるけどよ、悪い奴じゃねえんだ。ライスライトを取って食ったりはしねえからそこは安心しな」
「馬鹿いうな! 魔物だぞ!」
「だから見てくれはな。あれで元は人間――それも大層な国の王子さまだった高貴なお方なんだぜ」
露骨にうさん臭げな眼差しを向ける隼人たち。
元は人間? 高貴な王子さま?
このアヒルは酸素欠乏症に罹っているのか?
「嘘じゃねえって。あいつは世にも怖ろしい変化の呪いを掛けられちまってるんだ」
「変化の呪いですって?」
佐那子がたまらず訊ね返した。
元来が積極的な性格である彼女は、聞くよりも訊くほうを好む少女なのだ。
「ああ、相手の姿を強制的に変えちまう強力で悪辣な呪いだ。しかもそれだけじゃ飽きたらず “邪眼” は、王子の足に “痒みの呪文” もかけた」
「それじゃもしかして……」
恋が何かを思いついたように呟いた。
「ああ、さすが魔術師 だ。そこの嬢ちゃんは勘がいいな。そのとおりだよ。可哀想な王子は足が痒くて痒くて、一秒だって立ち止まっちゃいられねーんだよ。“狂気の暴走者” の誕生ってわけさ」
「巨人の正体は分かった。だが俺たちが知りたいのは奴の居場所だ。知っているのか知らないのか」
「おめえさん、今のおいらの話を聞いてなかったのかい? “狂気の暴走者” は迷宮中を走り回ってるから “狂気の暴走者” なんだぜ」
焦れて苛立つ隼人を、ショートが諫める。
「あいつは特にこの地下三階を走り回ってる――なぜかって? ここが一番長く走り続けられるからさ。あんたらだってこの階層の構造を知ってるだろ? この巨竜の臓物みたいにのたくってる回廊をよ」
「「「「「……」」」」」
「だからたまに温泉に行く以外は、あいつはこの第三を走り回ってるのさ」
「温泉には行くのかよ」
「四六時中走り回ってるからな。あいつだって疲れるのさ」
呆れた眼差しの月照に、ショートは大真面目にうなずいてみせた。
「二階の “ブラザーの健康温泉” で会うことがあるんだが、あそこにいなければ、ほぼこの階を走り回ってると思って間違いねえはずだ」
話によると二階の温泉には足の痒みを抑える効能もあるらしく、“狂気の暴走者” もたまに浸かりに来るらしい。
「あと可能性があるとするなら――あそこぐらいか」
ショートが再び翼端を嘴の下に当てて、考え込む素振りをした。
「いやな、この階層にはもう一カ所、回復効果のある泉が湧いてるんだが、そこはこことは違って生命力が回復する泉なんだ。王子は魔法は使えねえから、もしこの階で行く所があるとすればそこぐらいだな」
ショートは月照を見た。
「おめえさん。坊主だな? “探霊” の加護が願えるなら、ちっと男神さまに祈ってみな。それで二階と三階、どっちにいるかわかるはずだぜ」
「そうか、“探霊” ! “探霊” があったんだ!」
ハッと気づいた月照が、悔悟の叫びを上げた。
経験不足が露呈した瞬間だった。
“探霊” は迷宮内にいる仲間を念視する加護だ。
大まかな位置と状態が分かるが、今回のように迷宮内でパーティが散けるような事態に陥るか、行方不明者の捜索と回収を生業とする迷宮保険屋でもない限り、まず使うことはない加護である。
月照にとっては授かったばかりの加護で、これまでに嘆願したことがなかった。
「西だ! 枝葉はこの階の西にいる!」
嘆願を終えた月照が吠えるように言った。
「ってことは、もうひとつの泉の方だな。そこに湧いてる金色の泉はこの階層の東の端にあるんだが、生命力が回復するもうひとつの泉は西の端にある。第三層は回廊自体は複雑にうねっているが、その先にある玄室は対照的な配置になってるんだ」
「穽陥を回避しているうちに、かえって離れてしまったのか……」
隼人が唇を噛む。
「その穽陥だがどうするの? 飛び越せないんじゃ迂回路を探すしかないけど……」
地図係の恋が、自筆の地図を広げてルートを探る。
「ああ、それなら心配いらねえよ。おいら泳げねえけど飛べるから」
言葉を失う人間たち。
泳げない代わりに飛べる……それはもはやアヒルではないと、パーティは思った。
「飛べないアヒルはただのアヒルなんだぜ?」
カッコイイとは、こういうことさ。







