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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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土左衛門

「……罠はない」


 隼人はうなずき、突入を指示した。

 パーティは再び武器を構え、視線で合図を送り合い、扉を蹴破り、乱入する。


 絶句した。


 扉の奥にあったのは、まるで黄金を溶かしたような水を湛えた泉だった。

 絶句したのは、その水を見たからではない。

 絶句したのは、その水に浮かんでいる、アヒルの土左衛門を見たからだった。


 アヒルの土左衛門を見たからだった。

 アヒルの土左衛門を見たからだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 人間というものは想像を超えすぎる事態に直面すると、驚くよりも彫像(スタチュー)のように固まってしまうものらしい。


 隼人たちにしてみれば、


『だってそうだろ? 仮にも水鳥なんだぜ? それが()()()()()で浮かんでるんだぜ? ありえないだろ?』


 それは驚くだろう。

 いや、驚くよりも呆れるだろう。

 呆れたら一瞬、動けなくなるものだろう。


 ――と、いうものである。


「あれって……あれよね?」


 田宮佐那子が刀の柄に手を添えたまま、自問とも他問ともとれる言葉を漏らした。


「ああ……あれだな」


 早乙女月照がゴクリ……と生唾を飲んで首肯した。


「……なんで浮かんでるの?」


 安西恋がもっともだが、少々ズレてもいる疑問を呈した。


「……で、どうする? スルーか? レスキューか?」


 五代忍が最も冷静で、的確な発言をした。


「……レスキューだ」


 隼人が嘆息混じりに締めた。


 こういう場合は大慌てで救助に入るのが普通なのだろうが、状況が状況だけにしかたない。

 隼人は泉に近づき指先でそっと、()()の水に触れてみた。

 皮膚がピリついたり、ぬめったりはしないようだ。


「月照」


「ああ、いざというときはすぐに解毒する」


 隼人は意を決して泉の水を口に含んだ。

 アヒルを助けるには泉に入るしかない。

 絶対に毒味は必要だった。


「ど、どう!? 志摩くん!?」


 佐那子が最大限に緊迫した顔で訊ねた。


「……問題ない」


 金属質のいかにも有害な水を飲み下した隼人は、やや間を置いてから答えた。


「いや、それどころか。精神力(マジックポイント)が回復した」


「「「ええ!?」」」


 忍を除く魔力持ちの三人が驚嘆した。


「どうやらこの泉にも、女神の祝福が施されているらしい」


 蠱の蠢く毒々しい泉だが、二階にも同様の効果がある泉が湧いている。

 その泉の水を飲むことでパーティは、人形メイド『トキミ』の部屋を拠点に探索を進めることができていた。


「魔力の回復は後回しだ――俺が行く」


 忍がアヒルの救助を志願した。


「頼む」


 革鎧は一番脱ぎやすい。

 他の者の装備では着脱に時間が掛かる。


「……ご、ごめんなさい」


 本来なら鎧をまとっていない自分が行くべきだと思ったのだろう。

 恋が小声で謝った。


「気にすんな」


 珍しく言葉を返した忍に恋がハッとした表情をみせたが、盗賊の少年は気づいた風でもなく手早く鎧と衣類を脱ぎ、ズボンだけの姿になった。

 腰に命綱を結びつけて、隼人と月照に託す。


「持っていけ」


 隼人が差し出した短刀(ダガー)を無言で受け取りベルトの間に手挟むと、そろりそろりと泉に身体を浸した。

 飛び込んで、泉に生息している魔物を呼び寄せるような馬鹿はしない。

 可能な限り水面を波立てないように、平泳ぎでアヒルに近づいていく忍。

 仲間たちが息を飲む中、魔物に襲われることは……なかった。

 無事にアヒルの元に泳ぎ着き、その身体を抱えて右手を挙げる。


「――よし、引け!」


「おっしゃ!」


 隼人と月照がグイグイと命綱を手繰り寄せる。

 恋が胸の前で両手を握ってその様子を見つめ、佐那子はラーラ・ララから譲られた業物を手に油断なく周囲を警戒する。

 やがて岸辺に到着した忍とアヒル。


「引き上げろ!」


 回収は上手くいった。

 だが救助(レスキュー)はここからが本番だ。


「息をしてない――月照!」


 金色の水を滴らせながら、忍が叫んだ。


「駄目だ! 呼吸をしてないんじゃ癒やしの加護は受付けねえ! “魂還(カドルトス)” はまだ使えねえし!」


「人工呼吸だ!」


 隼人が白目を剥いているアヒルを仰向けにして、心臓マッサージを始める。

 基本的な救急救命の技術は、訓練場で修めている。


「マウス・トゥ・マウスは意味ないぞ!」


 月照が黙って見ていることができずに叫んだ。

 心肺停止の場合マウス・トゥ・マウスでの人工呼吸を挟むよりも、心臓マッサージを続ける方が効果が高いのだが――そもそもアヒルの(くちばし)では口と口ではない。

 隼人は答えることなく、懸命にマッサージを続ける。


「代わるぞ、志摩!」


 隼人の息が上がってきたところで、月照が代わる。

 その間に忍は身体を拭い、衣服と鎧を身に着けた。

 月照のマッサージはしばらく続き、また隼人と交代する。

 もう誰の胸にも発見時の、呆れた思いはない。

 今はただただ、目の前のこの命を救いたい。

 それは死を目前にした人間が抱く、本能に近い感情だった。


「――戻ってこい、ショート!」


 汗だくの隼人が一際強く胸を押したとき、


「ガァアアァァァー!!!?」


 白目を剥いていた眼球がひっくり返り、“ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” が大量の水を吐き出した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 隼人がショートにマウストゥマウスして、エバに振られたショックも相まって、隼人とショートの恋が始まるかと思ってましたw
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