アクロバティック・セイント
「オウン~……ッ! オウン~……ッ!」
その声はまるで誰かに――わたしに助けを求めているような、憐憫を催す声だったのです。
「あ、あなた、苦しいの? どこか具合が悪いの?」
「オウン~……ッ! オウン~……ッ! オウン~……ッ!」
「わたしは僧侶なの! わかる? 回復役なのよ! 具合が悪いなら癒やしてあげられるかもしれない!」
「オウ~~~~ン!」
悲しげに吠える巨人。
(やはりそうです! この巨人――さんはどこか、身体の具合が悪いのです!)
不思議とそれほど不潔ではない巨人の白髪にしがみつきながら、わたしは確信しました。
ですがこの状況では、問診もできなければ触診もできません。
(病気!? 怪我!?)
わたしは激しい振動に曝されながら、可能な限り巨人の身体に視線を走らせます。
頭、顔、首、胸、腹、背中、腕、手――どこもかばっているような素振りはありません。
ただ――。
(走り方が――変!?)
身体に伝わってくる振動が一定ではないのです。
途中でピョンピョンと跳ねたり、小刻みにジョッグしたり。
(足!? 足に異常があるの!?)
「あなた、足が痛いの!? そうなの!?」
「オウウ~~~~ン! オウウ~~~~ン!」
巨人が、肯定とも否定とも採れる声をあげます。
(この位置からじゃよく見えない――ええい、ままよ! です!)
わたしは巨人の白髪を一束、左の手首にからめると、ぐいっと身を乗り出しました。
振られている手や蹴り上げられている足は、どれもわたしの胴体よりも太く、その質量からくる運動エネルギーは接触すれば、簡単にわたしをペシャンコにしてしまうでしょう。
ですがだからといって、このままいつまでも暴走しているわけにはいきません。
『銃弾は勇者を避けてとおる!』の心意気です!
(動きが激しくてよく見えない! でも異常があるのは確かなはず!)
おそらく激痛ではなく痛痒!
それも痛みよりも痒みの方が強い!
そうでなければこんな不自然な走り方はしません!
どちらにせよ、
(――治す!)
わたしは意を決すると舌を噛む恐れの中、朗々と祝詞を唱えました。
「慈母なる女神 “ニルダニス” よ!」
聖職者が授かる、最上位の癒やしの加護。
どんな重い傷でも一瞬で完治させ、あらゆる状態異常を回復させる究極の治癒魔法!
ですが未だかつて、このようなアクロバティックな嘆願をした聖職者がいたでしょうか!
(いないのなら自分が、その最初の聖職者になるまでです!)
「―― “神癒” !」
わたしは自由になる右手を、猛烈な速度で回転する巨人さんの両足に伸ばすと、祝詞の最後の韻を踏みました。
身体の深奥から女神の慈愛が満ち溢れ、掌から解き放たれます。
「きょ、巨人さん!? これでどうですか!? まだ痛い――痒いですか!?」
わたしは、なおも走り続ける巨人さんに訊ねました。
惰性で走り続けているのか、それとも “神癒” でさえ癒やせない疾患なのか。
「オウン?」
巨人さんは気がついたのでしょうか?
走りながら首を傾げました。
それから恐る恐るといった感じでスローダウンして……。
「オウ~~~~ン!!! オウ~~~~~ン!!!」
今度はハッキリと喜びの雄叫びをあげました。
「どうやら治ったようですね――きゃっ!!?」
ホッと額の汗を拭ったのも束の間、巨人さんはわたしの身体を高く掲げて、
「オウウ~~~~ン!!! オウウ~~~~ン!!!」
と再びストンプ――いえ、軽やかなステップを踏みました。
「きゃっ! きゃっ! きゃっ! わ、わかりましたから、もう少し穏やかに!」
嬉しさ一〇〇倍なのでしょう。
巨人さんはそれでもしらばくの間、踊り続けました。
やがて、その興奮もようやく治まって、わたしを優しく迷宮の床に下ろしてくれました。
「ふぅ、ありがとうございます」
「オウン」
見上げると、大きなひとつ目が間近でわたしを見つめていす。
その瞳は穏やかな色を湛えていて、知性と、ある種の気品すら感じられました。
“単眼巨人” とは “龍の文鎮” の最上層で遭遇したことがありますが、受ける印象はまるで違います。
これなら意思の疎通が図れるかもしれません。
「わたしはエバ。エバ・ライスライトと言います。よかったら、あなたの名前を教えてくださいませんか?」
「オウ~ン」
うーん、どうもこちらの言っていることは通じているようなのですが、共通語は話せないようです。
「ええと、それでは失礼でなければ、今後あなたのことを『オウンさん』とお呼びしてもよろしいですか?」
「オウン!」
巨人さんはにっこり?と目をつぶり、大きな顔をうなずかせました。
「ありがとうございます」
わたしは胸に手を当てて、安堵に微笑みました。
「オウン! オウン!」
「オウンさん、わたしはあなたとのアクシデントで仲間とはぐれてしまいました。合流したいのですが、もし知っているなら二階に続いている縄梯子まで連れて行ってほしいのです」
探索の途中でパーティがバラバラになってしまった場合、その階層の始点で落ち合うのが定石です。
それぞれがそれぞれを捜して歩き回っては、消耗と危険を招くだけだからです。
特にわたしは一人きり。
ここは慎重を期さねばなりません。
ドンッ!
と胸を叩くと、ひとつ目巨人さん改めオウンさんは大きくうなずいてくれました。
どうやら快諾してくれたようです。
それからわたしをヒョイッとつかみ上げて、肩の上に座らせてくれました。
「あはは……すみません、何から何まで」
ちょっと高くて怖いですが、オウンさんの足下近くを歩くよりも安全かもしれません。
「オウ~~~ン!」
さながら出発進行!
――とばかりに一声吠えると、オウンさんはドスン! ドスン! と地響きを立てて歩き出しました。
そのストンプにはもう、暴走の気配はありません。







