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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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逢う魔が刻

 探索者たちは女王マグダラに謁見し、“伝説の鎧” の撃破と入手を報告した。

 “僭称者(役立たず)” の復活と、一人娘である王女エルミナーゼの略取。

 さらには聖女 “エバ・ライスライト”を含む、勇者 “志摩隼人” が率いるパーティの未帰還。


 相次ぐ凶事に直面していたマグダラにとって、それは久方ぶりの吉報であった。

 謁見は短時間で終わり、その後は “円卓の間” に場所を移し、ささやかな祝宴が催された。

 探索者たちは女王の心の籠もったねぎらいに感謝し、さらなる成果を約束して下城した。

 そしてほろ酔い気分での宿への道すがら、自分たちの指揮官の姿が見えなくなっていることに気づいた。


 グレイ・アッシュロードは決して人間嫌いというわけではない。

 無愛想でとっつきにくくはあるが、腹を割って向かい合えば話のわかる男だ。

 しかし同時に、強い孤独癖を抱えている男でもあった。

 迷宮の外で四六時中仲間といるようなことはなく、必要なやりとりを終えれば、ぶらりと姿を消すか、部屋に引き上げるかしてしまう。

 そしてやることがなければ、たいていチビチビと安酒を舐めている。


 そんなアッシュロードの姿に、以前は仲間たちも好意的とは言えない眼差しを向けていた。

 しかし男の複雑な内面を知るうちに、その視線は理解の瞳に変わった。

 ぼんやりと酒を舐めているようでも、アッシュロードの頭骨の内側では様々な思惑が駆け巡っていて休むことをしらない。

 それは度々本人の意思とは無関係に速度を上げ、時として暴走した。

 そんな時のアッシュロードは決まって、老いたグレートデンのように疲れて果てて見えるのだった。


 男と数々の危難を乗り越えてきた年若の仲間たちも、今は理解している。

 だからアッシュロードの姿が見えなくなっていても、捜したりはしなかった。

 ただハンナ・バレンタインとフェリリルのふたりが立ち止まって、気遣わしげに振り返っただけである。

 迷宮に取り憑かれた人間はこのように、大なり小なり周囲のいたわりの中で生かされている。

 そして、いつかは……。


◆◇◆


 アッシュロードが気がついたときには、周囲から仲間の姿が消えていた。

 手に入れた “伝説の鎧” を、これからの探索にどう活かすか――。

 その効果的な運用法を模索しているうちに、列から外れてしまったらしい。


「……幼稚園児以下だな」


 この世界(アカシニア)には存在しない言葉で自嘲した男の視線が、見慣れぬ街路に釘付けになった。

 そこは間もなく日が暮れる、ありふれた通りだった。

 舗装は整い人通りや商店も多かったが、一〇〇万都市、聖王都 “リーンガミル” においては小さな規模だろう。


 アッシュロードはそんな市井の通りに強い郷愁――いや、既視感(デジャブ)を抱いた。

 リーンガミルに来て以来、初めて足を踏み入れた場所。

 それは間違いなかった。

 だがアッシュロードには()()()()()の様子が、文字どおり白昼夢のようにまざまざと見えた。


 疲労による脳の一時的な混乱――。


 そんな常識的な判断を下すより先に、黒衣の男は走り出していた。

 まるで見えない誰かに、強く手を引かれているようだった。


(知っている、知っているぞ。俺はこの通りを知っている)


 焦燥にも似た思いが、アッシュロードを駆り立てた。

 夕闇が迫る中、漆黒の外套(マント)をはためかせる男の姿は怪物じみていて、通行人たちはギョッとした様子で脇に寄った。


(この通りの突き当たりには高台へ繋がる階段が。そしてその高台には――)


 時刻はいわゆる “逢う魔が刻”

 現世(うつしよ)幽世(かくりよ)が重なる時間。

 故にアッシュロードは、人成らざるものと出会ったのか。

 人成らざるものが、男を魅入ったのか。


 果たして街路の突き当たりには男の予感どおり、小高い丘に繋がる階段があった。

 ブーツを鳴らして駆け上がった先には――。


「………………」


 目の前に広がる景色に、アッシュロードの時間が止まった。


 そこは暮れなずむ、小さな墓地だった。

 夫が一日の仕事を終えて家路を急ぎ、妻が夕食の支度にいそしむ夕刻の喧噪も、遠く届かない深閑とした空気。

 黄昏時のためだろうか。

 手入れは行き届き、決してうらぶれていないにも関わらず、酷く寂しげな印象を受けた。

 アッシュロードは吸い寄せられるように、簡素な墓石の間に敷かれた通路を歩きだした。


 そして……アッシュロードは見つけた。


 通路の一番奥。

 冥さを増す夕日に照らされた、白亜の墓標を。

 故人の人柄を(しの)ばせるような、飾り気のない小さな墓。

 男は墓石の前に立ち、彫られた銘を見つめた。


“片桐貴理子”


 それはアカシニアに存在するどのような文字とも違ったが、なぜかアッシュロードには読むことができた。

 胸にナイフを突き立てられるような痛みが走るなか、続く短い墓碑銘を目で追う。


“人生でもっとも近く、もっとも遠く、もっとも大切だった人”


 それは……どういう意味なのだろうか。

 この辞句を刻ませた人間は、いったいどのような想いだったのだろうか。

 この()()と、どのような関係だったのだろうか。


 チャリ……。


 玉砂利を踏む微かな音に、アッシュロードは我に返った。

 顔を向けると通路の先に、夕日の残滓に照らされた壮年の男が立っていた。


「…………空高(ソラタカ)……」


 アッシュロードの口から我知らず、その名が零れた。



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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう再会ですか。 一番複雑なのは空高でしょうね。 どんな事になるか楽しみです。
[一言]  なん……だ……と<貴理子  アッシュロードがこの世界に転移した時も周りの連れ達と……
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