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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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リスタート・アン・アウト・パーティ

「……駄目だな。こいつは盗賊(シーフ) よりも鍛冶屋(スミス)の仕事だ」


 東に真っ直ぐに伸びるの回廊の突き当たり。

 行く手をさえぎる扉の前から、五代くんが肩を竦めて退きました。

 頑丈な取っ手に巻き付かれた太く重い “鎖” を外すのは、確かに盗賊でなく鍛冶職人の仕事でしょう。


「剣で叩き切れないのか? それか魔法で溶かしちまうとか」


「無茶言うな。斬鉄剣じゃないんだ」


「……そうだよ、無茶だよ」


 早乙女くんの大雑把な意見を隼人くんが言下に否定し、安西さんが小さく同調しました。

 いくら魔法で強化された魔剣でも、こんな大蛇のような鎖に向かって叩きつければ刃は潰れて使い物にならなくなってしまうでしょう。

 安西さんの呪文も同じで、最上位の炎の呪文である “焔嵐(ファイア・ストーム)” でも明らかに熱量不足です。

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” で海賊たちに囚われた際、パーシャが脱獄に使ったという魔法制御。

 炎の呪文をレーザーのように変化させる高度な魔法制御が使えるなら、あるいは灼き切ることができるかもしれませんが……今の安西さんにそこまで求めるのは酷というものでした。


「今日はここまでにしない? この鎖をどうにかしなければ先には進めないわけだし」


 田宮さんが力のない声で提案しました。

 常日頃から “気組み” を重んじる彼女にしては、珍しいことです。


「そうだな。一旦 “トキミ” の所に戻って探索計画(プラン)を練り直そう」


 隼人くんの判断に反対する者もなく、最後にもう一度恨めしげな一瞥をくれると、わたしたちは鎖でがんじがらめに閉ざされた扉から離れました。





「トキミさん、ただいま!」


 ガチャッ! と、いささか無遠慮なほどの勢いで扉を開けると、早乙女くんが元気いっぱいに叫びました。


「お帰りなさいませ、お客さま」


 迷宮の玄室とは思えないほど手入れの行き届いた部屋の中央で、人形(マネキン)の侍女さん―― “トキミ” さんが、丁寧にお辞儀をしました。

 経年劣化によって右手が動かないので少しぎこちなくありましたが、それでも十分に礼節の感じられる所作です。


「お客さまだなんて水臭いこと言うなよ! 月照でいいよ! 月照で!」


「はい、ツキテルさま」


 トキミさんに微笑まれてデレデレな早乙女くんと、微苦笑を浮かべるわたしたち。


 ラーラさんたちが守る拠点を出て、一週間あまり。

 わたしたちは未だ “一〇〇年後の呪いの大穴” の第二層にいました。

 不定形に広がる迷宮は果てしなく、おいそれと一層の拠点には戻れなかったのです。

 わたしたちは件の人形の侍女さんの元を再び訪れ、“時の賢者ルーソ” さまの部屋を拠点代わりに使わせてもらえるように頼み込みました。

 ご主人さまを探すことになったわたしたちに、侍女さんは一も二も無く承諾してくれたのですが、その際――。


『いつまでも “侍女さん” じゃ他人行儀だからさ! 俺たちで名前を付けてあげようぜ!』


 と早乙女くんが熱心に主張したのです。

 “時の賢者” さまが戻られ、本当の名前を思い出すまでの暫定の名前ということならと侍女さんも納得してくれて、いくつかの候補から “トキミ” という名前が選ばれました。

 時を見つめ続けてきた彼女には、ぴったりの名前だと誰もが思いました。

 今ではトキミさんも、すっかり気に入ってくれているようです。


 部屋は豪奢で居心地がよいだけでなく、強力な守護結界(プロテクション)が施されいるようでした。

 この部屋にいる限り、わたしたちは安全に休息を摂ることができるのです。

 ただ魔素(瘴気)の濃い迷宮では、いくら睡眠を摂っても精神力(マジックポイント)を回復させることはできません。

 これは生命力(ヒットポイント) も同様です。


 しかしこの迷宮には、各所に不思議な効能のある泉が湧いていました。

 第二層にも二カ所ほど湧いていて、そのうちのひとつがわたしが最初に飛ばされて “ダック・(ショートの)オブ・ショート(アヒル)” さんと出会った “ブラザーの健康温泉” で、それらを汲んで飲むことで、わたしたちは体力と魔力を回復させることができたのです。

 ショートさんを始めとする一部の人々が、迷宮で生活できている理由でした。

 

「――安西、地図を」


「うん」


 つましい食事を終えたあと、部屋の中央に置かれたローテーブルに地図が拡げられました。


「見てくれ。現時点でわかっている階層(フロア)の構造だ。ほぼ六つの区域(エリア)で構成されている」


 この一週間の探索で判明した各所を指差して、認識の共有を図る隼人くん。



①温泉区域(北東)

 “ブラザーの健康温泉” が湧いている区域。

 温泉には体力回復の効果がある。

 近くにある “竜の大瓶亭” では食料を買うことができる。


②酔いどれ賢者の区域(北西)

 紅玉(ルビー)色の法衣(ローブ)を着た、自称賢者(ウォーロック)がいる区域。

 この奧に暗黒回廊(ダークゾーン)があり、中にある縄梯子で一層に登れる。

 (登った先がラーラさんたちの拠点で、銀の扉で封印された玄室)


③時の賢者の区域(中央)

 ショートさん曰く、『一×一区画の小せえ玄室がふたつ並んでいる広間』。

 ひとつがトキミさんが留守を預かる、この部屋。

 もうひとつが隣の……。


④中央の八つの小部屋がある広間(中央)

 “時の賢者の区域” の真北に位置する広間。

 一×一の小部屋が八つ並んでいる。

 “泥人形(ゴーレム)” が際限なく湧き出てきて危険なので探索は手つかず。


⑤大空洞(南西)

 アヒルのショートさん曰く、『とんでもねえ広さの空間』。

 ここに魔力回復効果のある泉が湧いている。

 泉自体は毒々しい気配に満ちていて、一見するととても飲めそうには見えない。


⑥未踏破区域(南東)

 今日引き返してきた、鎖で閉ざされた扉の先。



「どうすれば隣の()()を成仏させられるか……だよな、やっぱり」


 腕組みをして、おおぎょうに唸る早乙女くん。


「おまえはともかく、枝葉が解呪(ディスペル)できないんだ。普通の亡霊じゃないことは確かだろうな」


「俺はともかくは余計だ!」


 ムッとして五代くんに噛みつく早乙女くん。


 隣の番人……とは、この部屋の隣にある、やはり一×一の玄室の出現する亡霊(ゴースト)のことです。

 トキミさんの話ではそこは “時の賢者” さまの物置のような場所らしく、賢者さまの居場所について何かしらの手がかりがあるかもしれないのですが、番人と思しき亡霊が出現して調べることができずにいました。

 わたしと早乙女くんで解呪を試みたのですが、退散(ターン)させることは叶いませんでした。

 おそらくは賢者さまと結んだ特殊な盟約に縛られているのだと思います。


 霊媒師であり迷宮の除霊を生業としているショートさんなら何か知っているかもしれないと、“ブラザーの健康温泉”や “竜と大瓶亭” にも何度か足を運んでみたのですが、一別以来会えずにいました。


「未踏破の南東区域に、なにか突破口があると思ったのですが……」


 わたしは地図をのぞき込みながら呟きました。

 あと探索が不十分なのは、中央区域の “泥人形” が湧き出てくる広間ですが……出来ることなら足を踏み入れたくない場所です。


「アヒルさんに会いに食料の調達も兼ねて、もう一度酒場に行ってみる?」


「ついでにまたひとっ風呂浴びてくるか。サッパリすりゃ何か良い考えが――」


 田宮さんの意見に、早乙女くんが両手を頭の後ろで組んで賛同しかけたとき、


 ガチャッ、


 突然扉が開いて、わたしたちは腰を下ろしていたソファーから飛び上がったのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 物理的な封鎖って単純だけど効果ありますよね。 斬鉄は物凄い高等技術ですし、鉄の融点は1500℃ですから呪文も無理。 やはり最後は物理が勝つんですねw
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