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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
450/669

ファイヤー&リリィ★

 パーシャの唱えた “全透(オール・グラス)” は、起死回生につながった。

 元来が知能の低い巨人族(ジャイアンツ)の中でも “土塊巨人(アースジャイアント)” は精霊に近い存在である。

 視界から消えてしまった探索者を、再び察知する知恵など持っていない。

 姿を消した古強者(ベテラン)たちが得物を振るう度に、巨木のような足首が破壊され、ついには自重を支えきれなくなり倒れ込んだ。


 迷宮を揺るがす激震。

 濛々たる土煙が巻き起こる中、魔剣や魔斧を持った探索者に群がり寄られれば、絶大な耐久力を持つ巨人族といえどひとたまりもない。

 なすすべもなく一体、また一体と屠られていく。

 呪文の効果が切れるころには五体すべてが()()されていた。


「――大丈夫か、アッシュロード!」


「ああ、フェルのお陰でな」


 駆け寄ってきたレットに、アッシュロードが顔面からしたたり落ちる汗を拭いながらうなずく。

 付着していた巨人の残滓が引き延ばされ、二目と見られない有様である。


「ぺっぺっ! こりゃ酷え!」


 口の中にまで入り込んだ土埃を、ジグが吐き出した。

 アッシュロードだけでなく、解体作業にいそしんだ前衛は全員泥人形だ。


「……まるで落盤から生還した直後のようだ」


 アッシュロード、レット、ジグ、そしてカドモフは、なんともやるせない溜息を吐いた。

 血と汗と泥……そして徒労に満ちた共感に塗れて、探索者の信頼は培われていくのである……。


「……おっちゃん、ごめんよ」


 珍しくしおらしく、パーシャがアッシュロードに謝った。


「戻ったら一杯奢れ。それでチャラだ」


「う、うん、奢るよ! 大ジョッキで奢るよ!」


 他の四人がそのやりとりに、心の内で胸を撫で下ろす。

 アッシュロードが度量の広い……というより淡泊な男だとはわかっていたが、それでも瀕死の重傷を負った直後だ。

 高ぶった感情のまま、致命的な言葉を放ってしまわないとも限らない。


「この巨人たちも “百人隊長(センチュリオン)” と同じ?」


 難しい顔で土埃の山を見つめているアッシュロードに、フェリリルが訊ねた。


「……ああ、強化されてる」


 フェルたちは “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” で “土塊巨人” と遭遇した経験はない。

 知識はあくまで怪物百科モンスターズ・マニュアルから得ていただけである。


「まさか “滅消(ディストラクション)” が通じないなんて……」


 パーシャが再びしょぼくれた声を出す。


「だがそれに変わる対策は見つけた。多少口の中がジャリジャリになるが “全透” を使えば、あとはどうとでもなる」


「つまりおまえのお手柄ってことだよ」


 アッシュロードの言葉を通訳したジグが、パーシャの肩をポンと叩いた。


「うん、還ったらハンナに話して冒険者ギルドにも報告を回してもらおう! 知識の共有だよ!」


 いきなり元気を取り戻し、パーシャが勢い込む。


「……そうだな」


 うなずきながらも、アッシュロードの顔色は冴えない。

 現時点でこの迷宮に潜っているのは、自分たちの部隊(クラン)だけである。

 女王マグダラが “僭称者(役立たず)” の復活と王女エルミナーゼの略取を公表し、救出のための探索者を広く国内外(アカシニア)に募る布令は、まだ出されていない。

 “呪いの大穴” が “林檎の迷宮” に変容したことで、今探索者を募っても犠牲が増えるだけと判断したためだ。

 事実、半年前の迷宮解放以来潜っていた探索者(冒険者)は、全滅してしまっている。

 冒険者ギルドに報告を回しても、共有する相手がいないのだ。


(……一刻一秒を争う救出ミッションなのに、事態は遅々として進展していない。この調子じゃ最下層に到達するころには……)


「――誰だ!?」


挿絵(By みてみん)


 鋭い声が、アッシュロードを現実に引き戻した。

 我に返って声を発したレットの視線の先を見ると、わずかに開いた玄室の扉の横に、枯れ木のように痩せた白髪白髯の男が立っていた。

 かつては緑衣だったと思われる襤褸(ボロ)をまとい、右手に弱々しい光を放つ角灯(ランタン)を下げている。


「“墓守”か!」


 王城であてがわれた客室。

 その天蓋付きのベッドで、今は行方知れずの少女と寝転びながら読んだ書物の知識が、アッシュロードを叫ばせていた。


「“墓守”!? こいつがか!?」


 ジグが叫び返す。

 アッシュロードを含めた全員が、初めて遭遇する魔物である。

 “呪いの大穴” で最弱と言われていた魔物であり、迷宮が激烈に変容した今ではいの一番に淘汰されたと思っていたが……。


 タッ、


 外見からは考えられない素早さで、“墓守” の姿が、扉の隙間に消えた。


「逃がすな!」


 アッシュロードが怒鳴る。

 当然だ。

 魔物とはいえ、意思の疎通が可能な人間型の生き物(ヒューマノイドタイプ)

 捕らえて口を割らせれば、あるいはあの娘たちの情報が聞き出せるかもしれない。


 まず身軽なジグとパーシャが駆け出した。

 盗賊(シーフ) と、生まれながらの忍びの者と呼ばれるホビットである。

 特にパーシャは見事なピッチ走法で、真っ先に扉に辿り着いた。


「おい、がきんちょ! さっきの今で無茶すんな!」


 しかし今のパーシャは火の玉(ファイアボール)だ。

 エバ・ライスライトの手がかりが得られるかもしれないと察した瞬間に、一気に燃え上がってしまった。

 パーシャのエバに対する思いは友情というよりも、年頃の少女が同性の友人に抱く恋愛感情に近い。抑制が効かない。


「スタンフィード!」


「わかってる!」


 アッシュロードはホビットに続く盗賊に援護(カバー)を頼み、自身も駆けた。

 だが軽量化の魔法が施されているとはいえ、板金鎧(プレートアーマー)を着込んだ身体ではふたりから引き離されるばかりだ。


(……これが()()ってやつか!)


 走りながら封印の網目から異世界の言葉が零れ落ち、妙な感慨に囚われる。

 だが感心してばかりもいられない。

 追跡は鎧を着込んだ人間に合わせなければ、パーティが(ばら)けてしまう。


「パーシャ! 深追いはよせ!」


 レットが叫んだ。

 複雑な構造が続く迷宮である。

 “墓守” は痩せ衰えた見かけからは想像できな脚力の持ち主で、鎧を着込んだ前衛はおろか、敏捷度(アジリティ)に秀でたパーシャやジグでさえ容易に追いつくことができない。

 このままでは “墓守” はおろか、先行するホビットと盗賊まで見失ってしまう。

 だが、その複雑な構造のお陰で、パーティは離散を免れた。

 すべての光を呑み込む “漆黒の正方形”――。

 ふたりはその手前で立ち止まっていた。


 “墓守” は暗黒回廊(ダークゾーン)に逃げ込んだのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] エバ×パーシャか、パーシャ×エバかで戦争が起きますねw
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