立て直す
それは一見したところ、緩慢な動きだった。
だが近づくにつれて岩塊を削り出したような巨大な腕が、凄まじい速さと質量を持っていることにパーシャは気づいた。
(そんな、どうして!)
“土塊巨人” は、“滅消” の呪文で消え去るはずであった。
彼女は完璧に呪文を詠唱した。
そこにミスが介在した痕跡は一切なかった。
現に彼女の口の中には、玄室一帯に生成された有毒物質の嫌な味が拡がっている。
ネームド未満を消滅させる呪文は、確かに完成していたのだ。
(こいつら、ネームド……!)
パーシャは結論づけた。
だが働いたのは彼女の優秀な頭脳だけで、敏捷さが自慢の身体はぴくりとも反応できない。
鞭のようにしなる巨腕が視界に迫り、一瞬だけ早くホビットの小さな身体は宙を舞った。
彼女のベルトを掴んですくい投げた男が、襤褸切れのごとく薙ぎ払われた。
「――おっちゃん!!?」
飛ばされた先で盗賊に受け止められながら、パーシャは叫んだ。
「いやああぁぁぁぁっっっ!!!」
エルフの友人の悲鳴が、ホビットの少女の罪悪感をいや増す。
自分が調子に乗って前に出たせいで、今やパーティの仲間であるグレイ・アッシュロードは極大のダメージを負ってしまった。
あらぬ方向に四肢をねじ曲げて壁に叩きつけられたアッシュロードの姿が、パーシャから魔術師 にとってもっとも重要な冷静さを奪い去る。
(あ、あたいのせいで――!)
「――フェル、パーシャ! 対応だ!」
ふたりの魔法使いの動揺を見て取り、レットから鋭い叱咤が飛んだ。
「フェル、“神癒” だ! 助けられるのはおまえだけだ、急げ! パーシャは魔法で支援! 呪文は任せる! 自分の仕事をやりとげろ!」
目的を与え義務感を呼び起こせば、動揺は行動に取って代わられる。
レットがアッシュロードに学んだ統率法だ。
フェリリルはハッと我に返ると、壁際でピクリとも動かないアッシュロードの元に走った。
パーシャの脳みそも一時の混乱から立ち直り、めまぐるしく打開策を模索している。
(巨人族は魔法の無効化能力が高い! “滅消” が通らない以上、直接的な攻撃呪文は効果が望めない!)
耐呪能力が高い魔物に対する戦術は確立させている。
“宵闇” や “暗黒” といった無効化できない呪文で、味方の攻撃を当たりやすくするのだ。
しかし――。
(あの図体だ! 装甲値は9くらい! 呪文で上げる必要はない!)
ホビットの魔術師は定石に囚われなかった。
それよりも生命力 が100を超えるアッシュロードを一撃で瀕死にしたあの打撃力だ。
あれをどうにかしなければ、また戦闘不能の人間が出る。
下手をしたら即死者が出てしまうかもしれない。
だが防御の魔法は主に聖職者の領分だ。
アッシュロードとフェルが戦列から外れている今、唱えられる者がいなかった。
パーシャは怯まない。
「魔術師を舐めないでよ!」
障壁の加護は使えない。
でも魔術師はパーティを守ることだって出来る。
「――目にも見よ! ホビット守りの呪文、いざ唱えん!」
(見れるものならね!)
パーシャが支援の呪文を唱えるわずか前に、フェリリルはアッシュロードの元に駆け寄っていた。
「グレイッ……!」
その惨状を見て、エルフの少女の表情が蒼ざめ歪む。
黒衣の君主の四肢は無残に折れ曲がり、両腕両足どれ一本とて無事なのものはなかった。
胴体も胸骨や肋骨も粉々に砕け、内臓にも大きなダメージを負っているだろう。
背骨にも損傷があるかもしれない。
頸椎が折れていなかったことだけが、唯一にして最大の幸運だった。
板金鎧+4に相当する “悪の鎧”を身に付けていなかったら、即死していただろう。
だがその防御力が残酷なことに、アッシュロードの意識を保ったままにしていた。
黒衣の男は悶絶することすら許されず、か細い呻き声を上げていた。
フェリリルは血の気の失せた唇を噛みしめ、傍らにひざまずいた。
あとになってから彼女自身が驚いたことに、この時フェリリルの頭にあったのは愛する男のことではなく、行方不明になっている友人のことだった。
エバ・ライスライトならこんな時、蒼ざめながらも冷静にアッシュロードを癒やしただろう。
フェリリルを突き動かしていたのは、女としても聖職者としても負けたくないという思いだった。
「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―――――― “神癒”!」
“龍の文鎮” を出たあとの成長で授かった究極の癒やしの加護が、瀕死のアッシュロードを瞬時に全快させる。
折れた骨が接合され、痛んだ組織が再生される。
息を吸う――吸える!
腕を動かす――動く!
全身に力を込め――黒衣の男が跳ね起きる!
「――ぶはっ!」
「グレイッ!」
「助かった、フェル」
「馬鹿、死んじゃったかと思ったじゃない!」
「俺もだが、ペシャンコにされたホビットなんざ見たくねえだろ」
「それはそうだけど――」
フェリリルが拗ねたように言ったとき、視界から男の姿が掻き消えた。
「グレイッ!?」
「大丈夫だ、ここにいる――どうやら、がきんちょがやりやがった」
魔術師系第六位階に属する “全透”の呪文。
詠唱者を透明にする “透過” の効果を、パーティ全体に拡げた集団隠身の魔法だ。
上手く使いこなせれば、戦闘の流れを一変させることも可能だった。
“大男総身に知恵が回りかね”
絶大な攻撃力を誇るが血の巡りが悪い “土塊巨人” には、効果てきめんである。
「おめえはできるだけ離れてろ、絶対に巻き込まれるな」
アッシュロードは姿の見えないエルフの少女に告げると、獲物見失って狼狽える五体の巨人に向き直った。
そして大小の双剣を構え直して、凄みのあるセリフを言い放つ。
「お返しに、解体してやる」







