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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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立て直す

 それは一見したところ、緩慢な動き(モーション)だった。

 だが近づくにつれて岩塊を削り出したような巨大な腕が、凄まじい速さと質量を持っていることにパーシャは気づいた。


(そんな、どうして!)


 “土塊巨人(アースジャイアント)” は、“滅消(ディストラクション)” の呪文で消え去るはずであった。

 彼女は完璧に呪文を詠唱した。

 そこにミスが介在した痕跡は一切なかった。

 現に彼女の口の中には、玄室一帯に生成された有毒物質の嫌な味が拡がっている。

 ネームド未満(レベル8未満)を消滅させる呪文は、確かに完成していたのだ。


(こいつら、ネームド……!)


 パーシャは結論づけた。

 だが働いたのは彼女の優秀な頭脳だけで、敏捷さが自慢の身体はぴくりとも反応できない。

 鞭のようにしなる巨腕が視界に迫り、一瞬だけ早くホビットの小さな身体は宙を舞った。

 彼女のベルトを掴んですくい投げた男が、襤褸切れのごとく薙ぎ払われた。


「――おっちゃん!!?」


 飛ばされた先で盗賊に受け止められながら、パーシャは叫んだ。


「いやああぁぁぁぁっっっ!!!」


 エルフの友人の悲鳴が、ホビットの少女の罪悪感をいや増す。

 自分が調子に乗って前に出たせいで、今やパーティの仲間であるグレイ・アッシュロードは極大のダメージを負ってしまった。

 あらぬ方向に四肢をねじ曲げて壁に叩きつけられたアッシュロードの姿が、パーシャから魔術師(メイジ) にとってもっとも重要な冷静さを奪い去る。


(あ、あたいのせいで――!)


「――フェル、パーシャ! 対応だ!」


 ふたりの魔法使い(スペルキャスター)の動揺を見て取り、レットから鋭い叱咤が飛んだ。


「フェル、“神癒(ゴッド・ヒール)” だ! 助けられるのはおまえだけだ、急げ! パーシャは魔法で支援! 呪文は任せる! 自分の仕事をやりとげろ!」


 目的を与え義務感を呼び起こせば、動揺は行動に取って代わられる。

 レットがアッシュロードに学んだ統率法(リーダー学)だ。

 フェリリルはハッと我に返ると、壁際でピクリとも動かないアッシュロードの元に走った。

 パーシャの脳みそも一時の混乱から立ち直り、めまぐるしく打開策を模索している。


巨人族(ジャイアンツ)は魔法の無効化能力が高い! “滅消” が通らない以上、直接的な攻撃呪文は効果が望めない!)


 耐呪(レジスト)能力が高い魔物に対する戦術は確立させている。

 “宵闇(トワイライト)” や “暗黒(ダークネス)” といった無効化できない呪文で、味方の攻撃を当たりやすくするのだ。

 しかし――。


(あの図体だ! 装甲値(アーマークラス)は9くらい! 呪文で()()()必要はない!)


 ホビットの魔術師は定石(セオリー)に囚われなかった。

 それよりも生命力(ヒットポイント) が100を超えるアッシュロードを一撃で瀕死にしたあの打撃力だ。

 あれをどうにかしなければ、また戦闘不能の人間が出る。

 下手をしたら即死者が出てしまうかもしれない。

 だが防御の魔法は主に聖職者の領分だ。

 アッシュロードとフェルが戦列から外れている今、唱えられる者がいなかった。

 パーシャは怯まない。


「魔術師を舐めないでよ!」


 障壁の加護は使えない。

 でも魔術師はパーティを守ることだって出来る。


「――目にも見よ! ホビット守りの呪文、いざ唱えん!」


()()()()()()()()!)


 パーシャが支援の呪文を唱えるわずか前に、フェリリルはアッシュロードの元に駆け寄っていた。


「グレイッ……!」


 その惨状を見て、エルフの少女の表情が蒼ざめ歪む。

 黒衣の君主(ロード)の四肢は無残に折れ曲がり、両腕両足どれ一本とて無事なのものはなかった。

 胴体も胸骨や肋骨も粉々に砕け、内臓にも大きなダメージを負っているだろう。

 背骨にも損傷があるかもしれない。

 頸椎が折れていなかったことだけが、唯一にして最大の幸運だった。

 板金鎧(プレートメイル)+4に相当する “悪の鎧(イビル・アーマー)”を身に付けていなかったら、即死していただろう。

 だがその防御力が残酷なことに、アッシュロードの意識を保ったままにしていた。

 黒衣の男は悶絶することすら許されず、か細い呻き声を上げていた。


 フェリリルは血の気の失せた唇を噛みしめ、傍らにひざまずいた。

 あとになってから彼女自身が驚いたことに、この時フェリリルの頭にあったのは愛する男のことではなく、行方不明になっている友人のことだった。

 エバ・ライスライトならこんな時、蒼ざめながらも冷静にアッシュロードを癒やしただろう。

 フェリリルを突き動かしていたのは、女としても聖職者としても負けたくないという思いだった。


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―――――― “神癒(ゴッド・ヒール)”!」


 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” を出たあとの成長(レベルアップ)で授かった究極の癒やしの加護が、瀕死のアッシュロードを瞬時に全快させる。

 折れた骨が接合され、痛んだ組織が再生される。


 息を吸う――吸える!

 腕を動かす――動く!

 全身に力を込め――黒衣の男が跳ね起きる!


「――ぶはっ!」


「グレイッ!」


「助かった、フェル」


「馬鹿、死んじゃったかと思ったじゃない!」


「俺もだが、ペシャンコにされたホビットなんざ見たくねえだろ」


「それはそうだけど――」


 フェリリルが拗ねたように言ったとき、視界から男の姿が()()()()()


「グレイッ!?」


「大丈夫だ、ここにいる――どうやら、がきんちょがやりやがった」


 魔術師系第六位階に属する “全透(グラス・オール)”の呪文。

 詠唱者を透明にする “透過(グラス)” の効果を、パーティ全体に拡げた集団隠身の魔法だ。

 上手く使いこなせれば、戦闘の流れを一変させることも可能だった。

  “大男総身に知恵が回りかね”

 絶大な攻撃力を誇るが血の巡りが悪い “土塊巨人” には、効果てきめんである。


「おめえはできるだけ離れてろ、絶対に巻き込まれるな」


 アッシュロードは姿の見えないエルフの少女に告げると、獲物見失って狼狽える五体の巨人に向き直った。

 そして大小の双剣を構え直して、凄みのあるセリフを言い放つ。


「お返しに、解体してやる」



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― 新着の感想 ―
[一言] レットは成長しましたね~。 逆に、パーシャの判断ミスはいただけないですね。 わざわざ前衛に出る必要なんて無かったんですから。 何かしらの軽い罰が必要かと。
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