本物
レトグリアス・サンフォード――通称 “レット” は、目前を進む黒衣の背中に落ち着かない思いを抱いていた。
グレイ・アッシュロードが担当するのは、一列縦隊の一番手。
パーティの斥候 だ。
素面のアッシュロードは、兜で視界や聴力を遮られているレットやカドモフに比べて索敵力が高い、と考えられてのポジショニングである。
それまで先頭を任されていたジグリッド・スタンフィードは、最後尾に回っている。
殿を務めていたフェリリルは四番手だ。
エバ・ライスライトがいない今彼女は回復と防御の要であり、前後どちらから奇襲を受けても無傷を保たなければならない。
したがって、
①アッシュロード “ 悪” 君主
②レット “善” 戦士
③カドモフ “中立” 戦士
④フェリリル “善” 僧侶
⑤パーシャ “善” 魔術師
⑥ジグ “中立” 盗賊
探索者パーティ “フレンドシップ7” は、以上の一列縦隊で “林檎の迷宮” を進んでいた。
(やりにくい……ということはない)
前を行く一見隙だらけな背中を見て、レットは思い直した。
アッシュロードは自分の立場をわきまえ、パーティの指示はこれまでどおりレットに一任して口を挟むことはない。
黒衣の男は自分が部隊の指揮官であって、個々のパーティのリーダーではないことを理解している。
これまで何度となく共闘し、性格も実力も十二分に知り尽くしている。
唯一の気がかりにして最大の問題である戒律の違いも、あっさりアッシュロードの方から同調を申し出ている。
母体となるのが “善” のパーティなのだから当然といえば当然だが、君主は僧侶や司教に次いで戒律に厳しい職業 だ。
それを不要品か何かのようにあっさり放棄したのである。
実際に先ほど遭遇した友好的な魔物を、アッシュロードが顔色ひとつ変えずに見逃した姿には、もはや凄みすら感じられた。
(……目的のためなら自己の戒律すら、塵芥のように捨てられる男)
レットは眼前を歩く猫背気味の背中に、確かな気後れを感じていた。
レベル自体は、もはや1しか変わらない。
前衛職としての純粋な戦闘力では、肉薄したといってもいい。
だがアッシュロードと彼の間には、未だ二〇年の経験の差があった。
自分の力量が高まれば高まるほど、レットは純一の迷宮探索者グレイ・アッシュロードに圧されるのだ。
「遭遇 、徘徊する魔物」
アッシュロードが立ち止まり、低いがよく届く声で告げた。
「今度はやる気のようだ」
「“百人隊長” ? この迷宮にもいたのか?」
双剣を抜き放つ黒衣の君主の猫背越しに、金色に輝く派手な鎧を身につけた戦士の一群を認めて、レットが兜の奧で漏らした。
迷宮に下りた直後にアッシュロードが嘆願した “認知” の加護によって、初見の魔物でもすぐに判別できる。
「百人でも千人でも、構わないからやっちゃおう!」
すでに火の玉全開のパーシャが意気込む。
エバ・ライスライトが行方不明になって以来、とにかく彼女は獰猛だった。
「…… “騙り” か」
カドモフが背中に装着した戦斧の留め具を外しながら呟く。
“百人隊長” は “紫衣の魔女の迷宮” にも出現して、探索者らの間では騙りの蔑称で呼ばれている。
理由はレベル7程度の実力しかないのに、レベル10ファイターを自称しているからだ。
実力を詐称しているのである。
その騙りが八体。
「気をつけて、奧にまだいるわ!」
フェリリルが魔法の戦棍と盾を構えながら警告した。
エルフの抜群の聴力が、“百人隊長” の奧の衣擦れ聞き取ったのである。
「“レベル8魔術師” ですって!?」
面食らうフェル。
これは “紫衣の魔女の迷宮” にはいなかった、完全に初見の魔物だ。
直後に “焔嵐” と “凍波”、合わせて六つの詠唱が始まる。
間違いなくこちらが本命だ。
「アッシュロードとフェルは騙りを固めろ! パーシャは魔術師を追い越せ!」
「……了解」「はい!」「やってやらぁ!」
レットの指示に魔法使いが即座に反応する。
四股でも踏みそうな勢いで叫ぶとまずパーシャが、六人の魔術師の呪文よりも一段強力な “氷嵐” を唱え、あっという間に抜き去った。
アッシュロードとフェリリルは倍掛けの “棘縛” で、“百人隊長” を絡め取りにかかる。
真っ先に完成したのは、パーシャの呪文だった。
カミソリよりも鋭い無数の氷刃と、氷点下を遙かに下回る激烈な冷気が、六人の魔術師を包み込み、ズタズタに斬り裂いたあとの血霧ごと氷像と化す。
魔術師たちの詠唱は、半分にも達していなかった。
次いでアッシュロードとフェリリルの祝詞が完了した。
八体中、四体が絡め取られた。
「……なに?」
アッシュロードの眉根が寄った。
レベル13と12の君主と僧侶が倍掛けで嘆願して、レベル7の半分を固め損なっただと?
火花が散った。
盾役 のレットが詠唱直後のアッシュロードをかばい、 加護を免れた騙りの一撃を “鉄の盾” で受け止めたのだ。
全鉄製の盾など重くて物の役には立たない。
しかし盾は軽すぎても衝撃を吸収できず、手の中で持ち手が跳ね回ってしまう。
“鉄の盾” は、アーマーエンハンスの魔法で最適な重量で軽量化がなされており、木製の盾よりも軽く盗賊 でも装備できるが装甲値では上回る。
その逸品を握る左手が痺れた。
鋭さ、重さ。
どれをとっても、レベル7の斬撃ではない。
「――気をつけろ、どうやらこいつは騙りじゃない!」
「本物のレベル10ファイターというわけか」
「……やることは変わらん。揉み潰すだけだ」
レットが鋭く叫び、アッシュロードが淡々と答え、カドモフが豪壮に呟く。
“フレンドシップ7”の新たな前衛たちが、強敵に向かって躍動する。
“百人隊長” が本物なら、彼らもまた本物だった。







