円卓暗雲★
その直後、パーティの頭上に聖銀に輝く鎧が出現した。
「……出たな!」
語気強く、アッシュロードは呟いた。
“女神の試練” の一番手。
命を吹き込まれた物―― “マジックアーマー” の登場だ。
“呪いの大穴” の一階に出現する深層への番人にして、運命の騎士の装具のひとつ。
“女神の試練” とは、迷宮に散在するこれら “K.O.D.s” ―― “ナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” を集めることに他ならない。
そしてエルミナーゼが囚われている最下層に達するには、そのすべてを打ち倒し回収しなけければならないのだ。
「――パーシャ! 防御を下げろ! フェルは守りの加護だ! 効果があるまで唱え続けろ!」
これあるを予期していたレットが、即座に指示を出す。
“試練” についての情報は蓄積されており、すでに戦術は確立されている。
“マジックアーマー” は元が元だけに、化け物染みた装甲値-10を誇る。
これはM4シャーマンに匹敵する硬さだ。
並の攻撃ではかすりもしない。
かといっての魔法の無効化率も一〇〇パーセントであり、呪文や加護で焼くことも凍らすことも切り刻むこともできなかった。
生命力 は推定で300。
熟練者の前衛のざっと三倍。
鎧だけ手も足も口もないため(冒険者たちの間に伝わっている冗句)、攻撃力はなきに等しく魔法も唱えてこない。
だがこの手の戦闘の例に漏れず逃走は不可能で、戦いは否応なしに長期戦になる。
つまり削りきれなければ軽い打撃を延々と浴び続けることになり、嬲り殺しにされる。
(……今は今できることをする! それだけだ!)
双剣を構えた黒衣の男は、“伝説の鎧” に向かって強く踏み込んだ。
◆◇◆
遡ること数日。
「……以上情報から現時点での結論を述べさせていただきます。聖女エバ・ライスライトを含む志摩隼人のパーティは行方不明。最悪……消失したものと推察されます」
硬い声で報告を終えたハンナ・バレンタインが再び席に着くと、立ち込めていた暗い気配がさらに濃度を増した。
探索者たちは皆一様に押し黙り、会議の主催者であるマグダラ・リーンガミルの発言を待っている。
女王の立場に配慮しているわけではなく、自分たちがすでに何度も接し、確認・検討してきた情報だからだ。
まずは初めて直接話を聞く彼女の反応を待つのは、当然だった。
“円卓の間” に身分差はないのだ。
「…… “探霊” の加護にも反応がないのですね?」
聡明なうえに “賢者” の恩寵を持つ希代の魔法使いであるマグダラにしては、益体もない問いであった。
迷宮から仲間が還らなければ、まず何はなくとも嘆願されるのが “探霊” だからである。
その加護に反応がなかったからこそ、この会議が招集されたのである。
「……六名ともですか?」
それでもマグダラは一縷の望み――事実を受け入れたくない思いを質問の形で口にした。
「六名ともだ」
冷厳に答えたのは、部隊のリーダーであり今やふたつとなってしまったパーティを束ねるグレイ・アッシュロードだった。
「だが、だからこそまだ望みがある」
長いまつげを伏せたマグダラに、アッシュロードが述べる。
「それはどういう意味です?」
「連中の力量はあの迷宮に挑むには確かに心許ない。だがエバ・ライスライトがいる。あいつがいる以上、全滅からのまるまる消失は考えにくい」
ハッと顔を上げたマグダラに、他の仲間たちにもしてきた説明をアッシュロードは繰り返した。
「連中は一度あの迷宮で死にかけているうえ、ライスライトが助言役としてついている。深入りして迷った挙げ句の全滅は可能性として低い。あいつは迷宮での迷子には慣れている。そんな事態になれば動かず救助を待つはずだし、そもそも迷うほど遠出するわけがねえ。
熟練者のおめえにこんなことを言うのは釈迦に説法だが、探索者が迷宮で全滅する起因で大きいのが魔物の先制攻撃と “転移の罠” だ。
まず考えられるのは魔物に先制されての全滅だが、これはほぼ一〇〇パーセント竜息を喰らっての結果だ。初手で全滅しなくても、次の手番で慌てふためいた挙げ句に逃亡にしくじるパターンも多い。
だが事前の偵察では第一層に竜息持ちは確認されていない。唯一竜息に似た全体攻撃をしてくる “羽虫の大群” がいるが、こいつのダメージは生命力 換算で数ポイントだ。他の連中はともかく、生命力が100を超えるライスライトが殺られるとは考えにくい」
「たとえ深手を負っても、聖女さまなら次のターンで “神癒” を使って自身を癒やせますからね」
「そうだ。最悪あいつだけは生き残れる。あいつももう一端どころか一角の探索者だ。仲間と一緒に全滅するのが最良の方法だなんて思ったりしねえ」
マグダラの言葉にうなずくアッシュロード。
「迷った挙げ句の遭難は考えられない。竜息で先制されての線も薄い。となると残りは “転移の罠” だが、宝箱が見つかったとして “転移の罠” は無視が前提だ。他の連中が解除を主張しても、やはりライスライトが止めるだろう。判定ミスも考えにくい。僧侶と君主が合わせて三人もいるパーティだ。“看破” をケチるとも思えん」
「……そうですね」
マグダラは同意しながらも、盗賊 が識別中にいきなり罠を発動させてしまう可能性があることもわかっていた。
そうして迷宮内の岩の中に転移してしまえば、即消失である。
だが敢えて口には出さなかった。
そんなことはアッシュロード自身、百も承知なのだから。
「迷子の可能性は低い。先制されての全滅の線も薄い。罠を引いたとも考えにくい。こうなると確認されていない “いぬ” でも生息してない限り、何らかの要因で “探霊” に引っかからなくなっていると考える方が蓋然性が高い」
それはライスライトらの未帰還を受け、動揺する仲間たちを落ち着かせるために、アッシュロードが言い聞かせてきた考えだった。
アッシュロードは必然という言葉が嫌いだった。
偶然はもっと嫌いだ。
どちらも迷宮では命取りになる。
確実がないのが迷宮の確実なのだから。
懐かしい思いに囚われたマグダラは、少しだけ表情をほころばせた。
アッシュロードは唇を舐めた。
話しすぎたため喉が渇いていた。
目の前のカップに満たされていた極上コーヒーはすでに空だ。
円卓に着く他の出席者には茶が出されていたが、彼だけはコーヒーだった。
アッシュロードの好物を知るマグダラの気遣いである。
スッと隣に座るハンナから、まだ口を付けていない茶碗が差し出された。
『……悪りぃ』
アッシュロードは微笑むハンナ礼をいい、冷めて久しい紅茶を一息に飲み干した。
「――俺たちは引き続き “林檎の迷宮” に潜り、王女の救出に尽くす。その課程でライスライトたちの手がかりも得られるはずだ」
「希望はあるということですね」
「冷静でいる限りはな」
アッシュロードは立ち上がった。
マグダラが納得した以上、ここでの役目は終わった。
あとの細かな調整はハンナの仕事だ。
マグダラも左右に座る近衛騎士と祐筆も、その不遜をとがめはしない。
唯一女王の背後に立つ侍女のメリッサだけが、眉をしかめただけだった。
「アッシュロード卿」
迷宮に向かう黒衣の君主を、マグダラが呼び止めた。
「聖女さまを信じていられるのですね」
アッシュロードは答えず “円卓の間” を出た。
マグダラはアッシュロードを理解していた。
だがすべてを理解していたわけではなかった。
グレイ・アッシュロードは、エバ・ライスライトを信じていたのではない。
グレイ・アッシュロードは、エバ・ライスライトを信じたかったのである。







