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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
444/669

災禍の中心★

 ドーラさんにうり二つのラーラ・ララさんに連れられて、わたしたちは彼女の執務室と思われる玄室を出ました。

 顔に横一文字の傷跡がある戦士ドッジさん他、数名の護衛も一緒です。

 襤褸(ボロ)をまとった老若男女で溢れる回廊を進み、いくつもの玄室や広間を抜けていきます。


「ここは……居住区ですか?」


 回廊といわず玄室といわず、肩を寄せ合い力なくうなだれる人たち。

 ときおり視線が合っても、みんな怯えた様子で顔を伏せてしまいます。

 以前に海外のドラマで視た、大都市の貧しい人々が住む下水道を彷彿させる光景でした。


「ああ、酷いもんだろ。飢えに、疲労に、病に、絶望。誰も彼も生きている死者(リビングデッド)ならぬ、死んでいる生者さね」


「……」


 ラーラさんの的を射た表現に、黙ってうなずきます。

 栄養状態も悪く、衛生環境も悪い。

 これでは聖職者(ヒーラー)が何人いても足りないでしょう。


「それでも外に比べたら、ここは天国さ……少なくとも()()を見なくて済むからね」


「……()()?」


 ラーラさんは『……すぐにわかるよ』といって言葉を濁しました。

 その口調から察するに、説明することすら苦痛なようです。


「今この礼拝堂跡には五〇〇人の人間が暮らしている。()の連中を除けば、この世界に生き残ってる唯一の人類だろうね」


 五〇〇人。

 それは “龍の文鎮(岩山の迷宮)” に召喚された親善訪問団の半分の数です。

 この世界には、もうそれだけの人間しか……。


「その……どうしてもっと下の階に行かないのです? 地上に近いここは危険なのでしょう?」


 前を行くラーラさんに、田宮さんが遠慮がちに訊ねます。


「迷宮は奧に行くほど魔素が濃くなって魔物が強くなるからね。半病人なここの人間には酷なのさ。なにより――」


「なにより?」


「ここが “ニルダニスの杖” に一番近い場所だからだよ。今じゃこの崩れかけた礼拝堂こそ世界でもっとも安全な神域なのさね」


 衝撃に、全員の足が止まりました。


 “ニルダニスの杖”!


 それこそが女神(ニルダニス)から課せられた使命(クエスト)

 “女神の試練” とは “呪いの大穴” の深奥から、この杖を回収してくることに他なりません。

 そしてそのためには、迷宮の各所で待ち構えている意思を持つ強力な五つの武具 “K.O.D.sナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” を撃破し、自らが新たな “運命の騎士” たり得ることを証明しなければならないのです。


「……あるのか? あの杖がここに?」


「……ああ、あたいたちはあの杖に守られていると同時に、あの杖を守っているからね」


 押し殺した隼人くんの問いに、ラーラさんがやはり低い声で答えました。

 不穏な空気が流れ、ふたりの間に緊張が走ります。


「すまない。杖をどうこうしようとか、そういう意図はない。ただ元の時代では、俺たちもその杖を求めて迷宮に潜っていたんだ」


「わかってるよ。伝説の “勇者” ――それもまだ未熟なあんたが迷宮に潜る理由が他にあるかってんだい。そもそも “K.O.D.s” もないのに、あの杖には触れないさ」


「……ないのか?」


「ああ、ないね。伝説の武具はとうの昔に伝説になっちまってるよ。もし今もあるならあたしがとっくに集めて……ふん、どっちにしろ忍者には無理か」


 “K.O.D.s” を装備できるのは、前衛職の戦士・侍・君主(ロード)のみ。

 マグダラ陛下の王配となった先代の “勇者” は君主で、“K.O.D.s” を集めて “運命の騎士” となり単身、迷宮の最奥に潜む “魔太公(デーモンロード)” を討伐したのです。

 “K.O.D.s” がこの時代にも存在し、ラーラさんが装備できたとしたなら、“悪魔王” に対抗する手段になり得たかもしれないのです……。


「杖は五つの武具と引き換えに、女神より授かると聞きます。もしかしたら、ふたつの神器は同時には存在できないのかもしれません」


 ラーラさんはそれ以上は何も語らず、わたしたちも何も訊ねませんでした。

 光量を落とした“永光コンティニュアル・ライト”が点々と灯る回廊を行くにつれて、徐々にうずくまる人々の姿が少なくなってきました。

 そしてその姿が完全に消えたとき、二〇人程度の自警団がバリケードを築き守備を固めている陣地に行き着いたのです。


「――覚悟はいいかい?」


 拠点の一区画(ブロック)ほど先に垂れている縄梯子を見ながら、確認するラーラさん。


「ああ」


 リーダーの隼人くんが答え、わたしを含む他の五人が首肯します。


「なら行こうか」


 目配せをするとまずはラーラさんが先頭で、次にドッジさんたち自警団の精鋭が縄梯子を登り始めました。

 彼女たちが登り切るまで、わたしたちは梯子の下で待機です。

 やがて、


「――いいよ! 来な!」


 頭上からラーラさんの叫ぶ声が届きました。

 深閑とした迷宮で大きな声を出さざるを得なかったのは、耳をつんざくような風音が声をかき消そうとしていたからです。


「行こう」


 隼人くんがうなずくと、指示を待つよりも早く五代くんが登り始めました。

『梯子を最初に登るのは俺だ』――という彼一流のプライドが感じられる行動です。


 次いで隼人くん、田宮さん、早乙女くん、安西さんと、いつも隊列順に登っていきます。

 盾役(タンク) の隼人くんが殿(しんがり)でないのは、迷宮よりも地上の方がより危険が大きいと判断したためです。

 安西さんの身体が二メートルほど登ったところで、わたしも梯子の踏み縄に手を掛けました。

 踏み縄を一本登るごとに、轟くような風音が迫ってきます。


 ドクン……ドクン……ドクン……!


 なんなんでしょう、これは。

 胸が不安で圧殺されそうです。

 こんなプレッシャーは “紫衣の魔女(アンドリーナ)” や “真龍(ラージブレス)” からも感じたことはありません。


(いる……! この上に、地上に、これまでに出会ったことのない強大な敵が……!)


 手が震え、息苦しさに肺が空気を求めて喘ぎます。

 耳鳴りがし、頭を締め付けられるような激しい頭痛が湧き起こりました。

 精神的な動揺からくる変調ではありません。

 地上に近づく毎に低下する気圧の影響でした。


 それでもわたしは、歯を食いしばって縄梯子を登り切り。

 そうして、わたしは見たのです。


 砂塵。

 吹きすさぶ濛々たる砂塵。

 荒廃した大地を覆い尽くす大量の砂と……灰。

 栄華を誇った城塞都市 “リーンガミル” は跡形もなく、瓦礫すら見当たりません。


 そして、空。

 太陽が暗雲にさえぎられ、紅血の如く染まった空。

 赤黒い虚空に血脈のように走る稲光。

 さらにその仄暗い雷光に照らし出される、想像を絶する大きさの竜巻。

 天地をつなぐ大立柱自体も不気味に明滅し、雷鳴を轟かせています。

 断じて自然現象によって生まれたものではありません。

 なぜならまったく移動せず、中心に時おり浮かび上がっているからです。


 上下二対の翼を持つ、巨大な影が。


 ガクガクと震える手足、唇、身体……。

 目を背けたいのに……目蓋を閉じたいのに……。

 魅入られたように、その影から瞳をそらすことが出来ないのです……。


「あたしのいった意味がわかったかい? そうさ、あれが世界(アカシニア)を滅ぼした元凶、災禍の中心ハート・オブ・メイルストローム――悪魔王 “災禍をもたらす者(メイルフィック)” さ」


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[一言] 悪魔王ですか。 まあとある小説では顕現しようとするだけで世界が滅びかけて、旧魔法文明ですらほぼ手出しができませんでしたからね。 この惨状も納得できます。 と言うか、ヤンデレを爆発させたアン…
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