ナイスジョーク★
前方に立ち塞がる複数の人影。
先頭の五代くんが気づくのに遅れたのは、人形の侍女さんを儚み涙する早乙女くんに気を取られていたからでしょう。
その分、二番手の隼人くんが反応しました。
鋭い声で敵の出現を知らせ、パーティに臨戦態勢を取らせます。
無邪気な帽子をかぶった藁で作られた人形が五体、麦穂刈りに使うような農耕用の鎌を手にヒョコヒョコと近づいてきたのです。
「……な、なにあれ?」
血の滴る大鎌を持った藁人形たちを見て、安西さんが身震いしました。
「おそらくショートさんの言っていた “案山子” でしょう」
「……まるでハロウィンだな。良い趣味してやがる」
「どこがだ! 悪趣味極まるだろうが!」
短剣 を抜きながら囁いた五代くんに、早乙女くんが怒鳴ります。
そして胸当ての上にまとっている僧衣の袖でグイッと涙を拭うと、戦棍と盾を構えました。
「いいぞ! さあ、来やがれ!」
「ちょっと、これって何の冗談?」
続いて現れた後続を見て、顔をしかめたのは田宮さんです。
“案山子” が引き連れていたのは、人の身の丈を優に越える巨大な三羽の “大鴉” だったからです。
案山子と害鳥の代名詞との共闘……確かに冗句としては一流でしょう。
「ギャァ! ギャァ! ギャァ!」
“大蛙” 並の騒々しさで “大鴉” が啼き出したのを合図に、戦いの火蓋が切られました。
「安西! “大鴉” を眠らせろ! 早乙女と枝葉は各個に支援!」
「は、はい!」
「了解!」「了解です」
ショートさんから得た情報によるとこの階に生息する魔物は、ネームドであれば苦戦はしないレベルだそうです。
“案山子” は特殊攻撃を持たない “戦士系” の魔物ですが、“大鴉” はくちばしと爪に麻痺性の毒を持っています。
「早乙女くんは加護を温存してください」
おう! という元気な返事に微笑すると、わたしは表情を引き締めて “神璧” の嘆願を始めました。
“神璧” と麻痺を治療する “痺治” は同位階の加護です。
“大鴉” がすべて眠らなかった場合に、麻痺の治療に加護を使うよりも、守りを固めて攻撃そのものを受けなくしようという判断です。
これから先、一階の礼拝堂に辿り着くまで精神力の回復は望めません。
いえ、もしかしたらその礼拝堂ですら、休息を摂れるかどうかは定かではないのです。
戦闘は最小限の資源で切り抜けなければなりません。
「―― “昏睡”!」
安西さんが呪文を完成させると、けたたましく啼きわめいていた三羽の怪鳥がバタバタと横倒しになりました。
「“神璧”!」
「行くぞ!」
「藁束なら、わたしの試金石よ!」
守りの加護を受け士気を高めた隼人くんと田宮さんが、五体の “案山子”に向かって突進します。
隼人くんは抜剣し、田宮さんは納剣したままです。
魔法によって装甲値を下げた前衛は、大胆に行動できるのです。
直後に煌めく二条の銀光。
振り下ろされた隼人くんの魔剣 “切り裂くもの” が、“案山子” の身体を袈裟懸けに両断すれば、鞘走った田宮さんの居合いの斬撃が別の胴を鮮やかに払いました。
魔法によって宿っていた疑似生命が消失し、あっという間に動かなくなる藁人形。
ふたりは接敵するなり大鎌を振り下ろす暇を与えず、二体の “案山子” を屠ったのです。
(モンスターレベル3、生命力 は10~20の間で、装甲値も高い)
その様子からざっと “案山子” のステータス読み取ります。
わたしたちがいた時代には存在が確認されていない魔物です。
当然 “怪物百科”にも載っておらず、ショートさんから概要を聞いただけにすぎません。
(動作も鈍く、大鎌にはいかにも致命の一撃 がありそうですが、それもないようです)
結論。
(今のわたしたちには手強い相手ではありません!)
「問題ない相手だ! 数をこなせ!」
同様の判断を下した隼人くんが鼓舞し、パーティは数を減じた魔物の群れを一気呵成に蹴散らしました。
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「……すごい、地下の迷宮にこんな広い空間があるなんて」
田宮さんが眼前に広がる光景に息を呑みました。
他のみんなも同様の思いで言葉を失っています。
“永光”の明かりが届く範囲だけでも、まるで吸い込まれそうなほどの空間が広がっています。
「……なんだか息が」
安西さんが苦しげに呟きました。
「足下を見てください。空間の広さに溺れかかっているのです」
わたしは安西さんに近づき、背中に手を当てます。
「大丈夫です。側にいますから」
ぬくもりを感じた安西さんは少しだけ安堵したようにうなずき、言われたとおりに足下を見て深呼吸を繰り返しました。
「ここがショートさんの言っていた “とんでもねえ広さの空間” で間違いないでしょう」
わたしたちは “案山子” と “大鴉” を危なげなく退け、ショートさんから聞いていた広大な地下空間に達していました。
「狭いところで息苦しさを感じるのはわかるけどよ、広いところでもなるんだな」
「宇宙飛行士が宇宙で溺れるのと似た感覚だろうな。自分の位置を相対的に把握できないからパニックに陥るんだ――アヒルの言葉どおり壁際を行こう」
嘆息気味に言うと、隼人くんがうながしました。
一番近い壁に身体の右側を向け、わたしたちは再び歩き出しました。
「それにしても、あの二階をこんなになるまで掘っちゃうなんて……とても同じ迷宮には思えない」
田宮さんの述懐に、わたしはアッシュロードさんとベッドに寝転んで眺めた “呪いの大穴” について記された分厚い本を思い出しました。
あの時に見た地下二階は、無数の玄室によって構成された複雑な構造をしていました。
田宮さんの言うとおり、とても同じ迷宮とは思えません。
あの人が見たら、いったいなんと言うでしょうか。
(…………アッシュロードさん……)
集中力を失っていたわたしが背後から襲われなかったのは、幸運だったとしか言いようがありません。
うねうねと続く地下空洞の外壁に沿って黙々と進み続けていたわたしたちの前に、その扉は現れました。
“広間に出たら壁に右手を当てて進めば扉に出る”
またしてもショートさんの話してくれたとおりでした。
五代くんが慎重に罠の有無と扉の奥の気配を探り―― “気配あり” のハンドサインを出します。
わたしたちはこれまでと同様、隼人くんの合図で扉を蹴り破り、一斉に突入しました。
素早く視線を動かし、魔物の位置と数と種類を確認します。
ですが扉の奥にいたのは魔物ではありませんでした。
代わりに、ボロボロの紅い法衣をまとった赤ら顔のお爺さんが緩慢な動作で振り返り、
「ヒック……! よぉ……一杯奢ってくれんかね……?」
驚くでもなく、お酒臭い息を吹きかけてねだりました。







