一〇〇年後の君たちへ
「確かにここは、おめえさんたちが “リーンガミル” と呼ぶ国。そして “呪いの大穴” と呼んでいる迷宮だ――ただし、そう呼ばれていたのは一〇〇年以上昔だけどな」
六人掛けの円卓に、若干窮屈げに肩を寄せ合って座る六人と一羽。
その内の一羽…… “ダック・オブ・ショート”さんが、右の翼で器用にエール酒の注がれた陶杯を持ちながら、気の毒そうな表情を浮かべています。
わたしたちは沈黙し……すぐには言葉を発することが出来ませんでした。
自分たちに何が起こったのかは、おおよそ理解しているつもりです。
これが……二度目だから。
ですが、それでもやはり……です。
二×三区画の広さがある、迷宮酒場 “竜の大瓶亭”
紫煙が燻る店内の喧噪が、遠くに聞こえます……。
「オイラも、おめえさんたちみたいな “転移者” に会うのは初めてだよ。世界がこんなにも狭くなっちまう前には、希に見かけたみたいなんだが」
人情に篤いアヒルさんは、そういうとグイッと陶杯を傾けました。
「世界が狭くなったということですが、今のアカシニアはいったいどうなっているのですか?」
わたしは注文した蜂蜜酒ではなく、舌先で唇を湿らせて訊ねました。
女給さんが持ってきてくれたエールは苦手なので、隼人くんが引き受けてくれています。
本当は普通のお水が良いのですが、この世界では保存が利かないため、喉を潤すにもお酒を頼まなければならないのです。
「“悪魔王” だよ」
「“悪魔王” ……ですか?」
「ああ、“悪魔王” だ」
ショートさんがつぶらな瞳に剣呑な色を宿して、うなずきました。
「今から一〇〇年も昔に現れた魔族の親玉でよ。世界めちゃくちゃにしちまいやがったのさ」
「それはわたしたちの知るところの “魔太公” のことでしょうか? “僭称者” と盟約を結び、“運命の騎士” に倒されたという?」
わたしの頭はすでに混乱の極みにありましたが、必死に自制し確認しました。
まずはお互いの知識を摺り合わなければなりません。
それがわたしだけでなく、みんなの混乱を鎮めることにもつながるはずです。
「さあな。詳しいことはわからねえんだ。なんせ大昔なうえに世界が滅んじまっただろ。記録はほとんど燃えちまったし、口伝として聞きかじってきただけだからよ」
ショートさんは残っていたエールを飲み干し、翼を上げてお代わりを注文しました。
それから再びわたしに向き直り、
「オイラは商売柄まだマシな方だが、この酒場にいる他の連中なんて “悪魔王” の名前を知ってるのが精々だぜ」
翼をすくめて嘆息します。
(考えられる可能性は、ここが “運命の騎士” が “魔太公” に破れた時間軸の未来――あるいは、わたしたちが未来に飛ばされたあとに “悪魔王” と呼ばれる強大な魔族が現れ、世界を滅ぼした未来。このふたつ……いえ、一度倒された “魔太公” が復活した可能性もあるわけで――ああ、頭がこんがらがります!)
わたしは隼人くんたちと相談したい思いを抑えながら、混乱の治まらない頭で考え続けます。
今はショートさんから話を聞き、できるだけ情報を引き出さなければなりません。
皆で分析をするのはその後です。
本来なら質問するのはリーダーである隼人くんの役目でしたが、状況が状況だけに、ショートさんに一番気を許されているわたしに任されています。
(現在がどの未来だったとしても、今それは枝葉末節のはず。わたしがここで聞き出さなければ……得なければならない情報は……)
「元の時間軸に戻る方法はわかりませんか?」
「……すまねえな」
単刀直入に訊ねたわたしに、ショートさんが申し訳なさそうに平べったい大きなくちばしを左右にしました。
「…………いえ、あなたが謝ることではありません。わたしたちがいた一〇〇年前にもわからなかったのですから」
「今度はオイラから質問させてくれねえかい?」
(帰る方法が……わからない)
「ライスライト?」
「……え、あ、どうぞ」
「おめえさんたちは、なんでまたこの迷宮に―― “呪いの大穴” の潜ってたんでぇ? “転移者” だけのパーティだ。ただの強襲&強奪 目当ての冒険者ってわけでもあるめえ?」
「復活した “僭称者” にさらわれたエルミナーゼ姫を救い出すため――そして “女神の試練” を達成して、女神に元の世界に還る方法を訊ねるためです」
そしてわたしは、この時間軸にくる直前までの探索の様子を、できるだけ簡潔に伝えました。
くちばしの下に翼端を当て、考え込むショートさん。
「何でもいいから知りませんか!? 何でもいいんです!」
「そうだ! “女神の試練” はここでも続いているのか!?」
沈黙にこらえきれなくなった安西さんが哀願するように訊ね、堰を切ったように早乙女くんが続きます。
「早乙女、安西」
ふたりをたしなめる隼人くんの表情にも、ハッキリとした焦慮が見て取れました。
「エルミナーゼ……って名前は初めて聞くな。その “女神の試練” とやらも初耳だ」
「そんな……!」
絶句する田宮さん。他のみんなも同様です。
表情が強ばり、ある人は青く、ある人はドス黒く染まります。
「まあ、待ちねえ。そう結論を急いじゃいけねえよ」
自制心が砕かれ狼狽するわたしたちを、ショートさんが翼で制します。
「エルミナーゼっていうお姫さんも “女神の試練” とやらも知らねえが、この迷宮の一階にその女神とやらの神殿だか寺院だか、とにかくずっと昔にそう呼ばれていた場所がある」
「ニルダニスの礼拝堂ですか?」
「ああ、そうだったかもしれねえ。そこに行けば何か手がかりがあるかもな――おめえさんたちが “転移” したのも、地下一階だったんだろう?」
「確かに……」
(確かに “呪いの大穴” にしろ、変容した “林檎の迷宮” にしろ、第一層の中央区域は “ニルダニスの礼拝堂” と呼ばれていた場所です)
「元の時間軸に戻るために、まずは飛ばされた場所に戻る……ですか」
「薄弱極まる話で申し訳ねえが」
今度はわたしが考え込む番です。
手がかりが何もない以上、薄弱だろうとなんだろうと、一縷の望みを抱いて礼拝堂を目指すしかないのでしょうが……。
わたしたちは転移直後で、この迷宮のことは何も知りません。
目隠しをして迷宮を行くようなもので、現状では危険極まる探索行となるでしょう。
さらに……、
「だけど気をつけな。今その場所は “兄弟愛の自警団” って強面の連中の根城になってる。奴らが頑張ってるお陰で外から悪魔どもが入ってこねえわけだが、その分荒っぽくて、まかり間違って敵にでも回したらネームド付近のおめえさんたちでも危ねえぜ」
「…… “兄弟愛の自警団”」
「それと今の迷宮は、この一〇〇年の間に住み着いた連中が好き勝手に掘り進めちまったせいで、もつれた毛糸みたいに複雑になっちまってる。崩落で埋もれちまった場所も多いしよ。つまり何が言いたいかっていうと――」
「不定形の迷宮……ですね」
「ガァツ、ライト!」







