ダック・オブ・ショート
「ガァ?」
「えっ?」
「ガァ??」
「えっ??」
「ガァ???」
「えっ???」
「ガァ!? ガァ!? ガァ!?」
「えっ!? えっ!? えっ!?」
湯気の中から現れたアヒルさんと唐突に目が合ってしまい、そのまま『ガァ』と『えっ』の熾烈な応酬に発展します!
な、なんなのですか、この人――じゃなくて、このアヒルさん!?
なんか大きいんですけど!?
服とか着てるんですけど!?
肩に手ぬぐいとか掛けてるんですけど!?
背筋が伸びてるんですけど!?
二本足で立ってるんですけど!?(これは後で考えたら当然でした)
しかも――!
「だ、誰でえ、おめえさんは!?」
しゃ、喋った!?
まさかカエルさんやクマさんみたいな、魔法で動くキーアイテム!?
それにしてはやけに生々しいです!
「あ、あなたこそ誰ですか!?」
お互いにこれ以上ないほど身体をのけぞらせながら、誰何し合います。
「ア、アヒルに名を訊ねるなら、自分から名乗るが礼儀ってもんだぜ」
「さ、先に訊ねたのはそちらでしょう」
「「……」」
気まずい沈黙……。
「た、確かにそのとおりかもな。オイラは“ショート”――“ダック・オブ・ショート” ってもんでえ」
アヒルさんは直前のやりとりを反芻したのか、沈黙を破り自分から名乗りました。
(ショート……確かに)
「ガァ! ガァ! ガァ! そっちのショートじゃねえやい!」
わたしの視線が上下したのに気づき、アヒルさんが憤然と否定します。
「火花が散る方のショートでい! 身体が短いからじゃねえやい!」
「ひいいっ! ごめんなさい!」
「まったく近頃の娘は礼儀ってもんがなっちゃいねえ。世も末だぜ」
「……まことに失礼しました」
シュン……と小さくなるわたしです。
「まあ、いいさ。人間ってのはとかく粗忽な生き物だからな――それでおめえさん誰の誰兵衛で、どうしてここにいなさる?」
アヒルさん……ショートさんはやれやれといった風に嘆息すると、気を取り直して訊ねました。
「わ、わたしはエバ・ライスライトと言います。迷宮探索者で “リーンガミル” の “呪いの大穴” を探索していたのですが……」
「“リーンガミル” ? “呪いの大穴” ?」
ショートさんが『ガァ?』と大きな頭をかしげました。
その仕草から、これまでにも増して嫌な予感がしてきます。
「ええと……ここがそうなのです……よね?」
「……まあ長くなりそうだから、湯に浸かりながら話してやるよ」
恐る恐る訊ねたわたしに、ショートさんは平べったい大きな黄色いくちばしを左右に振りました。
「すぐそこの “温泉” で朝湯を浸かるのがオイラの日課なのさ。朝寝・朝酒・朝湯が好きなのは、何も人間だけじゃねえってこったな」
「は、はぁ……」
隼人くんたちのことは気になりますが、濛気の中にひとり取り残されても進展はないでしょう。
わたしは意を決して、手ぬぐいを担ぐアヒルの小原 庄助さんに続きました。
ショートさんの言う “温泉” とやらは、本当に近くでした。
歩くこと一〇数歩。
広々とした石造りの浴場が靄の奥から現れたのです。
「ここがオイラのお気に入りのスポット “ブラザーの健康温泉” さ」
そういうと庄助さん……ではなくショートさんは、濡れた石畳にボリューミーなお尻をついて何かを膨らませ始めました。
「プーッ! プーッ!」
と平らなくちばしに黒いゴムのような物を咥えて、懸命に息を吹き込んでいます。
「あの、それってもしかして……?」
「オ、オイラ……金槌なんだ」
ショートさんはモジモジと恥ずかしそうに言うと、再び浮き輪を膨らませ始めました。
人語を話す、朝寝・朝酒・朝湯が好きな金槌のアヒル……。
な、なんだか頭がグラグラします。
アヒルの形をした浮き輪を膨らまし終えると、ショートさんは立ち上がって準備運動を始めました。
「風呂に入る前はちゃんと準備運動しなくちゃ駄目だぜ」
そしてもはや言葉が出ないわたしの前で浮き輪に太い胴体を通すと、ドボンッ! と温泉に飛び込みます。
「ブッバ! 生き返るぜ! ――どうでえ、おめえさんもひとっ風呂浴びねえかい?」
「い、いえ、わたしは混浴はちょっと……」
「なんでえ、俺が雄だから恥ずかしいのかい? アヒルからしたら人間の裸なんて雄も雌も同じなんだがな」
「わたしの裸は売約済みなのですよ……」
「ガァッ、ガァッ、ガァッ! うん、それなら分かるってもんだ! 惚れた雄には操を立てねえとな! それが雌の心意気ってもんよ!」
ショートさんは広い浴槽をバシャバシャと泳ぎながら大笑しました。
水かきがあるのでなかなかに高速です。
「あ、あの! それでこの場所のことなのですが!」
「ああ、ここは確かに “リーンガミル” の “呪いの大穴” だぜ! ただし、そう呼ばれてたのはもう一〇〇年以上昔のことだがな!」
「えっ!?」
一〇〇年前!?
「それってどういう意味ですか!?」
血相を変えたわたしに、ご機嫌に泳いでいたショートさんが波立てるのを止めました。
そして立ち昇る湯気の間から、つぶらな瞳でわたしを見つめます。
「おめえさん、もしかして “転移者” か?」
転移者……転移……やはりあの量子の隧道は……。
「ええ、おそらく……」
「ふぅむ……こいつは珍しいもんに出会ったぜ。俺も長く生きちゃいるが直に会うのは初めてだ」
ショートさんは白い翼をくちばしの下に当てて考え込みました。
「さて、どうしたもんか……」
「あなたの言うとおりここが一〇〇年後の “呪いの大穴” なら、元の時間軸に戻る方法を見つけなければなりません……パーティの仲間も捜さないと……」
「ずいぶんと冷静だな」
「二度目なので……自分の身におおよそ何が起こったのかは理解できます」
「ふぅむ……」
わたしの説明に、ショートさんがもう一度うなります。
「最初の問いには答えられねえが……その格好からして、おめえさん聖職者だろ? “探霊” を授かっているなら、使ってみたらどうだい?」
「あっ!」
そうでした! その手がありました!
ショートさんの指摘に、慌てて祝詞を唱え始めます!
衝撃的な出会いに、やはり混乱していたようです!
嘆願が聞き届けられ加護が効果を発揮すると……その場にくずおれるほどの安堵が、身体に広がりました。
「……よかった」
「どうやら見つかったみてえだな」
「はい。全員この近く――すぐ東にいるようです。ただ、それがどうも酒場のような場所で……」
念視で見えた映像を大まかに伝えます。
隼人くんたち全員、酒場とおぼしき場所にいました。
ですが迷宮にそのような場所があるのでしょうか?
「ははぁ、となるとあそこだな」
「心当たりがあるのですか?」
「ああ、“竜の大瓶亭” だ」







