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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
421/669

正当な権利と意思

「――単刀直入にいう。俺たちに力を貸してくれ」


 ソファーに腰を下ろしたわたしが顔を向けると、隼人くんが口火を切りました。


「本当に単刀直入ですね」


「ああ」


 視線を合わせたまま、隼人くんわずかにうなずきます。

 わたしは気づかれないほどの、小さな吐息をつきました。


「……エルミナーゼ様のことを知ったのですね」


 箝口令が敷かれているとはいっても、あれほど大勢の目に触れてしまったのです。

 秘密にできるわけもありません。

 エルミナーゼ様は隼人くんたちのパーティメンバーですし、隼人くんたちは短い期間とはいえ、このお城で生活していたことがあります。

 衛兵の方や侍女さんなど、親しくなった人もいるでしょう。

 そういった人たちから話を聞いたのかもしれません。


「エルミナーゼを助けたい。だが俺たちだけでは無理だ。経験を積んだ高レベルの冒険者の助けがいる」


「……」


「ごめんなさい。こんな風に五人で取り囲んでお願いするなんて卑怯だとは思うけど……わたしたち一人一人じゃ、今の枝葉さんにはとても太刀打ちできないから……」


 沈黙したわたしを、田宮さんが申しわけなさげな表情で見つめました。


「エルミナーゼのために命を懸けてくれとは言わない――言えない。もちろん俺たちのためにもだ。だから、おまえはおまえのために命を懸けてくれないか。エルミナーゼを助けるには “呪いの大穴”を踏破しなければならない。それには “女神(ニルダニス)の試練” を潜り抜ける必要がある。試練を達成すれば女神の神託を受けられる。女神なら元の世界に帰る方法を知っているはずだ。そのために――命を懸けてほしい」


 そうして……目には見えない手を差し伸べる隼人くん。


「枝葉……瑞穂。一緒に元の世界に帰ろう」


 懐かしさが胸に溢れます。


(……そうでしたね。あなたは滅多な事ではわたしの名前を呼ばないのでしたね)


 今にして思えば、それはこの人なりのわたしへのいたわりだったのでしょう。

 幼く子供で……人の気持ちに疎かったわたしへの。

 だから、リンダは……。


「枝葉さん! 一緒に帰りましょう!」


 安西さんが、泣きそうな顔で懇願します。


「そうだよ、枝葉! 俺たちと一緒に帰ろう!」


「枝葉さん! お願い!」


 ありがとう、早乙女くん、田宮さん。

 でも……。


「ごめんなさい。一緒にはいけません」


 わたしは正統な権利と意思を(もっ)て、差し出された手を柔らかく拒絶しました。


「どうして!? お父さんやお母さんに会いたくないの!?」


「もちろん会いたいです。でも――わたしはわたしのためだけに命は懸けられません」


「わからない……わからないよ。わたしは会いたい! 会いたくてたまらない! だから命を懸けて迷宮に潜ってる!」


 安西さんが涙混じりに詰ります。


「わたしも命懸けで迷宮に潜っています。なぜならわたしのために、わたしの大切な人たちが命を懸けてくれているからです。あの人たちを置いてはいけません」


 戦いはいつも自分のため。

 誰かを傷つけるためではなく、誰かを守ることになると信じて。

 大切な、誰かを。

 レットさん、ジグさん、カドモフさん、フェリリルさん、パーシャ。

 そして誰より……。

 その人たちは、この部屋にはいないのです。 


「だから――一緒には行けません」


 胸の痛みをこらえて、ハッキリと伝えます。

 出来ることなら力を貸してあげたい。

 エルミナーゼ様を助ける手助けをしてあげたい。

 でも……無理なのです。


「……帰る方法が見つかったとしても、この世界で生きていくつもりなのか?」


「ええ」


 躊躇うことなくうなずくわたしを、隼人くんが見つめます。

 見つめ返すわたしの瞳に迷いはありません。

 わたしの進むべき道はすでに定まっていて、それはこの人たちとは――この人とは違う道なのです。


「……わかった」


 やがて隼人くんの身体から力が抜け……憔悴したように肩が落ちました。


「……無理を言ってすまなかった」


「志摩くんっ!」「おい、志摩っ!」


「無理強いはできない。迷宮が絶対の覚悟がなければ生き残れない場所だってことは知っているだろう。枝葉には命を懸ける理由がないんだ」


 隼人くんの言葉に、他の四人が黙り込みます。

 短い話し合いは終わりました。

 わたしは立ち上がり、別れを告げます。


「あなたたちが無事に目的を達して、元の世界に戻れることを祈っています」


 後ろ髪を痛いほどに引かれます。

 これが今生の別れになるかもしれないのです。

 ですが仕方がないのです。

 どうしようもないのです。

 隼人くんの言うとおり、迷宮は絶対の覚悟が求められる場所。

 “呪いの大穴” に挑むには、わたしには覚悟が足りないのです。

 助けてあげたいというだけでは、まったく足りないのです。

 “僭称者(役立たず)” の迷宮は……わたしの迷宮ではないのです。


 応接室を出ると、仲間たちが待っていました。


「話はついたのか?」


 レットさんが訊ねます。


「はい。彼らは五人で “呪いの大穴” に挑むでしょう。例えそれがどんな困難な道だったとしても」


 仲間のために命を懸ける……それが迷宮無頼漢なのですから。


◆◇◆


 隼人の行動は迅速だった。

 瑞穂の説得を断念して城を出た一時間後には装備を整え、四人の仲間と迷宮に向かっていた。

 定宿である “神竜亭” は新王城()旧王城(迷宮)の中間にあり、移動の手間はない。

 隼人は目深に(ヘルム)を被り、黙々と先頭を歩いて行く。

 甲冑も盾も良質だが、魔法の強化はされていない普及品だ。

 唯一左の腰に帯びた(ロングソード)だけが+1の魔剣である。

 “呪いの大穴” の二階で、彼らが初めて見つけた魔法の武具だ。


 マグダラは “女神の試練” に挑む彼らへの餞別に、魔法の武具は贈らなかった。

 未熟な者が不相応な武具を持てば、却って危険を招く。

 強力な武具の力を自らの実力と錯覚して過信に陥ることもあれば、武具に()()()()()不逞の輩を呼び寄せてしまうこともある。

 迷宮内でそういった輩に襲われ消息を絶った人間の話は、枚挙に(いとま)が無い。

 隼人のレベルは7。

 +1の武具に位負けしない実力を、ようやく身に付けつつあった。


 だから隼人は理解していた。

 今はすぐにでも潜るべきだと。

 瑞穂に協力を拒まれ、パーティは消沈の沼にはまっている。

 宿に戻ったままでいれば、腐るだけだ。

 そして明日の朝目覚めたときも、やはり腐り続けているだろう。

 迷宮に潜る気力など、今日にも増して残ってないに違いない。

 明日になれば事態が好転することなどあり得ないのだ。

 だから、今これから潜る。

 どんなに気乗りしなくても、今潜らなければならない。


 それは正しい判断ではあったが、動揺する隼人の心から出た迷いでもあった。

 自分は何のために “呪いの大穴(迷宮)” に潜るのか。

 “女神の試練” に挑むのか。

 瑞穂に去られた今、隼人は目的を消失(ロスト)していた。

 試練を潜り抜け、女神の神託を受け、元の世界に帰れたとしても、そこに瑞穂はいない。

 隼人には目的が必要だった。


 それがエルミナーゼだった。

 王女でありながら自分たちの境遇に同情し、パーティの一員として共に迷宮に挑んでくれた姫騎士。

 彼女を助けなければならない。

 仲間である彼女を助けなければならない。

 なによりも自分自身のために、隼人はエルミナーゼを助けなければならないのだ。


 迷宮の入り口に置かれた衛兵の屯所で手続きを済ませると、これまでよりもひとり少ない人数で縄梯子を下りる。

 すぐに全員が異常を察知した。

 鼻孔をくすぐる微香。

 その微かな香りはすぐに濃密さを増し、甘く熟した果実のそれとなった。

 縄梯子を下りきると、五人は腰の雑嚢から常備している清潔な布を取り出して口元に当てた。

 辺りを見渡す必要も、魔法の明かりを点す必要もなかった。

 異常の元は、すぐ目の前にあった。


 階層(フロア)の天井にも達する巨大な林檎の樹が、たわわな実を付けて(そび)えてていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 良すぎる装備だと、本人の成長が阻害されてしまいますらかね。 マグダラの判断は正しいかと。 まあ120Gしか持たせない王様はどうかと思いますがw
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