狂宴の幕上げ
“よかろう、くノ一。饗宴の幕はおまえの血で上げるとしよう!”
わたしたちの逡巡を衝き先んじた怪人が、嘲るまま呪文の詠唱を始めました。
効果範囲内の酸素を消滅させる “酸滅” の呪文!
完成すればメリッサさんだけでなく――舞踏場は全滅です!
「「「「慈母なる女神 “ニルダニス” よ!」」」」
わたしが、フェルさんが、トリニティさんが、そしてマグダラ陛下が、半瞬の間も置かずに同様の祝詞を唱えます!
対象者周辺の大気の振動を抑える “静寂” の加護!
真言の発声による言霊の行使を封じ、魔法を無力化します!
ですが四重に嘆願された沈黙の加護は、怪人に届く前にすべて掻き消えてしまいました!
「――耐呪能力が高い!」
トリニティさんの顔面が歪みます!
「発っ!!!」
ならばとメリッサさんが、瞬息の動きで怪人の首筋に手刀を振り下ろしました!
しかしこの攻撃も不可視の障壁に弾かれ、1ポイントのダメージも与えることができません!
壁際で凍り付いていた人たちの呪縛が解け、ワッと複数ある出口に殺到しました! しかし押せど叩けど扉は開かず、却って混乱が拡がっただけです!
将棋倒しになった人たちから苦悶の声が上がる中、通常の半分以下の速度で怪人の詠唱が進みます!
物理と魔法の絶対障壁に守られる中、致死の呪文をまるで真綿で首を絞めるように唱える残忍さ!
もう誰も疑ってはいません!
この怪人こそ、二〇年前にリーンガミルを絶望の底に叩き落とした史上最悪の簒奪者――。
「…… “僭称者”!」
わたしが呻いたその時、
「――がきんちょ! 全消しだ!」
アッシュロードさんが広間の反対側に向かって叫び、直後に祝詞を唱え始めました!
“神璧” の加護!
でも、どうして!?
広間の反対側では、テーブルの上に飛び乗っていたパーシャがたったあれだけの指示ですべてを理解し、手にしていた料理が山盛りにされたお皿を投げ捨てました!
「――音の聞け、ホビット神速の詠唱、いざ唱えん!」
“僭称者” と同じ呪文を四倍もの速度で詠唱するパーシャ!
(そ、そうです!)
“酸滅” は “暗黒” と同様、呪文無効化能力の影響を受けません!
アッシュロードさんは “神璧”で効果範囲を限定して、“僭称者” だけを窒息させるつもりなのです!
祝詞が唱え終わり男神に嘆願が聞き届けられると、抜群のタイミングでパーシャの詠唱を完了しました!
半透明の立方体の障壁が “僭称者” を取り囲み、その中の酸素が消滅します!
嘲り奢って緩慢な詠唱をした結果、“僭称者” は足をすくわれたのでした!
「そんな! どうして!?」
ですがアッシュロードさんとパーシャの魔法は完成したというのに、“僭称者” の動作が止まることはありません!
「即死耐性です! この耐性がある相手に致死系の魔法は通りません!」
すぐさま状況を見極めるマグダラ陛下!
「致命 耐性ではなくですか!?」
「ええ、それとは別の耐性です!」
絶句するわたし!
二重三重に張り巡らされた鉄壁の防御!
やはり “僭称者” は、呪文無効化能力の高い相手に対する戦術を熟知していたのです!
そして “僭称者” が最後の印を結び、呪文が完成!
破滅がまき散らされ、舞踏場から酸素が消失――。
「………………え?」
“僭称者” が法衣の下から覗く枯れ枝のような指で何度印を結んでも、致死の魔法は発動しません!
「誰が奴を窒息させると言った?」
背中越しにアッシュロードさんが嘯きます。
「ああっ――!」
わたしはやっと今回の “悪巧み” が理解できました!
いくら印を結んでも最後の韻を踏まない限り、呪文は完成しない!
アッシュロードさんは “僭称者”の周囲を真空にして、音の伝播を遮断!
呪文の詠唱を封じたのです!
そのための “酸滅” !
そのための “全消し” !
やはり――やはり――土壇場でのこの人は、神懸かっています!
「――メリッサ、こいつを使いな!」
鋭い声が飛び、何かが広間中央に投げつけられました!
メリッサさんが跳躍しそれをつかめば、即座に “神璧” を解くアッシュロードさん!
精緻な “蝶の飾り” が施されたナイフが煌めき、“僭称者” に向かって振り下ろされます!
舞踏場をつんざく、鉄板を切り裂くような甲高い金属音!
……ポタ……ポタ……。
一滴……二滴……裂かれたフードの奥から、朱い雫が零れ落ちます。
装甲値はとても低く、おそらく-20以下でしょうが、それでも致命の一撃 を狙わなければ物理攻撃は通るようです。
絶対物理防御ではありません!
“キキキキッ……キハハハッ――キャーッハッハ!!!!!!”
響き渡る悪魔染みた哄笑。
“――楽しませてくれるわ! またそうでなければ興が削がれるというもの!”
怖気を震うしゃがれ声で狂喜すると、かたわらの宙空に向かって手を振る怪人!
すぐさま空間が歪み、次元が連結し、ゲートからぐったりと弛緩した女性が現れました!
「エルミナーゼ!?」
これまで気丈に振る舞われていたマグダラ陛下の口から発せられた、狼狽の声!
(えっ!? その名前は!?)
“おまえの代わりに、この娘を連れていくことにしよう! 取り戻したくば我らが運命の城までくるがよい!”
次の瞬間ふたつの人影は、忽然と視界から消え失せていました。
舞踏場には再びの静寂が垂れ込め、誰も……アッシュロードさんさえ、すぐには動けなかったのです……。







