再会
「瑞……穂?」
…………え?
引き攣った笑顔を浮かべたわたしの耳に響いた、とても……とても懐かしい声。
“ボルザッグ” 商店リーンガミル支店の入り口に現れた、探索者風の五人。
その真ん中に立つ板金鎧に身を包んだ戦士が、驚きに見開いた瞳でわたしを見つめていました。
わたしが知っている彼よりも、背が高くなっていました。
わたしが知っている彼よりも、体付きがガッシリしていました。
わたしが知っている彼よりも、精悍な顔つき――。
「……隼人……くん?」
慣れ親しんでいた名前が口から零れ、駆け寄ってきた彼がわたしを抱き締め――。
ザッッ!!!
抜剣したレットさん、カドモフさん、ジグさん、そしてスカーレットさんが間に立ち塞がり、フェルさんとパーシャがわたしをつかんで強引に引き下がらせました!
切っ先を突き付けられた隼人くんが急制動し、彼と一緒にお店に入ってきた四人がワッと抜き返します!
いきなりの一触即発!
レットさんも、スカーレットさんも、他のみんなも、わたしの護衛なのです!
「ま、まってください! この人は知り合いです!」
一瞬で殺気立った店内に、わたしの悲鳴が響きます。
「瑞穂……おまえ、いったい……」
「……お久しぶりです、隼人くん」
表情の凍り付いた幼馴染みに、わたしは弱々しく微笑みました。
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“ボルザッグ商店” からほど近いカフェは、混雑していました。
お店は大きな通りに面したオープンカフェで、現代日本の感覚では少し埃っぽかったです。
わたしは薄らと粉の吹いた六人掛けの円卓に、隼人くんのパーティと着いていました。
志摩 隼人くん。
早乙女 月照くん。
田宮 佐那子さん。
五代 忍くん。
安西 恋さん。
いずれも私立星城高等学校1年A組在籍時のクラスメートです。
レットさんたちはわたしのすぐ後のテーブルに着いていて、何かあればすぐに行動できる態勢を採っています。
何度も “大丈夫、以前いた世界の友だちです” と伝えて、なんとかわたしだけがこのテーブルに着くことを許してもらいました。
本来なら再会を喜び、大いに盛り上がってしかるべきところなのでしょうが……。
先ほどの殺気立った空気が尾を引いていて、なかなか重い口が開きません……。
「無事だったのね」
口火を切ってくれたのは、田宮さんでした。
向こうの世界では総務委員を務めていた、明朗で人当たりのよい人です。
「ええ、どうにか」
わたしは控えめに微笑みました。
「その格好、あなたも冒険者に?」
僧衣の下から覗く鎖帷子や幅広の革帯に吊された戦棍を見て、田宮さんが訊ねます。
「はい。わたした……わたしが転移した “大アカシニア” では、探索者と呼ばれていますが――田宮さんは侍ですか?」
田宮さんもわたしと同様に、鎖で編まれた帷子を身に着けていました。
魔法は掛かっていないようですが、編み目の細かさから上質な品であることがわかります。
腰に帯びているのは細めの曲剣で、日本刀に似た形状でした。
「ええ、ほら、わたしの家って道場だったでしょ、居合いの」
わたしはもう一度、控えめにうなずきました。
田宮さんのご実家が古流の居合道の道場をなさっているのは、以前に聞いていました。
本人も小さな頃から学んでいたそうで、学校でも剣道部に所属していました。
そのせいでしょう。
折り目正しい中にも、芯の通った印象を受ける人です。
「すごいですね、いきなり上級職だなんて」
「運良く “剣聖” の聖寵を授かれたから――あ、でもそれを言ったら、志摩くんなんて 君主で “勇者” よ」
照れくさげな表情を一転誇らしげにして、田宮さんが言いました。
「……君主……」
胸の奥がズキリ……と痛みます。
「運が良かったんだよ。転移者は稀少な聖寵や恩寵をもらえるみたいだから」
奢った感じが出ないように、慎重に答える隼人くん。
こういうところは変わっていません。
「……枝葉さんは、聖職者?」
「はい、僧侶です。同じ魔法使いですね」
怖ず怖ずと訊ねた安西さんに、微笑み返します。
安西さんは、濃紺のとんがり帽子と同色のローブ。
そして自分の身長よりも高い杖を持っていました。
完璧な魔女っ娘スタイルを見れば、彼女の職業 は訊ねなくてもわかります。
「あの鈍臭かった枝葉が回復役ね……大丈夫なのか?」
「おい、五代!」
革鎧を着込んだ五代くんの言葉に、わたしと同じゆったりとした白色の僧衣を着た早乙女くんが立ち上がりました。
「なんとか務めています」
苦笑するしかありません。
鈍臭かったのは事実ですし、五代くんの皮肉っぽい口調は彼の癖だということも思い出しました。
入学当初は “もしかして嫌われているのでしょうか?” と思ったものです。
反対に早乙女くんは、大きな身体に似合った鷹揚な性格をした男の子でした。
少し大門くんに似ています。
「お、俺も回復役なんだ。仲間だな。田宮と同じで実家繋がりでさ」
そうでした。そうでした。
早乙女くんはご実家がお寺で、それで “いがぐり頭” がトレードマークなのでした。
「……ゲッショー、顔が赤いぞ」
「ゲッショー言うな! 俺はまだ在家だ!」
「でも早乙女くんが赤くなるのも無理ないわよ。枝葉さん、すごく奇麗になってたから――ううん、それだけじゃないわ、なんというかグッと大人っぽくなったというか」
「本当にそうですよね。わたしも最初別の人かと思いました。枝葉さんだとは思わなかった」
「ありがとうございます」
田宮さんに安西さん。
まったく対照的ながらクラスの男子に人気があったおふたりにそういわれるのは、とても光栄なことです。
「ほら、そういうところ! 前の枝葉さんなら絶対顔を赤くしてモジモジしちゃったのに!」
「うんうん!」
「あはは……いろいろとありまして、図太くなったのです」
「なに、も、もしかして男!? 彼氏ができたの!?」
「えーっ!? 枝葉さん、本当っ!?」
「後ろの席の人たちの中にいるっ!?」
あー……このパターン、知っています。
どこに行っても、例えそれが異世界や、さらには危険極まる迷宮であっても、女子がふたり以上集まれば、恋バナに姦しい花が咲いてしまうものなのです。
……望むと望まざるとにかかわらず。
「おい、ガールズトークなら後にしろ」
今度こそ本心からイラついたように、五代くんが言いました。
((あとで教えてね!))
(あはは……りょ、了解です)
「ガールズトークはともかく――彼らがおまえのパーティなのか?」
隼人くんが油断のない瞳でわたしの背後を見つめます。
わたしからは見えませんが、レットさんたちも同様の視線を隼人くんに向けていることでしょう。
「はい、わたしのパーティ “フレッドシップ7” です」
「え? 通り名があるの?」
誇らしげに答えたわたしの言葉に、驚く田宮さん。
「枝葉さん、ネームドなんですか!?」
「幸いにして」
同様に驚く安西さんに、わたしは今一度控えめにうなずきました。
「レベル……いくつなんだ?」
「12です」
押し殺した声で訊ねた五代くんに、気負うことなく答えます。
“龍の文鎮” を踏破した “フレッドシップ7” は、一足先に成長していたジグさんに続いて、全員がレベル12になっていました。
わたしを除く五人が息を飲み、円卓が沈黙します。
「マ、熟練者一歩手前じゃねえか……」
「すごい……わたしたちなんて、ようやくレベル7なったばかりなのに」
やがて早乙女くんが絞り出すように呟き、安西さんも同様でした。
レベル7と言えばまもなくネームドです。
駆け出しの域を抜け、中堅といっても差し支えありません。
レベル12の探索者がどういった存在なのか、充分に理解できるのでしょう。
ちょうど “火の七日間” 以前のわたしたちが、“緋色の矢” の皆さんに抱いたのと同じ思いのはずです。
「わたしも運がよかったのです。いえ、決してそれだけではありませんが、やはり運がよかったのです」
普通の探索者ならまず一生涯体験できないような激しい戦いに幾度となく遭遇し、生き残ることができました。
“高位悪魔” や “毒巨人” といった、莫大な経験値を持つ魔物も多くいました。
そういった死線を何度も潜り抜けられたのは、沢山の人に助けられたからです。
そのような出会いを得られたのは、やはり運が良かったという他はないでしょう……。
「枝葉さんが別人に見えたのも無理ないわね……迷宮は良くも悪くも人を変えるもの」
「……うん」
田宮さんが嘆息し、安西さんがうなずいたとき、
「瑞穂……おまえ、さっき『わたしたちが転移した』って言い掛けたな? おまえ以外にも “トレバーンの城塞都市” に転移した奴らはいるのか?」
隼人くんが硬い眼差しで問いました。
話さないわけには……いきませんよね。
でも……。
「――すべては話せません。田宮さんの言うとおり、迷宮は良くも悪くも人を、人生を変えてしまうものだからです」
それも……大きく。







