限りなく透明に近いブルー
座り込んでいなければ、全員が転倒していたに違いない激震!
分厚い扉と何重もの内壁を無視して、鼓膜を痛めつける大咆哮!
考えるまでもありません!
何千万トンの圧力に耐え――。
何千メートルもの岩盤を食い破り――。
迷宮の主が帰還したのです!
「化物かよ!?」
「化物だよ!!」
顔面を歪めるジグさんに、パーシャが噛みつきます!
「……地圧は水圧の数倍だ! たとえ深度が浅くても。海底に沈められるよりよほどキツイ! まさに化物よ!」
カドモフさんが呻きました。
水の比重(密度)は1、海水はそれより多少大きいにしても、地中の比重はそれに数倍します!
アッシュロードさんがどのくらいの深さに“真龍” を転移させたのかはわかりませんが、その圧力に耐えらるなどまさに化物――いえ、それすらも超越した、
「……神!」
「逃げるぞ!」
レットさんが怒号し、わたしとフェルさんがすかさずアッシュロードさんを支え起こしました。
ふたりがかりとは言っても脱力した成人男性、しかも軽量化の魔法が掛けられているとは言え、板金鎧を着込んだ男性を立たせるのは至難です。
しかし、わたしたちは探索者。
迷宮で行動不能になった仲間を運搬する技術は身につけています。
テコの原理を利用したその運搬術は、以前いた世界の介護職のそれです。
違いはベッドから車椅子ではなく、迷宮から地上へという途方もない距離の差だけ。
わたしとフェルさんがアッシュロードさんの両脇に肩を差し入れ立たせたとき、他の仲間は手早く荷物をまとめ、氷を解かした鉄鍋の湯で焚き火を消していました。
「近づいてきてる!」
「どうやら、あたしたちを捜してるようだね!」
おののくパーシャに、魔剣を引き抜いたドーラさんが答えます。
「でも、どうして!?」
「……元気玉を喰らって……頭にきてるのさ……」
「アッシュロードさん!!」「グレイ!!」
「逃げろ……! フリーザには勝てねえ……!」
激震と大咆哮に意識は取り戻したものの、高熱のため譫妄状態です!
それでもなんとか自力で歩こうとはしてくれて、わたしとフェルさんの負担は随分と軽くなりました!
「こっちだ!」
ジグさんが先頭に立ち、わたしたちは逃げ出しました!
「縄梯子まで!」
その背中に、レットさんが叫びます!
「“善” か!? “悪” か!?」
「近い方だ!」
四層、五層どちらに下りる縄梯子でも反属性の方は即座に拠点に戻れます!
「でも強制帰還できない属性は!?」
「とにかく、今はこの階層から出るのが先だ!」
わたしと同じ疑問を口にしたフェルさんに、叩きつけるように答えるレットさん!
わたしたちは休息を摂っていた玄室を出て、おそらくは東に――北西区域から北東区域に向かっていました!
そちらが徐々に近づいてきている振動から、一番離れているからです!
しかし無傷の回廊は複雑にうねっていて、ともすれば振動の方に向かってしまいます!
「はぁ、はぁ、はぁ!!!」
息が切れ、鼓動が鋼を打ち、心臓が爆発しそうです!
(大丈夫! 大丈夫! わたしの耐久度は種族最大値! だから大丈夫!)
「……ターボを……かけろ……」
「えっ!?」
「……ターボを……」
意識の混濁したアッシュロードさんが耳元で指示を出します。
とんちんかんでもあり、的を射てもいる指示を。
「ええ、もうかけていますよ!」
お尻に火が着くくらいの勢いでかけていますとも!
「……ターボ……ブツブツ……」
「すぐに拠点に連れ帰ってあげますから、もう少し辛抱してください!」
でも今はその拠点の方も大変なことになっているのです!
最上層と最下層の両面での “妖獣” の大攻勢!
逃げ切れるか、撃退できるか、しのぎ切れるかどうかは、まったくの未知数!
でも――。
(神様にダイスは振らせません! 最後の最後まで悪あがいて、絶対に奇跡をつかんでみせます!)
ジグさんを先頭に、ドーラさんを殿に、蛇行する回廊をひた走るわたしたち!
異星の生物に寄生され “暴竜” と化した世界蛇は、階層の内壁をすべて壊し尽くす勢いで暴れ回っています!
ですが走れば走るほど、“暴竜” から遠ざかれば遠ざかるほど、縄梯子のある南西・南東区域からも遠ざかってしまうのです!
どこかで方向転換して “暴竜” を大きく回り込まなければならないのですが、今度は無傷の内壁がその旋回運動を妨げます!
と、唐突に視界が開けました。
内壁の一部が大きく壊れた、氷穴の大広間。
「ここは……!」
「……玉座……の間だ……蛇の……」
再び耳元でアッシュロードさんが囁きました。
「……奴はここで……凍結……していた……」
トリニティさんが幻視で見たという……。
“真龍” が “妖獣” ごと自らを氷漬けにしたという……。
冷たく厚い蒼氷の下に莫大な財宝が見え隠れするここは、確かに世界蛇の褥……。
「……ここが……すべての始まりの場所」
立っていられないほどの激震が最接近してきます。
もう逃げられません。
巡りめぐって、最初の場所が最後の場所に。
そして轟々たる破砕音と共に無傷だった南西の内壁が吹き飛び、濛々とした氷塵の中から玉座の主――迷宮の主が姿を現しました。
「……レディ・パーフェクトリー」
わたしは呟き……否応なしに最終決戦の幕が切って落とされたのです。
勝算の限りなく透明に近い、最後の戦いの幕が。







