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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
398/669

限りなく透明に近いブルー

 座り込んでいなければ、全員が転倒していたに違いない激震!

 分厚い扉と何重もの内壁を無視して、鼓膜を痛めつける大咆哮!

 考えるまでもありません!


 何千万トンの圧力に耐え――。

 何千メートルもの岩盤を食い破り――。


 迷宮の主が帰還したのです!


「化物かよ!?」


「化物だよ!!」


 顔面を歪めるジグさんに、パーシャが噛みつきます!


「……地圧は水圧の数倍だ! たとえ深度が浅くても。海底(うなぞこ)に沈められるより()()()()()()! まさに化物よ!」


 カドモフさんが呻きました。

 水の比重(密度)は1、海水はそれより多少大きいにしても、地中の比重はそれに数倍します!

 アッシュロードさんがどのくらいの深さに“真龍(ラージブレス)” を転移(テレポート)させたのかはわかりませんが、その圧力に耐えらるなどまさに化物――いえ、それすらも超越した、


「……神!」


「逃げるぞ!」


 レットさんが怒号し、わたしとフェルさんがすかさずアッシュロードさんを支え起こしました。

 ふたりがかりとは言っても脱力した成人男性、しかも軽量化の魔法が掛けられているとは言え、板金鎧(プレートアーマー)を着込んだ男性を立たせるのは至難です。

 しかし、わたしたちは探索者。

 迷宮で行動不能になった仲間を運搬する技術は身につけています。

 テコの原理(ボディメカニクス)を利用したその運搬術(トランスファー)は、以前いた世界の介護職のそれです。

 違いはベッドから車椅子ではなく、迷宮から地上へという途方もない距離の差だけ。

 わたしとフェルさんがアッシュロードさんの両脇に肩を差し入れ立たせたとき、他の仲間は手早く荷物をまとめ、氷を解かした鉄鍋の湯で焚き火を消していました。


「近づいてきてる!」


「どうやら、あたしたちを捜してるようだね!」


 おののくパーシャに、魔剣を引き抜いたドーラさんが答えます。


「でも、どうして!?」


「……元気玉を喰らって……頭にきてるのさ……」


「アッシュロードさん!!」「グレイ!!」


「逃げろ……! フリーザには勝てねえ……!」


 激震と大咆哮に意識は取り戻したものの、高熱のため譫妄(せんもう)状態です!

 それでもなんとか自力で歩こうとはしてくれて、わたしとフェルさんの負担は随分と軽くなりました!


「こっちだ!」


 ジグさんが先頭に立ち、わたしたちは逃げ出しました!


「縄梯子まで!」


 その背中に、レットさんが叫びます!


「“(グッド)” か!? “(イビル)” か!?」


「近い方だ!」


 四層、五層どちらに下りる縄梯子でも()()()の方は即座に拠点に戻れます!


「でも強制帰還できない属性は!?」


「とにかく、今はこの階層(フロア)から出るのが先だ!」


 わたしと同じ疑問を口にしたフェルさんに、叩きつけるように答えるレットさん!

 わたしたちは休息を摂っていた玄室を出て、おそらくは東に――北西区域(エリア)から北東区域に向かっていました!

 そちらが徐々に近づいてきている振動から、一番離れているからです!

 しかし無傷の回廊は複雑にうねっていて、ともすれば振動の方に向かってしまいます!


「はぁ、はぁ、はぁ!!!」


 息が切れ、鼓動が鋼を打ち、心臓が爆発しそうです!


(大丈夫! 大丈夫! わたしの耐久度(バイタリティ)は種族最大値! だから大丈夫!)


「……ターボを……かけろ……」


「えっ!?」


「……ターボを……」


 意識の混濁したアッシュロードさんが耳元で指示を出します。

 とんちんかんでもあり、的を射てもいる指示を。


「ええ、もうかけていますよ!」


 お尻に火が着くくらいの勢いでかけていますとも!


「……ターボ……ブツブツ……」


「すぐに拠点に連れ帰ってあげますから、もう少し辛抱してください!」


 でも今はその拠点の方も大変なことになっているのです!

 最上層と最下層の両面での “妖獣(THE THING)” の大攻勢!

 逃げ切れるか、撃退できるか、しのぎ切れるかどうかは、まったくの未知数!

 でも――。


(神様にダイス(サイコロ)は振らせません! 最後の最後まで悪あがいて、絶対に奇跡をつかんでみせます!)


 ジグさんを先頭に、ドーラさんを殿(しんがり)に、蛇行する回廊をひた走るわたしたち!

 異星の生物(エイリアン)に寄生され “暴竜(クオックス)” と化した世界蛇は、階層の内壁をすべて壊し尽くす勢いで暴れ回っています!

 ですが走れば走るほど、“暴竜” から遠ざかれば遠ざかるほど、縄梯子のある南西・南東区域からも遠ざかってしまうのです!

 どこかで方向転換して “暴竜” を大きく回り込まなければならないのですが、今度は無傷の内壁がその旋回運動を妨げます!


 と、唐突に視界が開けました。

 内壁の一部が大きく壊れた、氷穴の大広間。


「ここは……!」


「……玉座……の間だ……蛇の……」


 再び耳元でアッシュロードさんが囁きました。


「……奴はここで……凍結(フリーズ)……していた……」


 トリニティさんが幻視で見たという……。

 “真龍” が “妖獣” ごと自らを氷漬けにしたという……。

 冷たく厚い蒼氷の下に莫大な財宝が見え隠れするここは、確かに世界蛇の(しとね)……。


「……ここが……すべての始まりの場所」


 立っていられないほどの激震が最接近してきます。

 もう逃げられません。

 巡りめぐって、最初の場所が最後の場所に。

 そして轟々たる破砕音と共に無傷だった南西の内壁が吹き飛び、濛々とした氷塵の中から玉座の主――迷宮の主が姿を現しました。


「……レディ・(役者は)パーフェクトリー(揃いました)


 わたしは呟き……否応なしに最終決戦の幕が切って落とされたのです。

 勝算の限りなく透明に近い、最後の戦いの幕が。



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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、凍結していたからフリーザなんですねw
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