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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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天使と聖女

(……よう、助けに来てくれたのか……それとも迎えにか……)


 温かな金色の光の中に現れた少女に向かって、アッシュロードは微笑んだ。


「…… “真龍(ラージブレス)” の残した(システム)がまだ生きている。五層と違って、ここでは友好的(フレンドリー)にはなれない」


 少女――背に三対の白く輝く翼を持つ “熾天使(セラフ)” は、悲しげな顔でそう答えた。


「だから、あなたを助けることは出来ない……アッシュロード」


(……最下層……最上層ってのは……そういうもんだ……気にすんな……)


 アッシュロードはしょぼくれた顔をする自分の守護天使を慰めた。

 そして思った

 この天使は……ガブリエルは変わった……と。

 以前なら、こんな表情は浮かべなかった。

 自分にとって不必要な感情は切り離しており、そういった場合は無表情になるのが常だった。

 だが今は人間にとって……アッシュロードにとって、とても好ましい娘になっている。


(……おめえ、随分と可愛くなったな……)


 死の間際のためだろう。

 女に対して普段なら決して口にしない言葉を、アッシュロードは胸中で呟いた。

 すでに唇は凍り付き、発声が出来ないのだ。


「馬鹿っ!」


 ガブリエルの瞳に涙が滲んだ。

 天使の最上位である “熾天使” であり、天界を統べる “大天使(アークエンジェル)” の一翼でありながら、この領域では救えない――救えないのだ。


「楽しくないっ! こんなのは楽しくないっ! とてもとても楽しくないっ!」


 好きなことは、楽しいこと。

 嫌いなことは、楽しくないこと。

 その楽しいことの中でも、特にお気に入りの楽しいことが死んでしまう。

 それは、とてもとても楽しくないこと。


(……人生ってのは……楽しいことばかりじゃねえんだよ……)


 アッシュロードは純真無垢(イノセント)な大天使を諭した。

 楽しいだけの人生など夢想であり幻だ。

 無様に這いずりまわって、泥水啜って、それでどうにか毎日を乗り切っていく。

 昨日を恨み、今日に疲れ、明日に絶望する。

 それでもなんとか帳尻を合わせていかなければならないのが、人の……生命の生涯なのだ。


「……わたしは学んだわ。いえ、思い出した。だからあなたの言っていることは理解できる、アッシュロード」


 ガブリエルは落ち着きを取り戻した。

 しかし、それは感情を切り離したのではない。

 涙をこらえ、唇を噛みしめ、悲しみを胸の内に収めたのだ。


「……わたしに、なにかして欲しいことはある?」


(……そうだな……天国には連れて……行かねえでくれ……こいつが独りに……なっちまうから……)


 アッシュロードはかたわらの友を思い、頼んだ。


「……わかった」


(……すま……ねえ……)


「……他には?」


(……もし……出来るなら……こいつを……あいつに……)


 かき抱いている灰色の水晶をアッシュロードは思い描いた。


「……助けを呼ぶのね?」


 ガブリエルの言葉に、アッシュロードが再び心の中で微笑む。

 肯定とも……否定とも採れる、邪気のない笑みだった。

 そして男は、それっきり反応を示さなくなった。


 天使は翼を広げた。



◆◇◆


「まだ……間に合うのですね?」


 わたしは差し出された灰色の水晶を躊躇なく受け取ると、それだけを訊ねました。


「現実は、とてもとても楽しくない。今はもう、迷宮の歪みにすがるしかないわ」


 ガブリエルさんが沈鬱な表情で答えました。

 迷宮の――時空の歪みによる時間のズレ(タイムラグ)に期待するしかないほど、事態は逼迫しているのです。


「アッシュロードはあなたに助けに来てくれとは言わなかった。ただ、この水晶をあなたに渡してくれとだけ頼んだ。彼の願いは死を賭しての救出ではなく、あなたの生と未来かもしれない」


「わたしの未来はわたしの意思で決めます。あの人が生きるのに()()()()()()しまっているのなら、胸ぐらをつかんででも立たせて()()()()()()()までです」


「アッシュロードの意思を無視して? 彼は疲れてしまっている。とてもとても疲れてしまっている。そして……眠りたがっている」


「なら、わたしという運命に抗ってみせるのですね。人生とは運命との闘いです。自分以外の存在とのシンプルな強制とその応酬です。疲れたからといって『はい、そうですか』と眠らせてもらえると思っているのなら、あの人はとんだ甘ちゃんです」


「……」


 沈黙するガブリエルさん。

 それは長いようで短い。

 短いようで長い時間でした。


 そしてガブリエルさんは、わたしに手をかざしました。

 直後、わたしの身体は金色の光に包まれたまま、孤島から対岸の拠点にひとっ飛びに運ばれました。

 同様にふたつの光球が、孤島から拠点に向かいます。

 水打ち際の防衛線に下ろされたわたしとレットさんとカドモフさんの元に、パーシャやフェルさんやジグさんが駆け寄ってきます。


“わたしに出来るのはここまで。あとはあなたの想い次第よ”


 頭の中に、ガブリエルさんの声が響きました。


「ありがとうございます」


 わたしはうなずき、それから決然と五人の仲間を見ました。


「力を貸してください。アッシュロードさんとドーラさんを助けに行きます」



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― 新着の感想 ―
[一言] エバかっこいい
[一言] これからどうするのか、すごく問題ですね。 敵の襲撃は終わっておらず、味方はボロボロ。 まともに戦えるのは、ボッシュとトリニティぐらいでしょうけど、この二人が抜けたら、陣営の維持ができません…
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