表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
389/669

湖上の邂逅★

 縄梯子を登りきったパーシャを、目眩に似た浮遊感が包み込んだ。

 これあるを知っていたホビットの少女魔術師は、動じることなくその感覚に身を任せる。

 そして身体が “帰還の広場” に再出現し、三半規管が正常に戻るや否や、全力で東にある地底湖に走った。

 見事なピッチ走法で、先を行くジグにすぐさま追いつき追い越す。

 人間の、それも素早さが信条の盗賊(シーフ) をあっという間に抜き去ったのである。

 彼女の懸命さが推して知れた。


「――どうなってるの!!?」


 “永光コンティニュアル・ライト”の消えた拠点を走り抜け、やはり明かりの消えた湖岸に辿り着くと、パーシャは開口一番に叫んだ。

 水打ち際の防衛線には、すでに篝火が焚かれ始めている。

 水辺を守っていたふたつの近衛小隊は……悲惨な状態だった。

 押し寄せる “動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” の大群を遠ざけるためとはいえ、戦いの最中に闇の中に置かれたのである。

 防御も回避もままならず、二個の小隊は半壊状態だった。


 しかしパーシャの視線は、傷つきうずくまる騎士や従士の上にはなかった。

 彼女の意識はただ一点、地底湖の沖合に煌々と魔法の光を灯す、孤島に向けられていた。

 自分たちを逃すために、縄梯子の前に踏みとどまった三人の仲間。

 その仲間たちが、今は縄梯子を登っている。

 周囲の海藻(ケルプ)は、“棘縛(ソーン・ホールド)” の加護を受けたのだろう。

 硬直して、周囲を埋め尽くす他の海藻から仲間たちを守る防壁となっていた。


 巨大な海藻たちの頭上に、縄梯子を登る白と青の僧衣の少女が見える。

 縄梯子の垂れる天井に穿たれた穴までもう少しだ。

 あと三メートル!

 二メートル!


「頑張れっ! あと一メートルだよっ!」


 ホビットの少女が声の限りに声援を送ったとき、信じれない――信じたくない光景が拡がった。

 一本の海藻の硬直が突然解け、うねった巨体の一部が僧衣の少女に接触したのだ。

 少女は呆気なく縄梯子から弾き飛ばされ、艶やかな黒髪を魔法の光に煌めかせながら “妖獣” に寄生された海藻の群れの中に落ちていく。


「エバッッ!!!」


 声援が、悲鳴に変わる。

 しかし次の瞬間には、さらに信じられない光景が現出した。

 縄梯子から弾き落とされ海藻の直中に消えたエバ・ライスライトが、眩い金色の光に包まれて宙空に浮かび上がったのである。


◆◇◆


 海藻たちを見下す不遜な思いに罰が当たったのでしょうか。


 バシッッッ!!!


 戒めの弱まった海藻が突然動き、うねった身体の一部がわたしを打ったのです。

 巨大な質量の直撃を受けたわたしは呆気なく縄梯子から引き離され、黒々と蠢く海藻の群れに呑み込まれ……。


「エバーーーーーーーッッッッ!!!!?」


 強い衝撃に紛れて、レットさんの絶叫が聞こえたような気がしました……。

 それに……それに……パーシャの声も……。

 階層(フロア)の天井近くからの落下です……。

 孤島に落ちれば良くて瀕死。悪ければ即死……。

 “瓶詰めの帆船模型シップ・イン・ア・ボトル” の効果で、地面同様になっている湖面でも同じでしょう……。

 身体が叩きつけられる前に、意識を失いたいところです……。


 しかし――。


 いつまで立っても落下の衝撃は訪れません。

 自分でも気づかないうちに意識を失っていたのでしょうか?

 それとも、さらに悪いことに死んでしまって……。

 わたしは恐る恐る目を開けました。

 そして……どうやら、わたしの悪い予感は当たってしまったようでした。


 わたしは温かな金色の光包まれて、宙に浮かんでいたのです。

 これは、いわゆる臨死体験……幽体離脱というものでしょう。

 死んでしまったわたしは、身体から魂が抜け出してしまったのです。

 ですが前回死んだ時には、このようなことはありませんでした。

 もしかして、“死” を通りこして “灰” になってしまった?


 そうかもしれません。

 つい先日もトリニティさんが同様の経験をしたばかりですから。

 わたしは足元を見下ろしました。

 おそらくそこに、魂の抜けてしまったわたしの身体があるはずです。

 望みが叶うなら、出来るだけ奇麗なままであってほしいです。

 これまで一六年近くの間、頑張ってきてくれた身体です。

 最期が巨大な海藻に踏み潰されてペシャンコ……では、さすがに可哀想すぎます。


 でも、そこにわたしの身体はありませんでした。

 宙に浮かんだまま、わたしはキョロキョロと辺りを見渡します。

 どこにもありません。

 やはり踏み潰されて海藻の下敷きになっているのでしょうか?

 それともペロリと食べられてしまった?


“――いえ、あなたは食べられてはいないわ”


「……え?」


 唐突に頭に響いた声に、わたしは思わず顔を上げ直しました。

 周囲に満ちていた金色の光が輝きを増し、人影を形作ります。


挿絵(By みてみん)


“もちろん、死んでもいない”


「エバ・ライスライト。あなたはまだ生きている」


 光の中から現れた美しい女性が、今度こそ聖鈴のように澄んだ肉声でわたしに告げました。


「なぜなら、わたしが助けたから」


 ゆったりとした清浄な緑衣。

 太陽の色に輝く髪。

 決して老いに侵されることのない完全な美を湛える、神々しい容貌。

 そして華奢な肩から覗く、三対の白い翼……。


「ガブリエル……さん?」


 第五層の探索でアッシュロードさんとドーラさんが出会い、ふたりの守護天使となった変わり者の “熾天使(セラフ)

 天界を統べる三人の “大天使(アークエンジェル)”のひとりでありながら、同じ大天使であるミカエルの猛襲から、アッシュロードさんとドーラさんを救った恩人。


「でも、どうして……」


 ガブリエルさんはアッシュロードさんとドーラさんの守護天使であり、わたしを助ける義理はないはず……。

 天使は、決して童話やお伽噺にあるような慈悲深い存在ではありません。

 人間など歯牙にも掛けない高次元の存在であり、五層で “十字軍(クルセイダーズ)” を支配していた四人の天使たちこそ、本来の彼・彼女らの姿なのです。

 人間好きな変わり者……というだけで、わざわざ降臨して助けてくれたのでしょうか?


 ガブリエルさんはわたしの問い掛けには答えず、何かを差しました。

 それを見た瞬間、わたしの中に真っ暗な不安が拡がりました

 それは灰色に輝く水晶玉でした。

 アッシュロードさんとドーラさんが持って出た、最上層へのキーアイテム(パスポート)


 “世界の水晶クリスタル・オブ・アカシニア


「あなたは急がなければならない、ライスライト。そうしなければ、とてもとても楽しくないことが起こってしまう」


 その言葉と悲しげなガブリエルさんの表情で、わたしはすべてを察したのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] その者、青き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし。 ……色が違いますねw ガブが現世への関与をどのぐらいまで許されているかが気になりますね。 なんか、ラインを超えてしまいそうな気がするので。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ