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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
386/669

冷たい方程式★

 が……。


 格好が付いたのは、ほんの一瞬だった。

 アッシュロードの作画は崩壊した。

 “暴竜(クオックス)” と化した世界蛇に気を取られている隙に、保険屋とその召喚者は無数の魔物に取り囲まれてしまっていた。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 巨大なカマキリ(マンティス)がいる。

 巨大な食人植物(マン・トラップ)がいる。

 巨大な火蜥蜴(ファイア・ドレイク)がいて、巨大な類人猿(ヒヒ)までがいる。


 しかもどの個体からも細い針管のような触手が飛び出していて、ヒュンヒュンと鋭い風切り音を立てていた。

 “真龍(ラージブレス)” がアッシュロードを呼び寄せたように、“妖獣(THE THING)” もまた迷宮に散っていた仲間を呼び寄せたのだ。


 ――氷の封印が解けたせいだ!


 盛大に()()()()()顔で、アッシュロードは呻いた。

 今この男に必要なのは、なによりも時間だった。

 解決策を練る時間。

 悪巧みを企む時間。

 短くてもいい。

 集中して思考できる時間。

 しかしこの遊星からの物体は、そのわずかな時間すら与えてはくれないようだ。


「……不味いな」


 “真龍” は最後の力を振り絞って、同化しようとしている妖獣(エイリアン)に抵抗している。

 暴風のごとく物狂うほど、その戦いは逼迫していた。

 ここでさらに多くに(たか)られれば、どうにか保っている均衡が一気に病原体の側に傾く。

 これ以上、一匹たりとて蛇に近づけるわけにはいかない。

 要するにアッシュロードには頭脳労働をしている暇はなく、これから全身全霊を振り絞った肉体労働に従事しなければならないのだ。

 しかもアッシュロードはひとりで、“妖獣” は数限りなくいる。

 どうやらこの問題は、どう足掻いたところで冷たい解しか導き出せない方程式のようだった。

 

「…… “役立たず、ここに眠る” か」


 アッシュロードは自嘲気味に呟いた。

 そして元々(くく)っていた腹を、もう一度括り直した。

 上等だ。

 迷宮保険屋が迷宮で果てる。

 なんの不都合があるものか。


 アッシュロードは自分がベッドの上で天寿を全うできるなどとは、毛髪の先に浮かんだフケほども思ってはいない。

 覚悟というほど格好の良いものではない。

 ただ悟ってはいた。

 その悟りは渇いていて、“真龍” が守護者(ガーディアン)として召喚した異世界の剣士、“侍” のそれに通じるところがあった。

 今はもう思い出せない灰原道行のDNAに、遙か祖先の精神世界が息づいていたのかもしれない。


 ただ……。

 最後にもう一度だけ、見たかった顔があった。

 刹那の一瞬、表情豊かなその顔が次々に頭をよぎった。

 感傷めいた思いがあったとすれば、それだけだった。

 そして狂乱の宴が幕を上げる。


「――邪魔してやるっ!」


 現役の探索者だった頃からの愛剣を左右に、アッシュロードが吠えた。

 氷結した迷宮の一角に、ふたつめの暴風(ハリケーン)が発生した。

 寄生獣の群れの直中に飛び込むと、“真龍”の苦悶が乗り移ったように暴れ狂う。

 命の出し惜しみはない。

 己が生命を燃やし尽くすかの如く、長剣を斬り下げ斬り上げ、短剣を突き刺しえぐる。

 炎、守り、戒め、普段は戦闘に用いない光さえも――あらん限りの加護を嘆願して、“妖獣” の邪魔を――()()()()をする。


 そう、これはもはや嫌がらせだ。

 このクソ気色悪い外来種が目的を達するのを、一分でも、三〇秒でも、いや一秒だっていいから遅らせてやるのだ。

 刀折れ矢尽きて灰になるその時まで、邪魔をし続けてやるのだ。


 グレイ・アッシュロードは奮迅の働きをした。

 “真龍” に向かって押し寄せる “妖獣” の群れを向こうに回し、単身かなりの時間を稼いでみせた。

 元々君主(ロード)は前衛職の中でもっとも耐久力と持久力に秀でた職業(クラス) だが、それでもその粘りは驚異的だった。

 傷を負えば自身の加護で癒し、その加護も尽きれば魔法の指輪の回復効果でさらに剣を振るい続けた。


 だが、それも限界に達した。

 疲労と負傷に伴う出血で、ついに動きが止まった。

 アッシュロードは自身の血で霞む視界で、今際の光景を見定めようとした。

 一向に数を減らす気配のない妖群が、自分を仲間に取り込もうと近づいてくる。


 巨大なカマキリがいる。

 巨大な食人植物がいる。

 巨大な火蜥蜴がいて、巨大な類人猿までがいる。


 だが不死属(アンデッド)の類いはいないようだ。

 それも当然か。

 いくら異星の化物とはいえ生物である以上、生命活動を停止した宿主には寄生できないようである。

 なら、最後まで嫌がらせをしてやるか。

 アッシュロードは握られた魔剣を思った。

 “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” の効果で、あと腕の一振りぐらいはできそうだ。

 ならば最後に自分の始末を付け、奴らをガッカリさせてやろう。

 そして、ふと思った。


 ――あのデカい蛇も、殺せば同化を防げるのだろうか。


 と。


 それは馬鹿で愚かな夢想だった。

 世界蛇を殺すなど、そんな真似が出来るのか。

 出来るとして、その方法は?

 その結果は?

 蛇を殺した途端、世界が滅んでしまったら?


(いや……殺せるならそれでも構わねえ)


 “妖獣” どもにくれてやるぐらいなら、喰われるぐらいなら、そうしてやる。

 “真龍” が望んでいるかどうかなど関係ない。

 アッシュロードが気に食わないから、“妖獣” の得になるような結果は認めない。

 俺が不幸になるのは構わない。

 だが、おまえらが幸せになるのは許せない。


 しかし今のアッシュロードに殺せるのは、弱り切った自分自身が関の山である。

 保険屋は漆黒の(こしら)えを持つ刀身を首筋に当てた。

 一息に刃を引き、嫌がらせを完結させる。


 最後に浮かんだのがまたもあいつの顔だったことだけが、少しだけ気に食わなかった。


「――アーーーーッシュッッッ!!!!」


 三つ目の暴風がコンマの差で、文字どおり保険屋の首をつないだ。

 小柄でしなやかな影が悪鬼羅刹の形相で妖群を斬り伏せ蹴散らし、突き進んでくる。


「あたしを置いていくなーーーーーーーっっっっ!!!!」


 ドーラ・ドラが利き手に握った魔剣で次々に “妖獣”を両断しながらアッシュロードの元に達すると、反対の手を頭に添えた。


「ドーラッッッ!!! そいつを寄こせぇぇぇっっっ!!!」


 アッシュロードは絶叫し、相棒のくノ一が今まさに発動させようとしていた魔法のダイアデム(頭部用のリング)をむしり取った。

 封印された魔力を解放する真言(トゥルーワード)を唱えると、指輪の効果で回復した体力をすべて注ぎ込み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 冠が巨体に当たって砕け散った瞬間、封じられていた “転移(テレポート)” の呪文が発動。

 “暴竜”の姿が掻き消えた。


 問.絶対に解けない方程式を出されたらどうするか?

 答.絶対に解けるように、方程式を書き変える。


 世界蛇 “真龍(ラージブレス)” は寄生した異星の生命体ともども、岩の中に消えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 石の中にいる。 まさか世界龍がそうなるとはw
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