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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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シュールリアリズム

 仲間たちが登っていく縄梯子を背に、わたしはひとつ深い息を吐きました。

 そして魔法の戦棍(メイス)と盾を手に、キッと正面を見据えます。

 頼もしいふたりの戦士――逞しいレットさん背中と、頑強そのもののカドモフさんの短躯――の向こうに、“動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” が群がり寄る姿が見えます。


 わたしは不意に可笑しくなってしまいました。

 だってそうですよね?

 ほんの半年前までは、ただの鈍臭い高校生だったのですよ、わたし。

 それが今では、悲しみを知り、絶望を知り、恋を知り愛を知り、分不相応に聖女などと呼ばれ、極めつけにお化け昆布の大群と命懸けで戦おうとしているのです。


(これが夢でも幻でもなく現実なのですから、本当にシュールとしか言いようがありませんよね)


「――どうした?」


 クスクスと笑い出したわたしに、レットさんが背中越しに訊ねました。


「だって可笑しいではありませんか。命懸けで戦う相手が(ドラゴン)でも悪魔(デーモン)でもなく、昆布(ケルプ)なのですよ?」


「確かに」


 諧謔的な状況に、レットさんにも笑いが移ります。


「……それならなおのこと生き残らなければな。昆布に殺されたとあっては、工匠神に髭を剃られるような恥辱よ」


 カドモフさんが、こちらはムッツリと答えました。

『工匠神に髭を剃られる』とは、ドワーフの言い回しで最大の恥辱を意味するのです。


「ええ、もちろんです!」


 わたしが力強く同意したとき、昆布の第一波が上陸してきました。

 孤島の一角に点された “永光コンティニュアル・ライト”の魔法光に向かって、さながら黒い津波のような勢いで押し寄せていきます。

 わたしとフェルさんが加護を施したのは、縄梯子から最も遠い水打ち際です。

 それでも猫の額のような湖岸はたちまち巨大な昆布で溢れかえり、縄梯子が垂れ下がっている付近まであっという間に埋め尽くされました。


「梯子に近寄らせるな!」


「――ぬんっ!」


 レットさんが叫声に応えるように、カドモフさんの強烈な横殴りの斬撃が接近してきた “動き回る海藻” 一本を()()倒しました。


「……伐採には剣より斧だ」


 腰を落とし、自慢の魔法の戦斧(バトルアックス)を構え直すカドモフさん。

 “ブラッド・クリーン・コーティング” の魔法が施された戦斧は、昆布の体液にも汚れることはないのです。


「そうでもないぞ!」


 レットさんも負けてはいません。

 魔法の段平(ブロードソード)をカドモフさん同様真一文字に振り抜き、最短距離で海藻の太い胴を切り裂きました。

 樹齢千年を超える御神木のような海藻です。

 両断するまでには至りませんが、深く切り裂くことで自重を支えきれなくさせ、周りの海藻を巻き込んだ将棋倒しを狙えるのです。

 もちろん練達の戦士であるふたりは倒れる方向まで計算して武器を振るっているので、ジグさんたちが登っている縄梯子に向かって倒れ込むことはありません。

 巨大で激しく動き回るとはいっても、人を襲う意思を持たない以上、主導権(イニシアチブ)は常にこちらが握っているのです。


「――右から新手! 二本来ます!」


 わたしは獅子奮迅の働きを見せるふたりから一歩退き、その分冷静に周りの状況に気を配ります。

 背後をチラ見をすれば、ちょうどジグさんの姿が縄梯子が垂れ下がっている天井の穴に消えたところでした。

 これでジグさんが、暴れ回る海藻の一撃を受けて叩き落とされる心配はなくなりました。


「ジグさん、登りきりました! もう少しです!」


「「おうっ!!!」」


 タフで、優しくて、本当にわたしのパーティの戦士は、世界のどこに出しても恥ずかしくない理想の前衛です。

 やがてパーシャが、そしてフェルさんが天井まで縄梯子を登りきり、その姿が見えなくなりました。


「フェルさん登りきりました!」


「よし、撤収だ!」


「……さて、俺たちの背中は誰に守ってもらう?」


「それは昆布しかいないでしょう! “棘縛(ソーン・ホールド)” を一回残してあります! これで固めて防壁になってもらいましょう!」


 間髪入れず、カドモフさんに答えました。

 わたしはこのために、ふたりと一緒に残ったのです。


「それで行こう!」


「――慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを!」


 間髪入れずの三連発です。

 レットさんが即座に採用し、返事をする代わりにわたしは祝詞を唱えます。

 戒めの加護が嘆願され、不可視の(いばら)の後から後から群がってくる新手の “動き回る海藻” を絡め取りました。

 硬直した海藻たちは短い時間ですが強固な防壁となり、わたしたちが縄梯子を登る間守ってくれるでしょう。


「よし行け、エバ!」


「はいっ!」


 わたしは戦棍を腰のベルトに吊るし盾を背負うと、背後に垂れる縄梯子に飛びつきました。

 続いたのはレットさんで、殿(しんがり)は不動の人間要塞カドモフさんです。

 レットさんが先に行けと言っても、若きドワーフ戦士ファイターは決して了諾しないでしょう。

 それがカドモフさんがカドモフさんたる所以。

 “唯一のカドモフ” の矜持なのですから。


 固定されていない梯子は不安定で力を込めにくく、非常に登りづらいのですが、探索者となってから毎日のように繰り返してきた作業です。

 わたしはもたつくことなく、テンポ良くグイグイと登っていきます。

 まったく、鈍臭さかった昔の誰かさんに見せてあげたいくらいです。

 振り返れば、巨大な昆布の大群が湖面を埋め尽くしている光景が見られたでしょう。

 ですが――。


(蟲の王様や大猪の大群なら一大叙事詩(スペクタクル)でしょうが、昆布ではシュールなだけです! 願い下げです!)


 そんな不遜な思いが伝わってしまったのでしょうか――。


 バシッッッ!!!


 戒めの弱まった海藻が突然動き、うねった身体の一部がわたしを打ったのです。

 巨大な質量の直撃を受けたわたしは呆気なく縄梯子から引き離され、黒々と蠢く海藻の群れに呑み込まれ……。


「エバーーーーーーーッッッッ!!!!?」


 全身を襲う衝撃に紛れて、レットさんの絶叫が聞こえたような気がしました……。



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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、エバって中学生だったんですか? なんとなく高校生だと思ってましたw
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