手妻
「――やあ、捜したよ」
靄の中から姿を現した猫人の相棒が、蠱惑的な笑顔を浮かべた。
「無事だったか」
双剣に籠めていた殺気を解くと、アッシュロードはくノ一の小さな三角形の耳から爪先、さらには尻尾の先端にまで視線を走らせた。
傷を負っている様子はない。
顔色・声色ともに健常で、状態に異常はなさそうだった。
「そっちこそね。あんたを捜して方々を歩き回っちまったよ」
「そいつは……すまなかった」
「いや、そのお陰で怪我の巧妙ってやつと出会えたよ」
「?」
「帰り路が見つかったのさ。まったく災い転じて福と成すだね」
ドーラはからからと笑うと、
「さ、着いてきな。案内するよ」
踵を返して、アッシュロードを白い靄の奥へと誘った。
「帰り路は北にあるんだ。ちょっと視界が悪いけど我慢しておくれ」
「ああ、そいつは別に構わねえが……」
アッシュロードは言われるがままに、相棒の後に続く……。
◆◇◆
「急ぐぜ。グズグズしてるとおめえの相棒、雪だるまになる前に物の怪に喰われちまうかもしれねえ」
三十郎の言葉に、ドーラの背筋に戦慄が走った。
寸分違わず仲間の姿を模倣し、にこやかに近づいてくる “変身獣人”
通常の精神状態であれば、あるいは見破ることが出来るかもしれない。
しかし、危険な迷宮で離散してしまった仲間が突然目の前に無事な姿を現せば、警戒心よりも先に安堵と喜びが湧いてしまうのは人の常だ。
冷酷な戦闘機械でもってなる忍者のドーラからして、そうだった。
もし同じ魔物にアッシュロードが遭遇していたら。
そしてその魔物が、自分に化けていたら。
アッシュロードが自分と同様、異邦の用心棒でも雇っていない限り――。
「あんた、よく見破ったね……」
ひりつく喉から、掠れた声が漏れた。
「なに、そう難しいことじゃねえさ」
肩をすくめると、三十郎が誇るでもなく種明かしをする。
ドーラはその答えを聞いて反応に困った。
いや、呆れたというべきか。
「そんな……簡単なことだったのかい」
アッシュロードもこの凄腕の浪人者のように、気づくことが出来るだろうか。危機を回避できるだろうか。
「種さえ明かしちまえば、どんな手妻だって簡単なもんだ」
ドーラはうなずき、納得しかけた。
そして不意に湧いた違和感が、その得心を打ち消した。
「ちょっと待っとくれ。“変身獣人” は不死属じゃない。やっかいな能力を持っちゃいるが、飯を食えば糞もする生きた獣人だ。あんたの話はおかしい――」
しかしドーラの抱いた疑念は、すぐに解消された。
フツフツと泡立つ “変身獣人” の死体から、答えが姿を現した。
◆◇◆
「ああ、そいつは別に構わねえが……」
アッシュロードは言われるがままに、相棒の後に続く……。
そして、その背中に言った。
「だけどおめえ、人を騙すならもう少し上手くやるべきだと思うぜ」
直後、くノ一の背中に斜めに赤い線が走った。
「――ギャッ!!?」
漆黒の鎖帷子ごと袈裟懸けに背中を斬り裂かれたドーラの口から、短くも耳障りは悲鳴が漏れた。
致命傷ではないが、十分に行動を減殺される深手だった。
「な、なにするんだい!?」
「猿芝居を続けるのは勝手だが、バレてる以上無駄な労力だぞ」
鬼の形相で振り返ったドーラに、アッシュロードはもう話を合わせるような面倒はしない。
「畜生! なんでだ!? なんでわかった!?」
ドーラに化けた “変身獣人” が、キーキーと金切り声を上げた。
「なんでって、猫人のくノ一が迷宮でヒタヒタ跫音を立てるわけがねえだろ。だいたい寒さに弱え猫がこんな階層を彷徨ったあとに、あんなにピンピンしてるわけがねえじゃねえか」
大根役者への容赦のない駄目出し。
そして極めつけ。
「それに――」
「そ、それに」
「おめえ、息が白くねえぜ」
◆◇◆
ドーラの表情が嫌悪に歪んだ。
人間だろうが獣人だろうが、この極低温下に放り出されれば、その息は白く変わる。
そうならないと言うことは、三十郎が頸を刎ねた “変身獣人”がただの獣人ではないということだ。
溶解し泡立つ “変身獣人” の死体から、その答えが這いずり出てきた。
脈動する小さな肉片のような物体。
「なんでぇ、この薄気味悪いのは?」
「…… “妖獣”」
同様に顔を顰めた三十郎に、ドーラが押し殺した声で答えた。
人の姿を真似る獣人は、遊星からの物体に寄生されていたのだ。
「……遠い夜空から落ちてきた、星の世界の化物さ」
人間も獣人もお構いなし。
魔物を食う魔物。
まさに……妖獣である。
ドーラは背中に括り付けてある “炎の杖” を外すと、先端を “妖獣” の欠片に向けた。
封じられていた呪力が解放され、寄生獣の本体が一瞬で滅却される。
「便利なもんだな」
「急ぐよ。こんな化物がいる中にあいつを置いちゃおけない」
敵の正体が判明した以上、不意を突かれた相棒が寄生される前に見つけ出さなければならなかった。







