ザ・ロンゲストデー
拠点の東側に、南北に湾曲して延びる地底湖の岸辺。
“妖獣” たちの襲撃を受ける、もう一方の戦線。
三〇人の援軍と共に到着したわたしの目に飛び込んできたのは、湖面を覆い尽くす寄生獣の群れでした。
そのほとんどが湖岸ではお馴染みの “動き回る海藻” でしたが、ゆらゆらと林立するそれらの間に、普段なら要塞区域でしか見られない海竜―― “壕の怪物” も遊弋しています。
「……これはまた、南にも増して大漁ですね」
わたしは引きつった顔で、ペロリと乾いた唇を舐めました。
そしてすぐに闘志を奮い立たせ、叫びます。
「――探索者 “フレッドシップ7” と第四小隊第一・第四分隊、総勢三〇名! 援軍に来ました!」
レットさんや二名の分隊長さんを差し置いて僭越だとは思いましたが、今のわたしは “聖女のロールプレイング” 中です。
自軍の士気を高めるためなら、旗頭になることもやぶさかではありません。
「「「「おおっ、聖女様!」」」」
周囲の騎士や従士から歓声が上がります。
わたしはさらに声を励まし、
「南に来襲した敵は撃退しました! “妖獣” に寄生されてはいますが、倒せない敵ではありません! 大アカシニアの騎士よ! 従士よ! 今こそ生涯の勲を上げるときです!」
魔物の数に気圧されていた守備隊の表情が一変し、士気が盛り返しました。
「助かります、聖女様!」
この戦線を守る二個小隊の指揮を執っている先任の第三小隊長さんが、安堵の表情を浮かべました。
「戦いは、まだ始まっていないのですか?」
不審に思い訊ねます。
南での戦いは三時間以上に及ぶ激戦でした。
戦闘開始時に聞こえたこの戦線からの金鼓の音からして、こちらもすでに防衛戦の直中だと思ったのですが。
「先ほど “滅消” で先制攻撃を仕掛けたのですが、効果がありませんでした」
「迷宮の歪みによる時差ですね」
時空の歪みによる時間のズレが、今回はこちらに有利に働いたようです。
今なら戦力を集中しての内戦戦術――各個撃破が狙えます。
「小隊長さん、魔術師に命令をお願いします。接岸される前に先制攻撃をやり直さなければ」
第三小隊長さんはうなずくと、小隊に所属してる魔術師に指示を下しました。
「――小隊付きの魔術師! 奴らに寄生している “妖獣” はネームドだよ! “滅消” は駄目だ! あたいと “氷嵐” をそれぞれ敵の密集している場所に!」
パーシャが叫ぶなり、すぐさま呪文の詠唱を開始します。
第一・第三の各小隊に配属されているふたりの魔術師がやや遅れて、同様の詠唱を始めました。
“氷嵐” は三人が修得している最大の物理攻撃呪文です。
単発での威力はトリニティさんが使った冷凍系最高位呪文 “絶零” には及びませんが、“動き回る海藻” や “壕の怪物” が相手なら充分すぎる威力となります。
まず真っ先にパーシャの呪文が完成しました。
一気に湖岸周辺の気温が下がり、大気中の水分が細氷となって舞い散ると同時に、音を立てて湖面と魔物の群れが凍り付きます。
加えて無数の氷片の嵐が氷像と化した “動き回る海藻” や “壕の怪物” に叩きつけられ、これを粉々に砕きました。
全身を湖水に濡らした魔物たちは炎の呪文に強い半面、氷の魔法には弱いのです。
湖岸に向かって押し寄せていた魔群の中央に、ポッカリと大きな空白が生まれました。
さらにふたりの魔術師が、その左右両翼にも “氷嵐” を叩きつけ、一気呵成に畳み掛けます。
“氷嵐” を使い切ったら、今度は “凍波” です。
次々にまき散らされる凶悪な冷気は周囲の大気を凍てつかせ、注意して呼吸しなければ呼吸器官を痛めてしまいます。
やがて三人の魔術師がガックリとその場に膝を突いたとき、湖面を埋め尽くしていた “妖獣” の群れは、半数にまで減っていました。
それでも異星からの漂着者に寄生された魔物たちは怯みません。
元々 “動き回る海藻” は、恐怖などという本能とは無縁な魔法生物です。
“壕の怪物” も海賊たちに番兵役として飼い慣らされていたため、退くということを知りません。
仲間の数が半分に減ろうが、そんなことはお構いなしにバリバリと凍り付いた湖面を割って接岸してきます。
「…… “ノルマンディー上陸作戦” ですね」
「……なに、それ?」
思わず呟いたわたしに、フェルさんが訊ねます。
「これからわたしたちの最も長い一日が始まると言うことです」
「それならわかるわ」
わたしたちは微笑み合い、それが白兵戦開始の合図となりました。
“永光”の光に細氷が煌めく中、騎士が、従士が、戦士が、聖職者が、剣槍や槌矛を手に、群がり寄る “妖獣” の上陸部隊に吶喊します。
拠点を守るわたしたちの長い長い一日、その第二幕の幕開けです。
「水際作戦です! 一匹とて拠点に入れてはいけません! ――慈母なる女神 “ニルダニス” よ、勇敢な戦士たちに御加護を!」
“神璧” の加護が、激しく “妖獣” たちと斬り結ぶ味方を包み込みます。
「……Many men……Many men」
わたしはお父さんが大好きだった古い映画の主題歌を口ずさみながら、後方から回復役を含めた支援に徹します。
海岸は、瞬く間に切り刻まれた巨大な海藻や海竜、そして石化した騎士や兵士で埋まっていきました。
南での戦いと同じです。
少しでも石にされる危険を減らさないと。
「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛” !」
わたしは “妖獣” の動きを封じるべく、魔群に向かって矢継ぎ早に金縛りの加護を施しました。
“棘縛” の属する第二位階には治療の加護はないので、精神力に余裕があるのです。
フェルさんや軍医や衛生兵といった他の聖職者も、同様の加護を投げつけます。
(“光壁” との二者択一ですが―― “妖獣” には魔法への抵抗力はありません。攻防一体の支援なら、こちらです!)
わたしの判断は概ね正しかったようで、動きを封じられた “妖獣” は多数にのぼり、例え短時間とは言え手練の前衛職にとっては十分な援護となりました。
硬直したまま、次々に斬り倒されていく寄生獣たち。
(彼我の損耗は、明らかに魔群の方が多いです! このまま押し切れれば――)
しかし戦場での希望的観測は裏切られるのが常。
冥い地底湖の沖合から “永光”の魔法光の届く範囲内に、今までに倍する数の新たな魔物の群れが現れたのです。
「……This will be the longest day(拠点の一番長い日)」







