ネクロノミコン
「加護も駄目、呪文も駄目となると、あとは魔道具の類いしかねえと思うけど……なんかあるか?」
こういう時に口火を切るのがジグさんではあるのですが、魔法という専門外の話なのでその口調は控えめでした。
「蘇生の力が封じられた魔道具……聞いたことがあるわ」
反応したのは、やはりヴァルレハさんでした。
トリニティさんがいない今、魔法に関しては彼女が第一人者なのです。
「なに? 本当にあるのか?」
「ええ、“魂の錫杖” というの。“魂還” の加護が封じられていて、一度だけ蘇生の魔法を使うことができるのだけど……」
「できるのだけど……?」
「……入手が確認されているのが、リーンガミルの “呪いの大穴” だけなのよ」
言い難げに答えたヴァルレハさんに、ジグさんが『……なるほど』と嘆息しました。
「リーンガミルとこの迷宮は指呼の間だ。ここでも発見できないのか?」
「わたしの知るところ、そういった記録はないわ。“魂の錫杖” は古代魔導帝国の遺物と言われているの。リーンガミルは末裔とされている国だから……」
「そのど真ん中に空いた迷宮からしか見つからない……というわけか」
ジグさんに代わって訊ねたスカーレットさんでしたが、やはり嘆息するしかありません。
「どちらにしても、封じられている力が “魂還” であることに変わりはないわ。失敗の可能性はあるのよ……」
「――だが、ここで手に入るなら俺が使う」
うつむいたヴァルレハさんが、ハッと顔を上げました。
ヴァルレハさんだけでなく、わたしを含めた全員の視線がアッシュロードさんに注がれ、胸の中で納得したのです。
アッシュロードさんにとって、トリニティさんは……そう盟友です。
友人とも仲間とも微妙に意味合いが異なる関係。
同志と呼んでもよいかもしれません。
トリニティさんにしても、もしそれが可能ならばアッシュロードさんに蘇生してもらいたいと思っているはずです。
そして例え万が一の場合でも、本望だとも。
「……魔道具は望み薄か」
「少なくとも、この迷宮で手に入ると言われている品では……ね」
カドモフさんが呟き、ヴァルレハさんが肯定します。
そうして……重苦しい沈黙が漂います。
誰もが何かを発言したいのですが、言葉が見つからないのです。
良い考えが浮かばないのです。
「どうした? どんな下らない馬鹿げた考えでも構わねえ。なんでもいい。なにか案を出せ」
「そんなこと言ったって――それじゃなに不死属にして甦らせるとかでもいいわけ!?」
売り言葉に買い言葉。
パーシャが激しい剣幕で、アッシュロードさんに噛みつきます。
「なんだと?」
「だから、不死属よ、不死属! 無理やり捻り出したって、そんなどうしようもない考えしか出てこないわよ!」
「……不死属か」
「ちょ、ちょっと、なにマジになってるのよ。おっちゃん、あんたまさか……」
真顔で考え込んでしまったアッシュロードさんに、途端に不安な表情を浮かべるパーシャ。
「……アッシュロードさん、何を考えているのです?」
同様の思いに駆られ、わたしも訊ねました。
「……確か戦利品の中に、ガブが言っていた物狂いの予言者が書いた本があったな」
「…… “生者の書” と “死者の書” のことですか?」
「ああ、それだ。“死人使い”どもからぶんどったやつだ」
わたしの答えに、アッシュロードさんが強くうなずきました。
どちらも四層~五層に出現する “死人使い” を倒した際に、戦利品として入手した物です。
アッシュロードさんとドーラさんが熾天使ガブリエルさんから聞いた話によると、これらの書物は “狂気のアヴドゥル” と呼ばれる人が書いた物らしいです。
“狂気のアヴドゥル” には、わたしたちも四層で遭遇しています。
“毛糸玉” で出会った、あの親切そうな砂漠の民です。
「本気でトリニティさんを不死属として甦らせる気ですか!?」
青ざめたわたしにアッシュロードさんが答えるよりも早く、
「無駄よ、“死霊秘法” は三つに分割されてしまっているの。“生者の書” “死者の書” そして “悪魔の書” よ。最後の “悪魔の書” が手に入っていないわ」
ヴァルレハさんが鋭く顔を左右にしました。
予言者 “狂気のアヴドゥル” が著したとされる禁断の書物 “死霊秘法”
あまりに危険な思想・知識で満ちていたために外界では邪法の書として忌避され、元々極少ない数しか筆写されなかった写本もその大半が焼かれたそうです。
焚書を免れたわずかな書も長い年月を経るうちに死蔵や散逸によって失われていき、アブドゥル自身が持つと言われている原書共々、もう世界には存在しないと思われていました。
この “龍の文鎮” に、アブドゥル自身が人外《NPC》として召喚されているとわかるまで――。
おそらく四層や五層に出現する “死人使い” たちは、アブドゥルからその忌まわしい知識を得るためにこの迷宮に潜ったのです。
そして彼らは目的を達し、禁断の知識を改めて三冊の書物に記したのです。
「蘇生にしろ不死化にしろ、主体となる死体が必要なことは、君主であるあなたなら理解しているでしょう?
“魂還” が神々の奇跡と呼ばれる所以は、灰から身体を復元しながらの蘇生が可能なことなのよ。
完全な “死霊秘法” の知識があれば、あるいは灰からでも不死属を作り出せるかもしれないけど――そもそも、それなら “魂還” で蘇生をさせるべきでしょう?」
「そうよ! あんた頭おかしいんじゃないの! このキチ●イ!」
今回に限っては口汚く罵るパーシャに、わたしを含めた全員が同じ思いでした。
不死化だなんて……それはトリニティさんの尊厳を踏みにじる行為です。
アッシュロードさん、あなたはショックのあまりそんなことも解らなくなってしまったのですか?
しかし、その表情はあくまで沈着でした。
「先走るな。俺が考えてるのは死人を作り出すことじゃねえ。死体を作り出すことだ」
アッシュロードさんを除く全員が、やはりこの人は悲しみのあまり惑乱してしまったのだと思いました。







