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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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徹頭徹尾

「「「「「「――キャバクラかよ!」」」」」」


 他の六人から(アンよ、おまえもか)一斉にツッコミが入ります。

 相変わらず、この世界の自動翻訳サービスは凄いですね。

 まさにニルダニスの奇跡です。

 わたしは、


「そんな名前の人はしらない」


 と軽く受け流し、カフェに行く支度を始めました。

 水瓶の水で口を丹念にすすぎ、水鏡で丁寧に髪を整えます。

 接客業に携わる者の、当然の身だしなみです。

 

「――いい、エバ! わたしがいないからって、必要以上に()()()に近づいたり、話しかけたり、もちろんサービスしたりしたら駄目よ! わかってるっ?」


 フェルさんがブイブイと念を押してきます。

 もうブイブイです。


「もちろん、わかっていますよ~♪」


 視線を逸らして、口笛ピ~プ~♪ 吹いている~♪

 ぐぬぬぬっ! と、真ん中のお姉さんが睨んでいますが、キニシナイ。

 だいたいこの人は、アッシュロードさんが “暗黒広間の会戦” から疲労困憊で戻ってきて救護所に運ばれたとき、たまたま担当だったからといって、ずーっと側に着きっきりだったのですから。もうずーっとです。ずーっと。

 まったく、エルフずるい、超ズルいです。


「~ほら、フェル。燃料作りに行くよ。さっさと今日の作業を終わらせて、邪魔しに行けばいいじゃない」


「そ、そうね! その通りよ、パーシャ! クイックで終わらせましょ! クイックで!」


 真ん中のお姉さんはホビットの女の子を小脇に抱えて、視界からクイックで消えてしまいました。


「あらあら、これはカフェの周りに “神璧(グレイト・ウォール)” を張らなければなりませんね」


「エバさま……それではお客さまが入れません(……そして笑顔が怖いです)」



 わたしは支度を終えると、アンと連れ立って自分たちのアドレス(キャンプ)を出ました。

 彼女もカフェを手伝ってくれることになっているのです。


「ふふっ」


「? どうなされました?」


 道すがら思わず微笑んだわたしに、アンが不思議そうに訊ねました。


「いえ、育っているな、と思ったのです」


 初めてこの場所に召喚されたときには何もなかった場所が、今では村落(コロニー)と呼べるまで発展しています。

 城塞都市 “大アカシニア” を出てこの迷宮に召喚されるまで、道中いくつかの町や村を通ってきましたが、人口一〇〇〇人といえば充分に大きな町といえる規模です。


 初期は雑然と所属する集団ごとにキャンプを張っていましたが、今はチェス盤のように整然と区画整理がなされ、それぞれにアドレスが割り振られています。

 “永光コンティニュアル・ライト” の灯された丈高い杭が等間隔に並んでいる光景は、まるで街路灯のようです。


 淡水域の水辺から引かれた上水用の水路が中央を流れていて、危険な湖岸に行くことなく水を汲めるようになっている他、支流がいくつか掘られ共同の浴場や洗濯場につながってもいました。

 トイレ数も増えています。

 最初は周りを覆える箱馬車の数だけしかありませんでしたが、ボッシュさんの指揮による石材の切り出しが進んだため、それで壁を作って増やしたのでした。

 浴場と洗濯場の設置に加えて、トイレの増築。

 “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” の衛生環境は、飛躍的に改善されたと言ってよいでしょう。


 石材の切り出しによって生まれた穴は、“凍波(ブリザード)” の呪文で周囲を凍らせて氷室にし、余った食料を保存しています。


(もっとも頻繁に食べ物が余るほど、そこまで食糧事情は潤沢ではないのですが)


 庁舎である対策本部の天幕は、さらに整備・拡充されていました。

 この拠点の首長であるトリニティさんは通常はここに詰めていて、彼女の下に、


 ・管理部

 ・食料部

 ・燃料部

 ・衛生部

 ・守備隊


 が組織され、仕事を始めています。

 拠点の施設を整備する管理部は、もちろんボッシュさんの管轄です。

 食料部と燃料部を統括するのが、輜重隊長の主計長さん。

 衛生部の責任者が、護衛の近衛四個小隊にひとりずついるうちの最先任の軍医さんで、この方が救護所の責任者でもあります。

 拠点の守備・防衛を担当するのは、同じく四人いる近衛小隊長さんのひとりです。


 本来なら護衛の混成近衛中隊を指揮するのは、次席近衛騎士であるドーラさんの役目なのですが、筆頭騎士であるアッシュロードさん共々探索に出ていることが多いので、こういう人事になっていました。

 ここで求められているのは、近衛騎士ではなく探索者としてのおふたりのなのです。


 そしてその迷宮探索の指揮は直接トリニティさんが執り、ハンナさんがこれを補佐していました。

 元熟練の探索者であり “賢者” の恩寵を持つトリニティさんを、探索者ギルド一の才媛と謳われていたハンナさんが補佐する形は、実際に探索に赴くわたしたちに強い安心感を与えてくれます。

 わたしたちは前線部隊です。

 後方に信頼を寄せられるか否かでは、士気がまるで違います。


 “湖岸拠点” の人的な陣容は、まったくここに成ったと言うべきでしょう。

 最上層への道が拓けない現在(いま)、わたしたちがやるべきはこの拠点をますます充実発展させ、探索が再開できるその時を待つことなのです。


「やっぱりエバさまは拠点で働かれるときの方が、お顔がまろやかですね」


「それはそうですよ。探索者には他に生きる術がなかったからなったのであって、本来のわたしはとても怖がり屋さんなのです。三つ子の魂百まですよ」


 迷宮探索はスリルに満ち、充実感と達成感と解放感を得られますが、やはりわたしには波瀾万丈な生活は似合いません。


「……ここから出られたあとも、探索者を続けるのですか?」


 アンが立ち止まり、少しだけ表情と声を真面目にして訊ねました。


「リーンガミルに行けば、ニルダニス大聖堂がエバさまの借金を払ってくれるはずです。そうなればエバさまは自由の身。危険な迷宮に潜る必要はなくなります」


「他の人に借金を払ってもらっても、自由にはなれませんよ。また別の人に縛られるだけです」


 わたしは穏やかに答えました。


「きっと世界は厳しく、人生は優しくはないのでしょう。でも、だからこそ人は優しくなれる――ならなければいけないのだと思います」


 そして、わたしを心から心配してくれているこの心優しい女の子に、こう続けます。


「アン、探索者になったのは確かにわたしの意思ではなかったかもしれません。でも探索者でいるのはわたしの意思なのです。そしてわたしが誰よりも優しくしてあげたい人は、街ではなく迷宮に生きる人なのです――少なくとも、今はまだ」


 いつか、そうでなくなる日が来るとよいのですが。

 こればかりは、わかりませんからね。


「……本当にあのお方を愛しておられるのですね」


「聖女だなんだのと言われていますが、わたしは徹頭徹尾これなのです。つまりは恋する女の子。ですから――わたしを()()()()()怖いですよ~」


 芝居がかった顔で、でも半ば本心でアンを威嚇します。ガルルルゥ~。


「だ、大丈夫です。アッシュロード様は、な、なんというか、わたしにはとても手に負えるようなお方ではないので」


「そうですか。それならアン、あなたとはこの先もずっとよいお友達でいられそうです」


 わたしは徹頭徹尾、これなのです。はい。


「わ、わかりやすくて、よいと思います」


 アンが引き攣った笑顔を浮かべたそのときです。


 プオーーーーーーーーッッっ!!! と、拠点中に汽笛の()が響き渡りました。


 ……え? 迷宮で汽笛?



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― 新着の感想 ―
[一言] 住処が豊かになってきましたね。 問題は燃料が作れるメンバーが少ないことぐらいですかね。 安定させる必要はあるのですが、安定させすぎても問題なんですよね。 脱出する気が無くなってしまうのでw…
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