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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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石像の部屋

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” の第四層は、一部の区域(立て札地帯)の危険度が際立って高い以外、階層(フロア)自体の難易度はそれほどでもありません。

 第四層の中央部(毛糸玉)を内包する形で二重構造となっている第二層の方が、より複雑で危険と言えるでしょう。

 “(イビル)” の階層である五層と三層では、五層の難易度が三層よりもずっと高いので、善悪のバランスは取れていました。

 違いは、わたしたちのように最初に苦労するか、それともアッシュロードさんたちのように後になって苦労するか――です。

 わたしたちは()()だった北東区域(エリア)の玄室を出て、北西にある “石像の部屋” に向かっていました。


「――玄室の前に着いたら、エバとフェルは隊列を入れ替えてくれ」


 進みながら、二番手を歩いていたレットさんが指示を出しました。


「何があっても、エバだけは最後まで残るように」


「わかりました」「了解」


 わたしとフェルさんが同時に返事をします。

 理由は言われなくてもわかっています。

 どんな敵が待ち構えているかは知れませんが、その敵は石化(ストーン)の特殊攻撃をしてくる可能性が高いのです。

 現時点で石化を治療できる “神癒(ゴッド・ヒール)” を授かっているのはわたしだけなので、わたしだけはなんとしても最後まで残らなければなりません。


「あなたの分まで、わたしが “烈風(ウィンド・ブレード)” で切り裂いてあげるわ」


「お願いします」


 にこやかなフェルさんの言葉に、わたしは微笑み返しました。

 作戦名 “ガンガン行こうぜ”

 わたしたちが次に行うのは、後先考えない全力戦闘です。

 当然、フェルさんも持てる戦闘系の加護をすべて使い尽くすつもりで戦うでしょう。

 その分、わたしが防御と治療を担当するのです。


「……問題は “滅消(ディストラクション)” が効くかどうかなんだけど……扉の奥にいるのが初見の相手じゃなければいいな」


 すぐ後ろで、パーシャが呟きました。


「パーシャはとにかく数を減らしてくれ。単体なら多少手強かろうとやりようはあるが、数で押されると前衛はお手上げだ」


「わかってる。()()()は手強いのは無視して雑魚を一掃するよ」


 背中で、パーシャがレットさんにうなずいた気配がしました。

 そのやり取りを最後に、会話は止みました。

 やるせない寒さの満ちる回廊を、黙々と行くのです。



 無数の石像たちの林が、扉の前に広がっていました。

 人族(ヒューマン)、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビット、猫人(フェルミス)、あらゆる種族の探索者の石像たちです。

 驚きや、怖れや、怒り……(ほう)けた表情のものまであります。

 共通しているのは、どの顔もまるで生きているかのように精緻であることです。


 わたしたちは扉を調べるジグさんに背を向けると、残る五人で半円形の陣形を敷いて周囲を――特に今にも動き出しそうな石像たちを警戒しました。

 扉の罠も気になりますが、それ以上にこの石像たちに注意を向けるべきでしょう。

 扉の方はジグさんを信じていれば、まず大丈夫なはずです。

 背後で、ジグさんが扉から離れた気配がしました。


(……大丈夫だ。罠はない。だが魔物の気配もしない)


(……まさか、ここも外れ?)


(……それは踏み込んでみればわかることだ。気配を感じさせないほどの “強者” がいるかもしれん。気を抜くな)


 全員がうなずき、わたしはフェルさんと目配せを交わして隊列を入れ替えました。

 剣の鞘が払われ、戦斧の留め具が外され、ベルトに下げられていた戦棍が握られます。


(――行くぞっ!)


 バンッ!


 先ほどと同様、レットさんが勢い良く扉を蹴破り、その左右から短剣(ショートソード)戦斧(バトルアックス)を構えたジグさんとカドモフさんが突入します!

 すぐにレットさんが続き、さらにフェルさんとパーシャが踏み込みました!

 戦棍(メイス)(ラージシールド)を構えたわたしが、最後に玄室に飛び込んだとき――。


「なんだ、ありゃ!?」


 前方でジグさんの頓狂な声が響きました。

 ジグさんのさらに前方、視線の先にそれはいました。


「石……像?」


 それは巨大な石像の()()姿()でした。

 しかし同じ石像ですが、扉の奥に立ち尽くしていた無数の石像とは根本的に違います。

 なぜなら玄室の中で待ち構えていたのは、背中に二枚の(おうぎ)ような翼と、先の尖った蛇のような尻尾を持つ、“悪魔(デーモン)” の立像だったからです。

 その立像がズリズリと回転を始め、わたしたちに向き直りました。


 全高は二メートルを優に超えています。

 頭頂部から突き出した無数の角。その下で大きく広がる尖った耳。

 醜悪で狡猾な笑みを浮かべる、人と山羊を掛け合わせたような顔。

 なによりも嫌悪感を催させるのは、両の乳房を隠すように覆っている、こちらは紛れもない人間の女性の顔です。

 片方はむせび泣く老婆、もう片方は悲嘆にくれる若い女性。

 さらに下腹部からそのふたりを見上げて下卑た笑いを浮かべている、獣染みた男性の顔。

 足はなく、脛から先で台座と一体化しています。

 立像と言うよりも、巨大な()()()()()という方が、しっくりとくる形状です。

 いったいどんな狂気を宿せば、こんな姿を想像――創造できるというのでしょうか。


 その石像が完全にわたしたちと正対したとき、開け放たれたままだった扉の外で、ゴリゴリという耳障りな異音が大量に発生しました。

 この音……知っています。

 この音によく似た音を、わたしは知っています。

 ()()()()()()()()()()()()()()()にする、あの耳の奥に残っていつまでも消えない……記憶に刻み込まれて消すことの出来ない音です。

 そして扉の陰から姿を現す、無数の動く石像たち。

 ゾロゾロ、ゾロゾロと、その数、ザッと見ただけでも三〇~四〇体!


「――やっぱり出たわね!」


 パーシャが振り返るなり、叫びます!


「こっちは任せて!」


「援護します!」


 あの数すべてをこの “悪魔像” が石にしたとは思えません。

 なぜなら()()()()の魔法やブレスは、確認されていないからです。

 おそらくは “悪魔像” に石にされたあの石像たちにも、石化の能力が備わっているのです。


(これ以上の増殖はさせません!)


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――!」


 わたしが “神璧(グレイト・ウォール)” の嘆願を始めるのと同時に、“悪魔像” からもくぐもった唸り声のような詠唱が響き始めました。


(―― “焔嵐(ファイア・ストーム)” の呪文!)


 ですが、今さら “静寂(サイレンス)” の加護に切り替えることは出来ません。


(フェルさん、お願いします――えっ!?)


 しかしわたしの期待とは裏腹に、フェルさんの口から零れたのは “静寂” の祝詞ではありませんでした。

 フェルさんの口から聖鈴の音のように零れ紡がれた祝詞は――。


(どうして、フェルさん!?)


 その時、視界を閃光が覆いました。

 半瞬早く、石像の “焔嵐” が完成したのです。


「―― “烈風(ウィンド・ブレード)” !」


 カッと目を見開くと、怯むことなく右手を “悪魔像”に向かって突き出すフェルさん。

 “悪魔像” が投げつけた紅蓮の焔を、無数の真空波(かまいたち)が迎え撃ち、巻き上げ、吹き散らします。

 目の前で熱波となって霧散する、炎の魔法。


「悪魔系の敵は魔法抵抗力が高いわ! “静寂” では耐呪(レジスト)される危険がある!」


(そ、そうか!)


 “焔嵐” と “烈風” の期待値(威力)は同等です!

 フェルさんは風の加護で、焔の呪文を打ち消したのです!

 純粋な聖職者としての才能では、やはりわたしはこの人には敵いません!

 それでも、


(――わたしだって、です!)


 再び意識を集中したわたしは、今度こそ “神璧” の祝詞を唱え上げました。

 女神の強き御力がパーティを包み込み、決戦の火蓋が切られたのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] TRPGとかだと、石像壊したおいたりするんですよねw
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