黒衣せぇるすまん
半ば小突かれるように神殿の回廊を歩かされたときも、“テンプル騎士団” の幹部と思しき騎士に捕虜同然の尋問を受けたときも、グレイ・アッシュロードは別に貧乏くじを引いたとは思わなかった。
この手のことは言い出しっぺがやるべきだと頭から思っていたし、“悪巧み” 自体も微に入り細を穿つような、良く言えば緻密。悪く言えば脆弱な計画だった。
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変の微調整が必要であり、周囲を見渡してもそんな交渉術がこなせるのはトリニティ・レインぐらいなもので、当然のことながらこんな仕事に、あの恐ろしく童顔な帝国宰相は使えない。
あと可能性があるとすれば “緋色の矢” のヴァルレハだろうが、彼女は彼女で拠点にはなくてはならない人材だ。
それ以外の人間ではたとえ噛んで含めるように言い聞かせたとしても、不測の事態が起きた場合に対応はできないだろう。
迷宮で魔物相手に切った張ったをするのとは、また別の技能と才能、なにより経験がいる仕事なのだ。
結局、成功率の高さを考えても、失敗した場合の人的損害を考慮しても、自分以外に任せられる人間はいないというのが、アッシュロードの出した結論だった。
三姉妹を始めとして、極々少ない彼の知人たちは一様にいい顔はしなかったが、声を上げての反対もしなかった。
誰もがアッシュロードの正しさを認めざるを得なかったからだ。
「――我々を雇いたいだと? 異教徒め! 我らを傭兵風情と思うてか!」
傲岸を絵に描いたような壮年で髭面の騎士の唾が、勢いに任せてアッシュロードの顔に飛んだ。
饐えた悪臭に顔をしかめるでもなく(本当は大いにそうしたかったが)、アッシュロードは平然と肯定した。
「そうだ。俺たちは “真龍” から課せられた使命を果たすために、あの物狂いの坊主どものねぐらを調べなければならねえ。そこであんたたちを雇たい」
悪びれずに答えるアッシュロード。
どうせあとで嘘発見器が出てくるかもしれないのだ。
ライスライト式に、馬鹿正直の一手で行くのが最初からの計画である。
「異教徒め! 貴様が先日我らが神聖なる神殿を汚した挙げ句、同胞を殺したことはわかっておるのだぞ!」
「あれは不幸な出来事だった。俺たちも殺されたくなくて必死だったんでな」
「――ぬけぬけと!」
その気がなくても人を怒らせてしまうアッシュロードのオートスキルが発動して、髭面の “テンプル騎士” が腰の剣に手を伸ばした。
「まあ、落ち着けよ。今日はその詫びも兼ねて、この取引を持ってきたんだ。さっき俺から取り上げた背嚢はもう改めたんだろう? あれが俺たちからの手土産だ」
「あの得体の知れないゴミがか? ――貴様、騎士を愚弄するか!」
「ゴミだなんてとんでもねえ。あれは宝だぜ。この迷宮じゃな」
その言葉が欲深い性根を刺激したのか、騎士の反応が変わった。
「宝ぁ?」
「ああ、宝だ。今のあんたらにとっては同じ大きさの黄金以上の価値がある、な」
そういってアッシュロードは、うさん臭げな眼差しを向ける騎士に不敵に笑ってみせた。
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乾いた音を立てて爆ぜるの炎を、痩せぎすの男たちが恍惚とした表情でみつめている。
鮮やかな橙の炎は氷穴同然だった玄室を温め、死人のような男たちの顔に徐々に赤味を取り戻させている。
「見てのとおり、よく燃える。それだけじゃない。薪よりもずっと軽くて、火持ちもいい」
一〇〇の甘言より、ひとつの実演――。
食料以上に暖に飢えていた “十字軍” に、燃える海藻は効果てきめんだった。
これは思っていたよりもあっけなく転ぶかもしれねえな――と思いかけて、アッシュロードは気を引き締め直した。
まだ契約を取りつけたわけではないのだ。
いつだって足をすくってくるのは、己自身の油断だ。
「こいつを俺たちは、あんたたち全員が暖を取れて煮炊きが出来る量を提供できる。あんたたちにはあんたたちの使命があるんだろう? 天使から受けた使命がよ。こいつで鋭気を養って、それを果たすといい」
天使という言葉が出た途端、髭面の騎士が我に帰った。
「異教徒め、我らの苦境につけんで買収する気か!」
「それが取引ってもんだろう。さっきも言ったが、俺たちの目的はあの坊主どものねぐらに入って中を調べることだ。だが、俺たちはそれだけの戦力がねえ。あんたらにはある。俺たちはあんたらにないブツを持ってるが、あんたらも俺たちにはないブツがある。目的が同じなら迷うことはないはずだが」
「……異教徒めっ!」
再び猛る騎士に、こいつはよほど “異教徒” が好きなみてえだな――と内心で肩をすくめるアッシュロード。
右でも左でも、天国でも地獄でも、振り切ってしまえば常軌を逸してくるのはどの世界でも同じだ。
そして冷静に騎士を観察して思った。
(……もう一押しだな)
騎士の心は大きく揺れている。
あとは上手くこちらに転ぶように、突いてやるだけだ。
塩、ワイン、さらにもうひとつ。
アッシュロードには、まだいくつか切れるカードがある。
躊躇わず次のカードを切った。
「異教徒、異教徒というがな。そいつは誤解ってもんだぜ。不幸な行き違いがあったが、俺は異教徒じゃねえ。混じりっけ無しのあんたたちのお仲間、“神側の人間” だ」
「貴様っ! 異教の分際で神の名を口にするかっ!」
騎士が抜剣し、振りかぶる!
「おおっと。嘘じゃねえ。俺があんたの言う異教徒だったら、“熾天使” が守護天使になんぞなるわけがねえだろ」
両手を挙げたアッシュロードの言葉は、髭面の騎士の顔面を打った。
「熾天使が……貴様の守護天使だと……? く、口からでまかせを!」
「いや、でまかせじゃねえ。ガブリエルって変わり者だが、わざわざ高いところから降りてきてくれてな。そんで俺を気に入ってくれたらしく特別に守護天使なってくれたんだ」
アッシュロードはそういうと、悪魔の証明を避けるためにさらに言葉を続ける。
この場合、守護天使の存在を主張する自分に証明責任があるのだ。
「俺をあんたらの “天使たち” のところに連れってくれ。あいつらなら俺の言ってることが嘘じゃねえってわかるはずだ」
残り香に敏感な天使の裁定を申し出るアッシュロード。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
“黒衣せぇるすまん”は契約を取るために、自ら進んで嘘発見器に掛かるのだ。







