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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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太公望と鶏鍋④

「ア、アッシュロードさん、やっぱり今のは無しで――」


 思いついたときは、ナイスアイデアのグッドアイデア!

 ……でも、時間が経つほど (´・ω・`) になるのは、世の常ならぬアイデアの常。

 そもそも “十字軍(クルセイダーズ)” なんていう、いかにも正義っぽい名前に騙されてしまいますが、その正体は邪教徒・異教徒、皆殺し上等! な、信仰的にも思想的にもド偏向な超危険者集団なのです!

 彼らが占領した聖地(エルサレム)でイスラム教徒に行った大虐殺は、世界史にも刻まれている蛮行なのです!

 狂信者なのです! 狂っているのです! キチ(ピー)イなのです!

 そんな人たちを傭兵として雇おうなんて、狂犬の群れを番犬に飼うようなものです!

 ナンセンスです! 故にナッシングです! つまり今のは無しングです!


「いや――案外いけるかもしれねえ」


 アッシュロードさんが不意に目が冴えた表情で顔を上げ、あわあわオタオタするわたしを見ました。


「……はい?」


 いける?

 ブルブルブルッ!

 わたしは思い切り、顔を左右に振りました。


「いけません! いけません! いけるわけがありません! 相手はキチ(ピー)イなのですよ!? “みすぼらしい男” の又従兄弟みたいな人たちなのですよ!? そんな人たちとまともな交渉なんて、もってのほかです!」


「確かに大多数はそうかもしれねえ。篤い信仰を胸に遠征軍に参加した挙げ句、聖地を守るどころか、こんな異世界の迷宮に飛ばされて閉じ込められちまったんだからな。同胞以外、目に映るものはみんな()()だと思っていても不思議じゃねえ」


「そ、そうです。だから――」


「まあ、聞け――それじゃ大多数じゃなくて、末端って表現ならどうだ?」


「末端……?」


「ああ、“十字軍” の末端は、確かにおまえの言うように物狂ってるだろう。だが奴らを仕切ってる連中はどうだ?」


「仕切ってる――つまりは、指導的立場にいる人間ということですか?」


「そうだ。奴らを仕切ってるのは “テンプル(神殿)騎士団” だ。

 こいつは元々、修道士と騎士っていう水と油みてえな連中が信仰で結びついた修道騎士団なんだが、あちこちの篤信家の国王から援助を受けて、次第に金持ちになっていった。

 あの時代の援助ってのは金じゃなくて土地の寄進だ。

 つまり “テンプル騎士団” は、国をまたいだ大地主になってったってわけだ」


「……」


 アッシュロードさんが語る “この世界の人が知るはずのない知識” に、わたしは黙って耳を傾けます。

 この人にはこういう時があるのです……。

 自分でも気づかないまま、異世界の未知の知識を語ってしまう時が……。

 もちろん、これまでもそうだったように指摘はしません。

 そんなことをすれば、この人が戸惑うだけだからです。


「土地成金になった奴らは、不動産だの貿易だの金融だの、とにかくあらゆる商売に手を染めていった。史上初の多国籍企業になったのさ。なんといっても教皇からお墨付きをもらった国境知らずの奴らだからな。やりたい放題だ」


「つまり、彼らは信仰篤き軍隊でありながら、利に(さと)い企業家の集団でもある……というわけですか?」


「ああ、そういうことだ」


 アッシュロードさんはうなずくと、ゲッソリした表情で続けました。


「俺ぁ、おまえに言われるまで、奴らを天使に操られているただの狂信者だと思い込んでた。

 突然 “異世界召喚” された挙げ句、ずっと信仰の対象にしてた存在が目の前に現れて、これぞ神の奇跡とばかりに、正常な判断力なんてぶっ飛んじまったんだろうって。実際、奴らと向き合って感じたの純然たる狂気だったわけだしな。

 だからそんな奴らに話が通じるはずがねえと、最初の段階で交渉相手から外しちまった」


 それは……仕方のないことでしょう。

 神殿では、一〇〇人以上の騎士や兵士に追い掛けられ、あわや殺されかけたのですから。

 アッシュロードさんが彼らを狂気の集団と認識したのは、当然かもしれません。

 “十字軍” の時代は中世以前。

 二一世紀に生まれたわたしたちと違って、科学的知識などありません。

 量子論的並行世界の概念などあるはずもなく、この世界への転移を神の奇跡と捉えて、目の前に現れた天使に盲目的に従っても決して不自然ではありません。むしろその方がずっと自然です。


 そして何より、ここは迷宮なのです。

 過酷すぎる環境に、人間は狂気に憑かれて魔物になってゆくのです。

 あの “みすぼらしい男たち” のように。

 それは取りも直さず、わたしたちの未来の姿でもあるのです……。

 

「それで彼らを支配している “人の心を読む天使” をどう出し抜こうか、あれこれと頭を悩ませてたわけですね」


「~そういうことだ」


 微苦笑を浮かべたわたしを見て、ボリボリボリボリ、と頭を掻くアッシュロードさん。

 フケが飛びます。飛び散ります。

 ああ、もう、懐かしい光景ですね、まったく。

 わたしは、とても嬉しくなってしまいました。

 まったく、わたしもとことんヘンテコな人間です。


「だが――連中が利に敏い商人でもあるなら、いちいち面倒な天使を相手にする必要はねえかもしれねえ。“テンプル騎士団” の方を利で()()()()()()()、あとは奴らが天使を説得してくれる可能性が出てくる」


「天使にしてみれば、わたしたちとの取引を通じて “十字軍” の物資不足が少しでも解消さるなら、それに越したことはないのですものね」


「そういうことだ。天使どもの目的は “十字軍” を使って、悪魔ども勢力を削ぐことだからな。手下が強化され、悪魔の手下どもとこれまで以上に殺り合えるようになるなら、反対はしないだろう」


「逆に天使と直接交渉すれば、ほぼ確実に心を読まれるでしょうから、取引の()()()()が共倒れであることを見抜かれてしまうかもしれない……」


「そうだ」


 こうなってくると、この迷宮を根城にしていた海賊(コルセア)たちが、わたしたちの世界でいうアラビアンナイト風の風俗だったことが幸運でした。

 アッシュロードさんとドーラさんが尋問したところによると、彼らは悪魔側と取引関係にあったくせに、こっそり天使側(十字軍)にも取引を持ちかけていたらしいのです。

 ですが、“十字軍” は彼らの衣装を見るなり襲い掛かってきたらしく、それ以来海賊たちは天使側とは敵対関係に陥ったようでした。

 “十字軍” の側からしてみれば、ヨーロッパから聖地への地中海航路を脅かす、イスラムの海賊に見えたのでしょう。

 そして……おそらく海賊のこの話もあって、アッシュロードさんは遠回りをしてしまったのです。


「取引の場に天使が同席する――あるいは “テンプル騎士団”との交渉のあとに、天使に引見されるという危険はないでしょうか? もしあるのならどっちみち――」


「そりゃ、当然あるだろうな」


 わたしの危惧をあっさりと認めるアッシュロードさん。


「あ、あるのですか?」


「ないとは言い切れねえだろ。

 ただ、あの天使どもはガブほど人間に熱心には見えなかった。“十字軍” を見る目は使い捨ての駒を見るみてえに無感情だった。

 失敗したらしたで、また別の駒を見つけてくればいい――その程度にしか思ってねえなら、敢えてこっちの話に乗ってくる可能性もある。

 要は人間の方をその気にさせることだ。

 人間は、(かすみ)食って生きられるようには出来てねえからな」


「使い捨ての駒だからこそ “十字軍” の好きにやらせてみせるかもしれない、というわけですか……嫌な天使ですね」


「信仰っていう色眼鏡がなけりゃ、そんなもんだろうよ」


 肩をすくめるアッシュロードさんから空になった(すず)製のカップをもらうと、鉄鍋から新しい白湯をいれてあげます。


「……いけるかもしれね」


 アッシュロードさんは、わたしからカップを受け取るともう一度呟きました。


「それじゃ、問題は解決ですね!」


 わたしは胸に浮かぶ不安を打ち消すために、わざとはしゃいでみせました。

 “悪巧み” の方向性が定まったのです。

 あとは仕上げをご覧じろ……なわけですが、その仕上げをするのはもちろんこの人なわけで……。

 この人が自身が交渉に出向くわけで……。


「ああ、ひとつ目のはな」


「……へ? ひとつ目?」


 ひとつ目ということは、ふたつ目があるのですか?

 あるのですよね……それは当然。

 わたしの不安は、突然浮かんだ別の不安によって上書きされてしまったのです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 邪教神殿の方もどうにかしないとダメですからね~。 ヴァルレハが良い案出すんじゃないかと期待してます。
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