快男児と三姉妹
『金貨は使い道ないけど、どうするね?』
『一応持って帰ろう。ボッシュが何か拵えるのに使うかもしれん。それよりも――この宝箱、持って帰れねえか?』
『にゃんだって?』
それは前回の探索の終盤。
初めて登った第五層の手応えを測るために行った、ハクスラ後の会話だった。
アッシュロードの言葉を聞いたとき、ドーラは思わず頓狂な声を上げた。
宝ではなく、宝箱を持って帰る?
聞き間違えか、さもなくば冗談か。
しかし当の本人は大真面目な顔で、迷宮金貨の詰まっている宝箱に視線を向けている。
『私物を入れる箱なら、馬車に積んでたのが一緒に転移してきたじゃないのさ。別に新しいのはいらないんじゃないのかい?』
『いや、これが欲しんだ』
『よしなって。雷管は外したけど “爆弾” 自体は仕掛けられたままなんだ。箱が欲しいなら、もっと危なげがないのを――』
『いや、だからその “爆弾” が欲しいんだ』
『にゃんだって?』
・
・
・
「――あん時の礼だ、受け取れ!」
先を走るドーラにあっという間に引き離されていたアッシュロードが、叫ぶなり何かを追っ手に向かって放った。同時に嘆願される “焔柱” の加護。
数秒後、顔を正面に戻したくノ一の背中を、つんざくような轟音と振動がど突いた。
通常とは比較にならない燃焼――爆発。
アッシュロードの “とっておき”
爆弾の罠から作った特性の手榴弾が、炎の加護の威力を何倍にも増幅させたのだ。
この手投げ弾を作るために、アッシュロードはドーラの他にもジグやミーナといった盗賊 たちにも手伝わせ、宝箱から雷管を抜いた “爆弾” を集めさせていたのである。
もちろん中身の火薬を欲したからだ。
幸いにして “爆弾” の罠は低層でも仕掛けられている。
食料の調達や汲水作業の合間に、こまめに弱敵相手の強襲&強奪 を繰り返してどうにか必要量を確保すると、アッシュロードが求める仕様に合わせてヴァルレハが火薬の量を計算・調整し、最終的に “偉大なるボッシュ” が形にした。
火薬が湿気らないよう保管するには件の海藻が乾燥剤として、手榴弾にしてからは安定剤代わりの “恒楯”が、大いに役に立った。
特に “恒楯”の加護が施されていなければ、いくら直撃でないとはいえ “暗黒広間” で “死人使い” から複数の “焔爆” を受けた際に、アッシュロードは吹っ飛んでいただろう。
別々に集めておいた雷管を備えているので、起爆装置についた安全ピンを抜いて投げつければ、たとえ目標に命中しなくも、壁や床に当たった衝撃で爆発する。
安全ピンは溶かした迷宮金貨で作ってあり、金だけに腐食に強く、湿度の高い迷宮でも錆びることがない。
単体でもそこそこの威力があるが、やはり炎の魔法と併用することで、文字どおり爆発的な火勢を発生させる。
津波のように迫っていた “十字軍” の先頭中央で炸裂した手製の手榴弾は、三〇人以上を一時になぎ倒し、追っ手の足を止めた。
通常の “焔柱” の実に三倍を超える威力である。
(――惚れ惚れするよ! 快男児!)
先を走りながら、猫人のくノ一は心の内で賛嘆した。
まったくこの男の頭骨の中身は、迷宮金貨一〇〇万枚でも商えない価値がある。
迷宮探索者なら誰もが忌み嫌い、絶対に近づくことのない “爆弾” の罠を、自分たちの武器にしてしまうのだから。
異端の発想力としか言い様がない。
しかし、当のアッシュロードはそれどころではない。
軽量化の魔法が施されているとはいえ板金鎧を着込んだまま全力で走り、同時に炎の加護の嘆願と手榴弾の投擲までやってのけたのだ。
三七才の中年探索者は、すでに息が乱れ、顎が上がっていた。
それでも出口の扉に体当たりをして押し開け、外に出るとぜぇぜぇ言いながらまたすぐに閉ざし、ありったけの障壁の加護でこれを閉ざした。
神殿の構造上ここを封じてしまえば、入り口までぐるりと戻らなければ後を追うことはできない。
追っ手を絶ったアッシュロードは汗だくになりながら、ゲラゲラと笑いながら走るドーラの後を追って “聖なる神殿” から離れた。
“十字軍” が入り口の扉から外に出たときには、もちろん不敬な異教徒の姿はどこにもない。
◆◇◆
「「「……」」」
ぽつねんと地底湖の岸辺にしゃがみ込み、沖合を見つめる姉妹が三人。
九つ……ではなく、一九を頭に二才ずつ歳の離れた姉妹が三人。
こんにちは、なんだかお久しぶりのエバ・ライスライトです。
誰が言い始めたのかは知りませんが、いつのまにかわたしには、お姉さんがふたりも出来ていたようです。
一部の女性たちの間でいつの頃から少しずつ広まり、気がついたときには既成事実になっていました。
おそらくジグさんあたりが、現在お付き合いしている女官さんとの寝物語に語ったのが始まりではないか――と推測しているのですが、真相は藪の中ならぬ閨の中で、不明なままです。
「……遅いわね」
「……遅いわ」
「……遅いです」
一番上のお姉さんがため息を吐き、真ん中のお姉さんがやはり吐息で応じ、末妹のわたしが嘆息で同意します。
「……心配ね」
「……心配だわ」
「……心配です」
「「「……いろいろな意味で」」」
「「「……」」」
「最近思ってたんだけど、このところ彼女おとなしいと思わない?」
と、一番上のお姉さんが言いました。
「そうね、最初の頃はあなたともガンガンやりあってたのにね」
と、真ん中のお姉さんが答えました。
「ええと、フェルさんにお株を奪われてしまったとか?」
と、末妹のわたしが見解を示しました。
「彼女がそれぐらいでおとなしくなるタマなら、問題にはならないのだけれど……」
真ん中のお姉さんは怒るでもなく、余計に考え込む表情になりました。
なにげにタマとか言っちゃってます。
「余裕? この迷宮ならグレイといつでも一緒にいられるっていう?」
「くっ、ズルいわ。彼とパーティが組めるなんて」
「“善”と “悪” で混成パーティが組めませんからね、ここは……」
「あなたは中立なんだから、その気になれば組めるでしょう。わたしたちなんて “転向” しない限り絶対に無理なのよ」
「んだんだ」
一番上のお姉さんが憤り、二番目のお姉さんが渋面を作り、末妹のわたしがそのどちらにも同意します。
「わたしはパーティを組む組まない以前に、探索者じゃないのよ! ――ああ、なんでギルドに所属するなら、職員じゃなくて探索者にしなかったのかしら! そうすれば今頃は――」
一番上のお姉さんが嘆きます。
おそらくお姉さんの胸の中で、何度となく繰り返されてきた思いなのでしょう。
「迷宮は切った張ったの場所よ。惚れた腫れたは御門違い」
「「おまえが言うな!!」」
特大のブーメランを投げる真ん中のお姉さんに、上と下から猛烈な突っ込みが入ります。
「「「……」」」
「「「………………はぁ」」」
そして、これで今日何度目でしょう。
またしても重なる、三つの吐息。
「わたしたちって、彼女に比べると余裕がないわよね……」
「それは……確かに」
「ドーラさんだけじゃないわ。ヴァルレハさんもよ。わたしと大して違わないのに、なにか落ち着いているのよ」
「後から出てきたくせに~」
一番上のお姉さんに同意をしているようで、やはりブーメランを投げている真ん中のお姉さん。
「アッシュは意外と包容力のある大人の女性が好みなのかも――若さを強みにぐいぐい行くのは、もしかしたら逆効果なのかも」
「ちょっと」
「なに?」
「なによ、そのアッシュって」
「アッシュはアッシュよ。あなただってグレイって呼んでるでしょ」
「わたしは良いの、最初からだから! あなたいつから彼を愛称で呼べる仲になったのよ!」
「あら、だってアッシュはわたしの気持ちに気づいてくれていたのよ。彼、言ってくれたの。『おめぇは、俺に惚れているって』――きゃっ!」
自分で言っておいて、照れて両頬に手を添える一番上のお姉さん。
カワイイデスネー、トッテモカワイイデスネー(棒読み)。
「はぁ? 『俺は、おめぇに惚れている』じゃなければ、なんの意味もないわよ、そんな言葉――わたしなんて『愛してる』ってハッキリ口に出して伝えたんだから!」
「はぁ? それならわたしの方が上よ。口に出さなければ伝わらなかったなんて普段どんだけなのよ!」
「あんだけ露骨にモーションかけてれば誰だって気づくわよ!」
「ブーメラン、三投目!」
「「――ぐぬぬぬぬっ!!!」」
(…………これが若さか)
と、ふたりのお姉さんの仲睦まじさに、本当にこれで今日何度目かの深い溜息を漏らしたとき、視線の先、波打つ地底湖の沖合に明かりが点りました。
「「「――あっ!!!」」」
三姉妹はぴょんと跳び上がるとお互いの両手を重ねて、沖合に浮かぶ孤島に喜悦に溢れた顔を向けました。
「「「還ってきた!!!」」」
近づいてきます、近づいてきます!
“永光”の魔法光が、湖面を渡ってゆっくりですが着実にこっちに向かってきます!
やがて……波音に紛れて水っぽい足音が耳に届き、視界の中にふたつの人影が現れました。
「――おや、三人揃ってお出迎えかい? ありがたいね」
魔法光に照らされたドーラさんが、いつものように快活に笑いました。
そして――。
「…………今還った」
対照的に、その日の激務に疲れ切ったお父さんのような表情で、アッシュロードさんが言いました。
「「「お帰りなさい!」」」
そして三姉妹は大好きなお父さん(お兄さん?)に駆け寄り、感動の再会――にはならなかったのです。
なぜならいかなる因果の果ての事象なのか、突然頭上からドサドサドサと数羽の丸々と太った “コカトリス” と、大量の “動き回る蔓草” が落ちてきて、アッシュロードさんとわたしたちとの間に壁を作ってしまったからです。
唖然。
呆然。
愕然。
慄然。
頭の先から尻尾の先まで……まったく意味がわかりません。
「「ガブッ!!!」」
壁の向こうで、おそらくは空を見上げているであろうアッシュロードさんとドーラさんの、見事なユニゾンがこだましました……。







