テンプル★
わずかに開けた扉の隙間から、鉄靴の跫音も高らかに整然と隊伍を組んで行軍してくる騎士の一団が見えた。
全員が揃いの、剣、兜、鎖帷子、そして木製の大きめの盾で武装しており、白地に真紅の十字章を染め抜いた陣羽織をまとっている。
異教徒からの聖地の奪還・守護を目的に結成された篤信の軍隊 “十字軍” だ。
(……南から来たみたいだね)
(……ああ、回廊の終端に三つ並んだ扉があった。まだ調べちゃいねえが多分あそこから出てきたんだろう)
アッシュロードはつい先ほど描き記したばかりの地図を思い浮かべながら、ドーラの囁き声にうなずいた。
未踏破だった階層北東部の地図はほぼ埋まっていたが、回廊の南の終端にある三つの扉の奥だけは、まだ空白のままだった。
(……完全武装の戦支度。また物狂いの坊主たちの所へ攻め込むつもりかね?)
(……どこに行くにしろ、あれだけの人数が出て行くんだ。ねぐらは手薄になってると見ていいだろう。潜り込むなら今だ)
ふたりは玄室に身を潜めたまま “十字軍” が行き過ぎるのを待ち、鉄靴の音が十分に遠ざかってから扉を開けた。
まだ微かに聞こえる行軍の音とは反対方向に、そそくさと向かう。
区域の外縁を確認した際に一度通っているので、戸惑いはない。
ほどなく、北から南に並ぶ三つの扉を望む座標に着いた。
アッシュロードとドーラはうなずき合うと、一番北の扉から調べていった。
慎重に罠や見張りの有無を調べ、危険がないことを確認して扉を開ける。
一×一区画の玄室。入り口以外の扉は無し。
隠し扉や転移地点の類いも……無い。ただの小部屋。
次は中央の扉。
同じようにドーラが調べ、その背中をアッシュロードが守る。
一×一区画の玄室。入り口以外の扉は無し。
隠し扉や転移地点も無く、同様にただの小部屋だった。
((……))
これが迷宮だと言えばそれまでなのだが……なにか妙な気もする。
ふたりの古強者は同時に違和感を覚えたが、今は出来ることは三つ目の扉を調べることだけだ。
その三つ目が当たりだった。
扉の奥はやはり一×一の玄室だったが、入り口の真向かいの東側にもうひとつ扉があり、歩哨がふたり立っていた。
(……さて、どうするね? 始末して入るなら簡単だけど、あとあと面倒なことになるだろうね)
扉の隙間から顔を離すと、ドーラがアッシュロードに話を振った。
隠身の術を体得している自分ひとりならどうとでもなるが、相方は重装備を身につけた盾役の君主である。
(……見張りに手を掛けるのは論外だ)
アッシュロードは腰の雑嚢に手を突っ込み、水薬の小瓶を取り出した。
“光学透過の水薬”
この “龍の文鎮” がある西方アカシニアでは “隠れ身の薬” と呼ばれる魔法の水薬だ。
魔術師系第一位階に属する “透過” の呪文が封じられていて、身体に振りかければ光の反射・屈折がなくなり、たちどころに透明になれる。
(……ヴァルレハたちに感謝しねえとな)
アッシュロードが持ち込んだ品は、“要塞” での活劇の際に全て使い切ってしまっていたのだが、“緋色の矢” が四層の探索で見つけたものを回してくれたのだ。
(……念のために “静寂” も併用する。いつもの手だ)
(……あたしには必要ないけどね)
猫人のくノ一はにやりと笑い、相方の策を受け入れた。
アッシュロードはまず水薬から使い、次いで “静寂” の加護を願った。
姿は見えず、音もせず。
だがロープで互いの身体をつなぐアンザイレンは必要ない。
ふたりは熟練者の前衛職だ。
ようやく尻から卵の殻がとれたヒヨッコではない。
気配を読むことには長けている。
アッシュロードとドーラは最南の扉をわずかに開き身体を滑り込ませると、すぐにまた閉じた。
距離があり音もしなかったので、歩哨が気づいた様子はない。
問題はここからだ。
ふたりの歩哨が間近に立つ奥の扉をどう開け、どう抜けるか。
しかし、今回は幸運の女神が微笑んだ。
姿を消したアッシュロードたちの眼前で扉が開き、中から分隊規模の “十字軍” が出てきたのだ。
人数からして拠点周辺の巡回警備か、あるは食料の調達か。
とにかく、出てきた連中が見張りと声を交わしている隙に、アッシュロードとドーラはこれ幸いにと中に侵入してしまった。
((……っ))
思わず口から零れた驚きが、“静寂” の効果で声にならずツイていた。
そこは地下迷宮の中とは思えぬ規模の、壮麗な神殿だった。
禍々しい邪気を放っていたもうひとつの神殿とは対照的な、荘厳で厳粛な空間。
“カドルトス寺院” を訪れた際に感じる神気にも似た気配が漂うその空間は、紛れもなく何らかの信仰の拠点であろう。
それにしても、なんと絢爛豪華なのだろうか。
壁も、柱も、床さえも、そのほとんどが黄金で出来ている。
まるで迷宮中の財宝を集めて溶かし、石壁や立柱に固め直したようである。
(信仰というよりも富と権力の神殿だな。拝金趣味もここに極まれり――だ)
アッシュロードの腹の底に嫌悪感がわだかまる。
せっかくの神気もこれでは台無しだ。
十字軍の中核である “神殿騎士団” は、世界で初めての多国籍企業として莫大な富を築いたというが……。
どうやら、こんな異世界のこんな迷宮に召喚された後も、経済活動をやめなかったらしい。
ドーラの気配が動いた。
アッシュロードも続く。
神殿の中央に祭壇らしきものが見えるが、防衛のためだろう。段差があり、ぐるっと回り込まないとたどり着けない構造になっていた。
ドーラの気配はまず東に向かい、それから北に進路を変えた。
正方形の神殿の外周を、ちょうど反時計回りに進んでいる形だ。
途中幾度となく、騎士や兵士たちの宿舎とおぼしき施設を通り過ぎる。
(……なんってこったい。海賊とタメを張れる規模じゃないか)
神殿の外周を埋め尽くすように寄宿している人数を見て、ドーラは舌を巻いた。
その規模は軽く一個中隊、二〇〇人以上はいる。
外に出ている連中も加えればそれ以上だ。
(……でも、あまりいいもんは食ってないみたいだね)
騎士も兵士も、揃いも揃って痩せぎすで血色も悪い。
加護を修めた騎士に率いられているのだから、ある程度の負傷や病気なら治療ができるだろう。
だが、加護では空腹は癒やせない。
食料以外の物資不足も深刻のようだ。
特に火が焚かれていない。
死体が腐らずに屍蝋化してしまうほどの低温多湿の迷宮である。
燃料事情は最悪で、寒さに震え虱の湧いたボロ毛布にくるまっての生活はさぞかし過酷なことだろう。
(……本当にヴァルレハ様々だよ)
自分たちの燃料事情を一挙に解決した妙齢の魔術師を思い浮かべて、ドーラは何度目かの感謝の念を捧げた。
ほどなく水薬と加護の効果が切れた。
ふたりの古強者は整然と立ち並ぶ立柱の陰に身を潜めながら、時に息を殺し、時に早足で駆け抜け、神殿の中心を目指した。
進むにつれて、入り口で感じた神気が手で触れるほど濃密になった。
この気配には覚えがある。
つい半日ほど前に分かれたばかりの気配にそっくりだ。
果たして、アッシュロードとドーラの予感は当たった。
ふたりの古強者探索者が神殿の最奥で見たものは、多くの騎士や兵士に傅かれた “天使” だった。







