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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
292/669

守護天使★

「そいじゃ、この迷宮について教えとくれよ。特に “妖獣(THE THING)” について」


 知っていることをなんでもお喋りしてくれるという熾天使(ガブリエル)に、ドーラはここぞとばかりに問うた。

 天界という遙か高み(高次元)から覗き見てきたのだ。

 千里眼よろしく、迷宮の隅々まで熟知していると思うのは人情だろう。

 しかし……。


「ごめんなさい。わたしはまだここのことはよく知らないの。だって今日初めて降りてきたのですもの」


 熾天使の完璧な造形の容貌が、突然無機質になる。


「他の兄弟たちはよく降りてきているようなのだけど、わたしはあまり暗くてジメジメしたところは好きではないの」


「「……」」


 つまりこの六枚羽の天使からは、迷宮の情報は得られないというわけだ。

 まぁ、世の中そんなものだろうよ……。


「代わりに “楽園” のお話はどう? “崩れた塔” のお話も面白くてよ? それとも滅び去った “ふたつの悪徳の街” のお話は?」


 役に立てなくて申し訳ないと思ったのか。

 ガブリエルがパムッと両手を合わせ(……きっと彼女の癖なのだろう)、“とっておき” を話してあげる! ――的に表情を再び輝かせた。


「――いや、そいつは確かにどれも面白そうだが、ここで愚図愚図しちゃいられねぇんだ。俺たちもこんな暗くてジメジメした場所から早く出てえんでな」


 アッシュロードが柄にもなく、こちらもすまなげに答えた。

 ズレてはいるが底抜けに純粋な善意と厚意を無下にするのは、“(イビル)” とはいえ元来が小心者である彼には心苦しくやりにくい。


「そうね、人間の時間はわたしたちに比べてとても短いですもの。あなたの言うことは理解できるわ、アッシュロード。確かにこんな場所に長居はしたくない」


 最高位の天使は、やさぐれた迷宮保険屋に理解を示した。


「でも、それではわたしの気がすまなくてよ。だってこんなに楽しいお喋りは本当に久しぶりだったのですもの。ルシフェルがいなくなってからきっと初めてね――いいわ、あなたたちはここから出たいのでしょう? わたしが一緒に行ってあげる」


「「――はぁ?」」


 ガブリエルの突然の申し出に、アッシュロードとドーラの口から頓狂な声が漏れた。


「本来熾天使(わたしたち)は人間の “守護天使” にはならないのだけれど、あなたたちは特別よ」


「……それはつまり、あたしらのパーティに加わってくれる……そういうわけかい?」


 パムッ! パムッ! パムッ!


 呆れ返ったドーラの言葉に、ガブリエルが嬉々とした反応を示す。


「パーティ! 素敵! 素敵! そうよ、パーティよ! これでわたしも探索者になったのね! 冒険だわ! 迷宮探索よ!」


((……え~~~))


「あ、あのな、ガブリエル」


「なぁに、アッシュロー――ハッ、違うわ、ガブリエル! 違う違う!」


 天敵であるホビットの顔面神経痛が移ったかのようなアッシュロードに、突然姿勢を正す守護天使。


「Yes! Leader!」


「「……」」


「――あ、敬礼とかいうのもするのかしら?」


「い、いや、探索者のパーティは軍隊の分隊じゃねえから普通にしてくれ……」


「そうなの。それは少し楽しくないわ」


(あ~……わかった。俺、わかっちまった。こいつの()()()()()にそっくりだわ)


 目の前の天使に “某聖女” の姿が重なって、休業中の迷宮保険屋は心の底からゲンナリした。


「……行くべ」


「……そうさね。とにかくこの暗黒回廊(ダークゾーン) ……じゃもうなくなってるけど、ここから出ないと」


 ガブリエルが発する光背に照らされ、暗黒回廊の真の闇は払われている。

 ふたり……三人がいるのは、まるで第三層の一方通行の大広間を思わせるような、広大な空間だった。


「取りあえず、この広間の外縁(アウトライン)だ」


 アッシュロードは雑嚢から地図が描かれた羊皮紙を取り出し広げると、手早くこれまでに判明している部分を描き込んだ。


「今いるのはおそらくここだ。第五階層の “()6、()6”」


 ドーラが地図をのぞき込み、ガブリエルも(なら)う。

 ガブリエルの場合は座標がどうこうよりも、地図をのぞき込むという行為そのものが新鮮で楽しいらしい。


「あんた、戦えるのかい?」


「天使は皆勇猛な戦士なのよ。“神ために戦う善なる天の軍団” だと、人間たちは昔から言っているわ……本当は違うのに」


 最後、ガブリエルは感情のない表情でいった。


「……出発だ」


 三人はドーラ、アッシュロード、ガブリエルの順で、大広間の壁を右手見ながら反時計回りに進んだ。

 ガブリエルが殿(しんがり)なのは、もちろんそうしなければ眩しくて敵わないからである。

 闇が払われたことで、探索は打って変わって楽になった。

 魔物に遭遇することもなく、三人はあっというまに広間の外縁を固め終えた。

 そこは南北一二区画(ブロック)、東西一二区画の正方形の広大な区域(エリア)だった。


「正方形だが次元連結(ループ)してるので、地図の上ではそうは見えない」


「壁がなくてただの広間なのは、その方が暗闇では迷いやすいからね」


 本人はそれでも探索者然しているつもりなのだろう。

 ガブリエルが素人臭い仕草で、再び地図をのぞき込んだ。


「そのとおりだ。ここまで広くなると、ゴチャゴチャした壁なんか却って不要になる。逆に目印になっちまうからな」


 うなずきながらアッシュロードは、ごく自然にこの広間の()()を見抜いた天使に内心で舌を巻いた。


「あたしたちは、ちょうどこの壁の向こうから来たのさ」


 ドーラが果てしなく東西に続く内壁を、爪先でコツンと蹴った。

 この内壁の向こうには、十字形の玄室と突風の吹き出る扉が――あるはずだった。


「広間の外周の壁に扉はなかったわ」


 ガブリエルが首をかしげた。


「どうやって、ここから出るの?」


「外周の壁に隠し扉(シークレット・ドア)がないのなら、広間のどこかに他の区域への転移地点(テレポイント)強制連結路(シュート)があるはずだ」


「隠し扉はなかったわ」


 即答するガブリエル。


「本当か?」


「本当よ。間違いないわ」


「“永光コンティニュアル・ライト” よりも明るい、天使の後光で照らしても見つからなかったんだ。確かだろうね」


 パーティの斥候(スカウト) でもあるドーラが、ガブリエルを支持した。


「~天使ってのは、まったく大したもんだ」


「そうさね、これで戦いでも役に立ってくれればいうことなしさ――」


「あら、それならすぐに立てそうよ。魔物が近づいてきているわ」


 ガブリエルの言葉どおり、彼女の放つ光の中に複数の魔物の姿が浮かび上がった。

 “虎男(ワータイガー)” たちに率いられた、“人食い虎(ベンガルタイガー)” の集団だ。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「多いな」


「“滅消の指輪” はまだ使えないのかい?」


「さっき “示位の指輪(コーディネイトリング)” を使ってみたが、効果がなかった」


「あれをやっければいいのね?」


「ああ――出来るのか?」


「もちろんよ。わたしはあなたたちの “守護天使ガーディアン・エンジェル” だもの」


 ガブリエルは胸を張ると、白く輝く三対の翼をバサッと広げた。

 そして魔物の群れに向かって無造作に右手をかざし、()()()で “対滅アカシック・アナイアレイター” をぶっ放した。



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― 新着の感想 ―
[一言] さすがガブリエル。 敵に回すと面白いですが、味方にすると恐ろしいですねw
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