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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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天使な脳天気

「初めまして、ドーラにアッシュロード。わたしは “ガブリエル” ――さあ、一時憂さを忘れて、楽しい楽しいお喋りをしましょう」


 底抜けに邪気のない、明朗な声。

 脳天気と言えばよいのか、世間知らずのお嬢様と表現するのが相応なのか……。

 六枚の純白の翼をパタパタさせると、歌うように “熾天使” がせがんだ。


「「……」」


 見た目は大人、中身は子供……はてさて、どうにも面倒なことになった。

 アッシュロードとドーラは “癒しの(リング オブ )指輪(ヒーリング)” 効果で徐々に治まりつつある火傷のひりつきよりも、突然現れたこの天使の扱いの方がよほど煩わしい。

 翼の数から見ても、このガブリエルという天使が “高位悪魔(グレーターデーモン)” を凌駕する力を持っていたとしもおかしくはない

 天使の実力(レベル)が翼の枚数に比例していることは、聖典を枕代わりに昼寝を楽しんでいるふたりの不信心者でも知っている。


((……物騒な得物(凶器)を持った子供みたいなもんか?))


 子供向けのお伽噺によくある類の話だ。

 強大な力を持っているが精神的に未成熟な存在と、関わったただの人間の物語。

 上手くあしらって幸福な結末を向かえる話もあれば、下手を打って破滅する展開もある。

 説教臭い寓話なら聞き流せるが、目の前の天使は現実だ。

 いくら “真龍(ラージブレス)” によって抑制されているとは言っても、生命力(ヒットポイント)が半減している現状では、抜き差しならない状況にはしたくない。


「どうしたの、ルシフェル? また昔みたいに楽しいお喋りをしましょうよ」


「俺の名はアッシュロードだって言われただろう。さっきも思ったんだが、あんたなんか勘違いをしてるぞ。俺はルシフェルなんて洒落た名前じゃねえし、天使の知り合いもいねえ。死の(きわ)には何度も立ったが、幸運なことにあんたのお仲間は現れなかった……今までは」


 戸惑いつつも軽口めいた言葉を返すアッシュロードに、ドーラの毛が鎖帷子(チェインメイル)の下でゾワリと逆立った。


(ルシフェル。やはり魔大公(ルシファー)のことか? だとするなら――)


 ドーラの利き手が、対話を始めたアッシュロードとガブリエルの目を盗んで、“悪の曲剣(イビル・サーバー)” に伸びた。

 彼女の任務は、アッシュロードの中に眠る “悪魔の石(デーモンコア)” の孵化を阻止することである。

 “悪魔の石” が孵化すれば、二〇年前にまだ “ミチユキ” と呼ばれていた頃のアッシュロードが打ち倒した魔王が復活してしまう。


 魔大公――魔王――ルシファー。


 かつて凶悪極まりない魔術師 “僭称者(役立たず)” と盟約を結び、リーンガミル聖王国を滅亡の淵にまで追い込んだ悪魔たちの王。

 召喚者である “僭称者” が “運命の騎士ナイト・オブ・ディステニー” となった王家の生き残り “弟王子” と相打ちになって果てたあとも、旧王城跡に穿たれた地下迷宮 “呪いの大穴” の最深部に潜み、魔物を召喚し続けた真の迷宮支配者アーク・ダンジョンマスター


 ミチユキとルシファー。


 危険極まる大迷宮の最奥でいかなる戦いが演じられたのか、ドーラは伝聞で知るだけで直接目にしてはいない。

 そこは勇者や賢者といった聖寵・恩寵を持つ冒険者であっても、足を踏み入れることのできない禁域だった。

 立ち入れるのは女神ニルダニスに運命の騎士と認められた者だけ。


 戦いは運命の騎士であり “全能者” でもあったミチユキが勝利し、敗れたルシファーは新たな憑代としてミチユキ本人を選んだ。

 退魔の聖剣(エセルナード)に貫かれる瞬間、ルシファーはミチユキの体内に魔王の卵である “悪魔の石” を宿らせた。

 弟王子亡きあと最後の王統として王位についた “姉王女(マグダラ)” は、ミチユキの中に新たな魔王の萌芽を見て取り、“禁呪” を用いて一切の記憶を封印しリーンガミルより放逐した。


 ドーラはそのミチユキ――アッシュロードの監視者なのだ。

 彼女の任務は、万難を排して魔王の復活を阻止すること。

 それには、最悪の場合アッシュロード自身の排除も含まれている。

 ドーラの右手が、魔剣の漆黒の(こしら)えに伸びたとき――。


「ルシフェルはわたしたちのお兄様よ。最も賢くて、最も強くて、最も美しい、わたしたち全員のお兄様。でも――そうね、今はまだ眠らせておいてあげましょう。恐い顔をした()()()のルシフェルには会いたくないもの」


 ガブリエルはあっさりと話を引っ込めた。


「……はぁ?」


 アッシュロードはさらに戸惑った。

 彼女がこういう個体(性格)なのか。

 それとも天使という種自体が、皆こういう精神構造をしているのか。

 どうにも人間の感覚とは噛み合わない。


「次はあなたたちの番よ――さあ、わたしの知らないお話を聞かせて」


 胸の前でパムッと手を合わせ、“熾天使” がねだる。

 六枚の翼はパタパタとせがむように羽ばたき、表情には好奇心が溢れかえっている。


「あたしたちは “真龍” に召喚された(もん)さね――」


 話し手はドーラが買って出た。

 アッシュロードとこの脳天気(マイペース)な天使を関わらせるのは、危険すぎる。

 今は興味の矛先がズレたようだが、いつまた “お兄様” の話を持ち出すかもしれない。

 元来話すのが苦手なアッシュロードは、これ幸いにと聞き手に回った。


「まあ!」


「そうなの?」


「素敵!」


「怖いわ……!」


「それは美味しそうね!」


 ガブリエルの相づちは馬鹿っぽく聞こえたが、知能は決して低くないことを古強者たちはすぐに悟った。

 むしろ高い……人を遙かに超えるレベルで。

 一度聞けばその話題の本質を理解するし、ドーラがあえてぼかした個所にもすぐに気づいて質問してくる。

 なによりこの “熾天使” は、()()()()()なようだった。

 それは人間が犬や猫に抱く感情に似ているのかもしれないが、少なくとも進んで害を加える気はないようである。


「――とまぁ、だいたいこんなところさね。あたしたちがこの迷宮にいる理由は」


 大まかな事情を語り終えるとドーラはガブリエルの反応を見た。


「面白いわ! すごく面白いわ! これが冒険なのね! ――ああ、なんて素敵なのかしら!」


「……気に入ってもらえたようでなによりだよ」


 血湧き肉躍る?冒険譚に大興奮のガブリエルを見て、ドーラは小さな吐息を漏らした。

 悪い娘ではないのだが……脱力する自分を誤魔化せない。

 だが気抜けしている場合ではない。


「今度はあんたの番だよ、ガブリエル。なにかあたしたちの()()の役に立ちそうな話を聞かせとくれ」


 ドーラは自分たちの都合よい方向へ話を誘導した。

 “お兄様” から意識を遠ざけるのはもちろんだが、この天使を上手くあしらえば、状況を好転させ、あるいは幸福な結末に向かえるかもしれない。


「――よいでしょう。それじゃ何か質問してみて。わたしの知っていることはなんでもお喋りしてあげる」


 ガブリエルはうなずき、再び胸の前でパムッと両手を合わせた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、なんかとうとう物語の本筋につながる情報が… [気になる点] なんか怖いんですよねこの天使 人の倫理観とか超越してそうで
[一言] ガブリエルは爆乳だと思ってます!
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