冗句★
“動き回る蔓草” の奇襲を、戦闘系聖職者として覚醒したフェルさんの活躍によって退けると、わたしたちは玄室東の扉を開けました。
現れたのは一×一区画の狭い玄室が続く一帯で、そこを抜けると今度は曲がりくねった長い回廊に出ました。
回廊は途中で二股に枝分かれしていましたが、結局どちらも行き止まりでした。
「やれやれ、何もなかったな」
「でもこれで、“毛糸玉” の第二の強制連結路で流されてきた区域は、全部埋まったよ」
パーシャがどこか嬉しそうに、ジグさんに地図を見せました。
地図係としては、地図の空白が埋まっていくのが快感なのでしょう。
気持ちはとてもよく分かります。
「階層の西から四分の三は埋まったな。西であと埋まってないのは、一階からの縄梯子を登って、すぐ西の区域だな」
答えたのはジグさんではなく、同様に地図をのぞき込んでいたレットさんでした。
「……逆に東四分の一は、まったくと言っていいほど埋まってない」
「つまり……東側四分の一は独立した区域ってこと? また二重構造?」
カドモフさんの指摘に、フェルさんが眉を顰めます。
二重構造なら、進入する方法を見つけなければなりません。
「いや、ここを見て――東の未踏破区域には、“毛糸玉” の入口手前にある扉から入れそうだよ」
パーシャが子供のように小さな手で、地図の一角を指差しました。
指の先には、階層中央部の玄室群――通称 “毛糸玉 “の直前に描かれた、まだ先の記されていない扉があります。
「あと北東のこの扉からも入れそう」
「そうなると、次に調べられる場所は三箇所ですね――どこから行きますか?」
わたしはレットさんを見ました。
「もちろん直通路の西からだ。外縁が確定してるのに中を埋めない手はない」
レットさんが生真面目に頷き、次の目標が決まりました。
「…… “石像の部屋” に踏み込む前に、階層の他をすべて調べてしまいたいからな」
「……そうですね」
声を低くしたレットさんに、今度はわたしが頷きました。
“石像の部屋” ……というのは、件の “大長征” の終盤で見つけた場所です。
北西区域にある玄室で、入口の周辺に石の彫像が林立していることから、こう呼ぶようになりました。
迷宮で石の彫像を見つけたら、まず “石化” 攻撃をしてくる魔物を警戒しなければなりません。
この階層では “コカトリス”
そしてなにより “妖獣” ――。
わたしたちは石化の治療ができる “神癒” を未修得だったうえに、長い彷徨で消耗し尽くしていたので、すぐに引き返したのでした。
「――ま、どんなことでもお楽しみは最後ってことさ」
「あ~! こいつ今絶対に嫌らしいこと考えた! 絶対考えた!」
肩を竦めたジグさんにパーシャが喰い付いたところで、わたしたちは出発しました。
ですが、結局直通路西の空白地帯にも、すでに踏破済みの玄室への転移地点 がひとつあっただけで、目ぼしい発見はありませんでした。
わたしたちは地図の西側四分の三が完成したことに満足するしかなく、気を取り直して “毛糸玉” に向かいました。
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「――それだよ。その右にあるのがまだ開けてない扉だよ」
“毛糸玉” の手前に着くと、パーシャが回廊の東にある扉を指差しました。
確かにこの扉の先には、まだ行ったことがありません。
ジグさんが扉に歩み寄り、他のメンバーが距離を取ります。
ほどなく安全が確認され、わたしたちは初めての扉を開けました。
扉の奥は、南に向かって突き出した少し歪な凸型の玄室でした。
凸の先端部と東に伸びる内壁の南側に、扉がふたつありました。
「奥の扉から調べてみよう」
レットさんが、まず東の内壁にある扉を選びました。
再びジグさんが危険の有無を探ります。
――罠も魔物の気配もなし。
ジグさんが振り返り、親指を立てました。
レットさんが頷き、扉を開けた瞬間――。
突然肌が焦げるような熱風が吹き荒れ、わたしたちを包み込みました!
「熱ちちちちちっっっ!!!」
パーシャが悲鳴を上げて飛び退きます!
実際 “恒楯” の加護で守られていなければ、高温の空気に直接さらされて熱傷を負っていたでしょう!
それでも、まるでサハラ砂漠に吹くと言われるギブリのようです!
全員が這々の体で扉の外に逃げ出します!
「な、なんだこれは!?」
「みなさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、なんとか」
「わたしもよ」
「……問題ない」
「酷い、髪が縮れちゃったよ」
突然の出来事に、全員が激しい動悸を隠せません。
幸いなことに、火傷を負った人はいないようです。
元々くせっ毛で縮れていたパーシャの髪が、少し焦げた程度で……。
「チェックポイントか?」
「またキーアイテムを持ってこいってか?」
額に浮いた汗を拭うレットさんの言葉に、ジグがさんがうんざりした様子で天(井)を仰ぎました。
「あとこの階で行ける場所は、すぐそこの南への扉か、北東区域の扉か――」
「…… “石像の部屋” か」
「ええ」
言葉を継いだカドモフさんに、フェルさんが頷いてみせます。
「まずはそこの扉からだ――意識を切らすな、集中していこう」
このレットさんという人は、本当に忍耐強い人です。
不平、不満、愚痴。
そういったパーティの士気を下げるような言葉は、決して口にしません。
まったく、リーダーの鑑のような人です。
「――おし、何度だって調べてやるぜ。離れててくれ」
普段軽口ばかり叩いていますが、扉があるたびにこの神経の磨り減る作業を行うジグさんもまた、別の意味で忍耐強い人です。
彼の集中を乱さないよう遠巻きに見守るわたしたちの前で、今日何度目かの扉の安全が確認されました。
ジグさんを先頭に、それでも慎重に扉の先に進みます。
そこは――玄室のというよりも広間という方が相応しい広い空間でした。
「……用心しろ。雰囲気が違う」
レットさんが緊張が滲む声で警戒を促しました。
言われるまでもなく、これまでの玄室や回廊とは空気の臭いと重さが違います。
「……見て、立て札」
最後尾から、フェルさんが前方を指差しました。
一区画ほど先に、プラカードを床に突き刺したような立て札看板が、これ見よがしに立てられています。
誰もが嫌な顔をしました。
迷宮にある立て札は、探索者を惑わす罠であることがほとんどだからです。
何があっても対応できるよう身心ともに身構えながら近づき、書かれている文言を確認します。
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
「「「「「「……」」」」」」
全員が硬直しました。
「……冗句?」
ややあって、一番最初にショックから立ち直ったパーシャが、不快極まりないといった顔つきで呟きました。
「……いや」
カドモフさんが戦斧を構え直しながら、短く否定しました。
「……どうやら本心から警告してくれているようだ」
ズルズル……ベチャッ……!
直後に聞こえてくる、水っぽい粘着質な何かが巨体を引きずるような音。
「……いえ、やっぱり冗句でしょう」
“永光” の光の中に現れたそれを見て、わたしは引きつった笑いで冗談めかしました。
冗談めかすしかないほど、魔法光の中に現れたのは “巨大なヒル” だったのです。







