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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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風のフェリリル

「――下がって!」


 そのとき凛とした声が響き、風が逆巻きました!


 声の主を確認する必要など、もちろんありません。

 ジグさんが、レットさんが、カドモフさんが――そしてわたしが、すかさず後方に飛び退き、(ツル)をのた打ち回せる “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” から距離を取ります。


「慈母なる女神 “ニルダニス “ の烈しき息吹持て――風よ、()き刃となれ!」


 これまでの彼女の祝詞とは明らかに違う、力強い詠唱。

 最後の韻が踏まれると同時に、フェルさんに向かって逆巻きに吹き込んでいた風が一転、疾風(はやて)となって再放射されました。


 風()乱舞!


 鋭い真空波(かまいたち)によって対象を集団(グループ)単位で切り刻む、聖職者系第六位階に属する強力な攻撃()()―― “烈風(ウィンド・ブレード)”です!

 同位階に治療魔法の切り札とも言える “神癒(ゴッド・ヒール)” があるため、まず嘆願されることのない加護ですが、今のフェルさんには関係ありません!

 パーシャの危機に、躊躇なく見えない刃を抜いたのです!


 カミソリよりも薄い真空の刃が、八本の “動き回る蔓草” を包み込み、まるでシュレッダーに掛けたように細断していきます。

 蔓が、茎が、枝が、幹が、一片の慈悲もなく切り飛ばされ、不可視の刃が草汁や果汁を巻き上げ、宙空に紫色の渦を出現させました。


 わたしは息を飲みました。

 威力はもちろんですが、驚嘆すべきはその精度です。

 一見、無差別に “蔓草(ヴァイン)” を切り刻んでいるように見えますが、フェルさんの操る真空波は、毛一筋の傷とてパーシャに付けていません。

 それどころか彼女の首に絞殺具(ギャロット)のごとく巻き付いていた蔓を、もがき暴れるパーシャを傷つけることなく、熟練の外科医が操るメスのように寸断していきます。

 

(す、凄いっ! こんな正確な魔法制御、わたしには到底真似できません!)


「おおっと!」


 最後の一本が切断され落下したパーシャを、短剣を放り投げたジグさんが危なげなく受け止めます。

 すべての “蔓草” の駆除を終えると、フェルさんが左手を軽く玄室の片隅に向けました。


 ドシャアァァ!!!


 宙に巻き上げられていた草汁や果汁が、彼女の手の先で大雨のように降り注ぎました。

 わたしたちには傷ひとつどころか、染みひとつ付いていません。


「――ふぅ」


 一息吐くと、


「カ・イ・カ・ン♥」


 フェルさんが晴れやかに微笑みました。

 自分の仕事を完璧にこなした満足感と充実感が、表情から溢れています。

 その愛らしいこと。愛らしいこと。

 エルフずる……くはないですよね。


 “神癒” を授かれなかったフェルさんは、“動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” の燃料化の後、作業場に残って毎日特訓していたのですから。

 乾燥した “海藻” を “烈風” で切断していたわけですが、最初は不揃いだった形が日を重ねるごとに均等になっていく様子には、目を見張らされました。

 元々風の精霊(シルフェ)とは相性のよいエルフ族ですが、わずかの時間でここまで “風” を使いこなせるようになるなんて……。


「す、凄いです、フェルさん」


「ありがとう。初めてだったから上手くいってよかったわ」


 目をパチクリさせて労ったわたしに、フェルさんが気恥ずかしげな笑みを返したとき、


「――げほっ! げほっ! げほっ!」


 大きくむせ返る声がしました。


「「パーシャッ!」」


「おい、大丈夫か!? これを飲めっ!」


 わたしとフェルさんが駆け寄る先で、ジグさんが腰から水袋を外してパーシャに手渡しました。


「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ――ぷはーっ! 死ぬかと思った!」


「そりゃ、首をくくられたんだからな」


「なによ、あの葡萄! あたいになんか恨みでもあるの!?」


 “聖水” の効果で息を吹き返したパーシャが、憤懣やるかたなし――といった表情で憤ります。

 パーシャが|ストラングレーションさ《くくられ》れるのは、これで二度目なのです。


「いつも乾し葡萄を沢山食べるから」


「還ったら、いつもの倍――いや三倍食べてやるんだから!」


 苦笑気味にいったわたしに、パーシャが報復?を宣言しました。


「これぞまさしく復讐の連鎖ね……」


「ええ、まったく……」


 呆れるフェルさんとわたしを尻目に、レットさんとカドモフさんが周囲を調べています。

 今いる場所は一×一区画(ブロック)の玄室で、南側にわたしたちの入ってきた扉が、東側にもうひとつ別の扉がありました。


宝箱(チェスト)がある――ジグ」


「おう」


 レットさんに呼ばれ、パーシャの側で片膝を突いていたジグさんが『(聖水は)ほどほどにしとけよ』――と言って立ち上がります。


「“蔓草(ヴァイン)” が宝を貯め込むとも思えねえな。前の()()のもんだろう」


 ジグさんが玄室の隅の宝場を調べている間に、わたしもパーシャの首の周りを確認します。


「もう大丈夫だってば」


「駄目よ。ちゃんと見せて」


「ふぁぁい」


「少し赤くなっていますが、ほとんど完治していますね。これなら重ねての治療は必要ないでしょう」


 “聖水” の効果は素晴らしく、パーシャの負傷(ダメージ)はほぼ回復していました。


「――迷宮金貨が詰まってるぐらいで、目ぼしいものはねえな」


 ホッと胸を撫で下ろしたわたしの背中に、ジグさんのボヤキが届きました。

 どうやら武具や魔道具の類は見つからなかったようです。

 酒場も宿屋も商店もない地下迷宮です。

 お金だけ得ても、使い道がないのでした。


「捨てていくほど無欲にもなれねえから、少しだけでも持っていくか――ん?」


「どうしました?」


「こいつは驚いた。目ぼしい物がないなんてとんでもないぜ――見ろ」


 ジグさんがそう言って金貨の山から何かを引き抜き、わたしたちに見せました。

 差し出されたそれは濃色のガラスの酒瓶で、中には不思議なことに、小さな帆船の模型が浮かんでいます。


「“瓶詰めの帆船模型シップ・イン・ア・ボトル” !」


 わたしは思わず歓声を上げてしまいました。


「もうひとつあったのですね!」


 これはとてもありがたい発見です。

 これがあればアッシュロードさんたちも、孤島にある第五層への直通縄梯子(ショートカット)を使うことができ、生還の確率が高まるでしょう。


「三階は二階と違ってほとんど魔物と遭遇しないから、ちっとばかしありがたみは薄いけどな」


 アッシュロードさんやドーラさんに同行して、何度か三層へ足を踏み入れたことのあるジグさんが苦笑混じりに言いました。


「それでもですよ。無駄な消耗は避けるに越したことはありません。塵も積もれば山となる怖ろしさは、わたしたちが誰よりも知っているではありませんか」

 

 わたしは微笑み、『これはわたし以外の人が持っていた方がよいですね』と、他の人を見渡しました。

 キーアイテムの所持はわたしの役目なのですが、“同じ籠に卵を盛る” のは避けた方がよいでしょう。


「それならわたしが持つわ。還ったらちゃんとグレイに渡しておくから」


 フェルさんが嬉しそうに自薦しました。

 むむっ! ちゃっかり八兵衛! ここにあり!

 やっぱり、エルフずるい、超ズルい!


「いえいえ、アッシュロードさんに()()()するのはわたしの持っている物ですよ。借りているのはこっちの品なのですから」

 

 悪しからず。


「むっ!」


 フェルさんの愛らしい顔が、一瞬で “般若( オーガ)” へと変容します。


気分転換(レクリエーション)はそこまでだ。先に進むぞ」


 レットさんの言葉に、わたしもフェルさんもすぐに表情を改め、気持ちを切り替えました。

 この階層への雪辱戦はまだ終わっていないのです。

 ジグさんを先頭に単縦陣を組むと、わたしたちは東の扉を開けました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 日常から使い続けてたのですか。 努力が実を結びましたね。
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