邪僧★
“呪死”
それは聖職者が授かる加護の中で、最も異質であり危険な加護だ。
帰依する神に嘆願し、対象となった者の “命” を奪う。
願いが聞き届けられれば、加護を受けた者はどんなに生命力が高くても即死する。
神の御手によって、命が持ち去られるのだ。
故に聞き届けられなければ、一切の影響がない。
成功率は嘆願者と対象のレベル差や、対象の死への抵抗力に左右され、失敗したときには無傷の敵に強かな反撃を受けることになる。
聖職者の多くは回復役であり、他のどの職業の者よりも生命を尊ぶ。
この加護を忌み嫌い、嘆願することなく生涯を終える者も多い。
同位階には “大癒” の加護もある。
彼らは命を奪うことより、救うことに価値を見出した者たちなのだ。
だが――禍々しい邪気を放つ大門から溢れ出てきた、緋色の祭服をまとった異形の僧侶たちは違った。
躊躇もなければ慈悲もない。
あるのはただただ、自分たちの神域を侵した者への燃えさかるような憎悪だけだ。
呪殺! 呪殺!! 呪殺!!!
次々に呪詛という名の祝詞が唱えられ、怨念の濁流が二人の古強者――アッシュロードとドーラに向かって押し寄せ呑み込む。
アッシュロードは怪僧の集団が口ずさんでいる祝詞に気づくや否や、反射的に “静寂” の加護を願いかけたがすぐに自制した。
“静寂” の加護が効果を及ぼすのは、一集団のみ。
異形の僧侶たちは、七×四集団もいる。
“呪死” を授かれるレベルは9。
つまりアッシュロードと眼前の男とたちとのレベル差は、最大でも4。
このレベル差では、例え一集団でも全員の加護を封じるのは困難だ。
どう考えても、焼け石に水だ。
「――アッシュ!」
ドーラが叩きつけるようにアッシュロードの名を叫んだ。
「ああ、ずらかるぞ!」
身をひるがえし、たった今入ってきたばかりの扉から脱兎の如く駆け出すふたり。
“呪死” が雨あられと投げつけられる前に、加護の射程外に出なければならない。
よほどの唱え手でない限り追走しながら加護の嘆願など出来やしないが、それでも数発の着弾は覚悟しなければならなかった。
(俺の特異体質は、魔法の “致命” にまで効果があるのかどうか)
体内に宿る “悪魔の石” の呪いによって、アッシュロードは致命の一撃、石化、麻痺といった特殊攻撃を受け付けない。
だが、それはすべて直接的な攻撃に限ったことであり、魔法の範疇に属する “呪死” に対しても効果が望めるかどうか。
アッシュロードはこれまでにも何度となく “呪死” を受けてはきたが、いずれの場面でも生き残ってきている。
だが、それが自分の特異体質故なのか、それとも単に唱えた相手が未熟で願いが聞き届けられなかっただけなのか、判断がつかない。
身軽なドーラはアッシュロードを引き離し、すで加護の射程外に出ようとしている。
となると、集中砲火を浴びるのは自分と言うことになる。
(―― “とっておき”)
息急き切って走るアッシュロードの頭の片隅で、その存在が過った。
“滅消” の効かない複数の敵への対抗策として、今回初めて仕込んできたもの――。
(まさか、こんなに早くお披露目になるとはな)
まさにこのような状況のために用意してきた品だが、早々に切り札を切ることになってしまった。
アッシュロードは走りながら口の中で祝詞を唱え、同時に右手を腰の裏の隠し袋に伸ばした。
間合いを計り――。
その時、アッシュロードの背後で鬨の声が上がった。
怪僧たち――のものではない。
武具が激しく鳴り響き、怒号がぶつかり合う。
振り返って状況を確認したアッシュロードの目に、ギョッとする光景が飛び込んできた。
どこからともなく現れた騎士の一団が、アッシュロードとドーラが蹴り開けた扉から邪神の神殿へと続く短い回廊に雪崩れ込み、怪僧――邪僧たちと激しく斬り結んでいたのだ。
「どうしたんだい、まるで戦だよ」
立ち止まり振り返ったドーラが、その様子を見て呆気に取られた。
緋色の祭服の邪僧たちと獰猛な戦いを演じているのは、白地に真紅で染め上げた十字章のサーコートをまとった騎士たちだった。
「アッシュ、あのシンボルは――」
「ああ、“十字軍” だ」
さすがのアッシュロードにも、この光景は予想の斜め上過ぎた。
(一体全体、この迷宮はどうなってやがる?)







