濛気の出立
濛気が立ち込める地底湖の “湖面”に、六人の人影が見え隠れしていた。
湖岸には彼・彼女らを見送る人間が立ち並び、しきりに手を振っている。
もっとも大きく振っているのは猫人族の幼女で、ピョンピョンと跳びはねながら これでもかと千切れんばかりだ。
彼女の守護者として左右を守っている、蛙と熊も同様だった。
他にも、六人の留守を預かる榛色のお下げ髪の少女や、婚約者の従士に寄り添われた身重の少女。
さらには彼女らの同僚であり友人である多くの侍女や女官たちが、皆一様に両手を合せ、心配げな表情で六人の無事を祈っていた。
探索者パーティ “フレンドシップ7” がつかの間の休養を終え、探索の途に就いたのである。
「――正直に言うとな、ボッシュ」
侍女たちから少し離れた場所で、やはり六人の探索者を見送っていたトリニティ・レインが、かたわらの老ドワーフに語りかけた。
「わたしとしては、もう彼らに――あの娘に探索に出てもらいたくはないのだよ」
苦笑混じりの友人の言葉に、老ドワーフは新雪を置いたような眉をわずかに上げた。
「エバ・ライスライトは女たちを中心に、この拠点――社会の精神的支柱になりつつある。万が一探索中に失われることがあれば、その損失は計り知れない」
一見すると一〇代前半に見える童顔の女性宰相は、視線の先で頭を下げる僧侶に目礼を返した。
「…… “銀髪の聖女” ならぬ “黒髪の聖女” か」
銀髪の聖女。
上代の時代、勇者と共に魔王を封じたと伝えられる女神ニルダニスの巫女。
実際、聖女の “恩寵” を持つエバ・ライスライトが秘めたる力を解放するとき、その黒髪は銀色へと変る。
銀の髪はニルダニスの象徴なのだ。
「そのとおりだ、ボッシュ。銀髪ではなく黒髪だ」
トリニティがうなずく。
その動作は小さかったが、力が籠もっていた。
「あの娘は “伝説の再来” としてではなく、あるがままの彼女自身として、信頼を――信仰を集めつつあるのだ。これは “伝説の再来” などよりも、はるかに奇跡的なことなのだよ」
「……かもしれんな。じゃが、伝説の始まりとは本来そういうものなのではないか」
老ドワーフは、思慮深くうなずいてみせた。
エバ・ライスライトは器量良しで優れた聖職者ではあるが、どこにでもいる年相応の娘でもある。
感情豊かで、よく笑い、よく泣き、よく食べ、さらには足元がお留守なためによく転ぶ。
怒りを表すことは滅多にないが、嫉妬は人並みに燃やし、想いを寄せている男に他の娘が近づくと、途端に笑顔が怖くなる。
律儀で面倒見がよく、馬鹿がつくほどの正直者。
誰にでも平等に接し、約束は違えない。
適度に隙がある(……というよりも隙だらけ)ので親近感が湧き、近寄りがたくもない。
「……あの娘のそういうところが、女どもの琴線に触れているのじゃろうよ。恩寵がどうとか加護がどうとか、そんなことではないのじゃろうて」
誰かが苦しめば、一緒に苦しみ。
誰かが悲しめば、一緒に悲しむ。
そしてその手を取って立ち上がり、共に立ち向かう。
聖女でなくても出来ることだが、だからといって誰もが出来ることでもない。
老ドワーフの視線の先で、異世界からきた少女が踵を返した。
白地に青を基調とした僧服が、たおやかに揺れる。
同色の僧帽には、金色に輝く “ダイアデム” が嵌められている。
彼女が宝物にしている品であり、封じられていた魔力を使い切りガラクタ同然の価値しかなかった物を、少女は暇さえあれば磨き上げ、ついには鉛色から山吹色に変えてしまった。
その輝きが、湖面から湧き起こる靄の中に消えていいく。
一足先に相棒のくノ一と発った想い人と同様、黒髪の少女は三度 “龍の文鎮” に挑むのである。
六人の影が完全に靄に遮られると、老ドワーフもまた踵を返した。
彼の仕事は、彼女らの支えとなり、還り着くことを望み、存分に憩える場所を造り上げ維持することだ。
そのために “偉大なるボッシュ” は、一切の妥協をするつもりはなかった。
◆◇◆
濛気が漂う湖面を渡りきり、“湖岸拠点” の対岸にある孤島に辿り着きました。
アッシュロードさんたちが第五層で手に入れた魔道具 “瓶詰めの帆船模型” は、未だその効果を失うことなく、わたしたちに水上歩行の魔法を付与し続けています。
この魔道具は、壊れることのない永久品なのです。
「――縄梯子を登る前に、もう一度装備の確認だ」
全員の上陸が終わると、レットさんが指示を出しました。
装備の確認は出立前にすでに済ませていたのですが、念には念を入れたのでしょう。
わたしたちがこれから登るのは、散々苦汁を飲まされた第四層なのです。
装備品のチェックは自身のみならず、同じ職業 の人間同士でも確認し合います。
レットさんはカドモフさんと。わたしはフェルさんと。軽装備のジグさんは身を屈めて、同じく軽装備のパーシャとお互いの装備を点検します。
わたしたちは全員がレベル11になり、装備品にも魔法の品が多く含まれるようになっていました。
①ジグ:盗賊:HP75:装甲値2
短剣+1
革鎧+1
小盾
ミスリルの篭手(篭手+2)
★竜属の牙の首飾り(装甲値-2の装飾品)
★聖水(“中癒” の水薬に相当する水)
②レット:戦士:HP111:装甲値1
段平+1
板金鎧
盾
兜
篭手
③カドモフ:戦士:HP111:装甲値1
戦斧+1
板金鎧
盾
兜
篭手
④ライスライト:僧侶:HP90:装甲値2
戦棍+1
鎖帷子+1
盾+1
頭部様リング(防御力はなし)
とっておき(???)
⑤パーシャ:魔術師:HP62:装甲値9
象牙の短刀(短刀+3 “善” の属性専用品)
ローブ
★空の護符(“凍波” の呪文が使用可能)
★翡翠の杖(“滅消” の呪文が使用可能 ※壊れやすい)
★聖水
⑥フェリリル:僧侶:HP90:装甲値3
戦棍+1
鎖帷子+1
盾
★大地の杖(“棘縛” の加護が使用可能)
+の表記が、魔法の武器・防具です。
★の表記が、魔法の道具や装飾品です。
まだ+1の品が多いですが、+2+3相当の品も混じっています。
「――はい、大丈夫です」
フェルさんの鎖帷子にほつれや弛みがないか入念に確かめ、わたしは問題のないことを確認しました。
戦棍や盾もです。
「ありがとう」
フェルさんが銀色に輝く杖を手に微笑みます。
わたしの装備は先にフェルさんに調べてもらっていて、こちらも不都合はありませんでした。
「あたいたちも問題なしだよ。ジグが女臭いだけ」
象牙造りの柄を持つ名刀 “ぶっ刺すもの” を腰のベルトに吊るしたパーシャが、右手で鼻を摘んで報告しました。
当たり前ですが、思い切り鼻声です。
「なんだ、パーシャ。妬いてるのか?」
「そうだよ、あんたのこと焼きたくて焼きたくてたまらないんだ、“焔嵐” で滅菌消毒」
「おおっと」
現在のお相手と明け方まで別れを惜しんでいたジグさんが、墓穴を掘ったとばかりに飛び退きました。
鼻から手を離して、イヒヒヒッ! と笑うパーシャ。
反対の手は、先端部に翡翠のはめ込まれた短めのロッドを握っています。
アッシュロードさんとドーラさんがやはり第五層の探索で見つけた魔道具で、 トリニティさんを通じて頂いた物です。
この迷宮を探索する上で最重要の魔法といっても過言ではない “滅消”の呪文が封じられている、大変貴重な品物です。
同じ呪文が封じられた “滅消の指輪” に比べ、一〇倍も壊れやすいという欠点があるため頻繁には使えませんが、ここぞという時の切り札にはなるはずです。
その他にも万が一の事態に備え、加護が使えないジグさんとパーシャに件の “聖水” が持たされていて、装備品の充実には目を見張るばかりです。
レベルも上がり、生命力や精神力も増え、新たな呪文や加護も修得しました。
わたしたちは、前回に比べて格段に強くなっています。
「――よし、今度は勝つぞ」
レットさんが力強く再戦の狼煙を上げ、“フレンドシップ7” は三度 “龍の文鎮”に挑むのでした。







