男たちの挽歌
「覚悟はいいか?」
黒衣の男が、集まった男たちを見渡して低い声で告げた。
「気が変わって抜けたくなった奴は遠慮するな。勝算はおそらく一割もない。命は大事だ」
だが離脱者はいなかった。
参集した男たちには、微塵の動揺も見られない。
そこにあるのは、すでに覚悟を決めた漢の顔、顔、顔――だ。
「今さらそいつを聞くのは野暮ってもんだぜ、アッシュロード」
革鎧に身を包んだ盗賊風の男が、ヘッと笑った。
「……ジグの言うとおりだ。今さら臆するようならここにはいない」
若きドワーフがムスりとうなずいてみせた。
見事に編み込んだ艶のある黒髭が、わずかに揺れる。
「まったく、揃いも揃って阿呆ばかりだな」
釣られて黒衣の男――アッシュロードも笑う。
「……だが、本当に彼女たちに知らせないままでよかったのか?」
やや赤見を帯びた金髪を短く刈り上げた戦士が、遠慮がちに言う。
戦士の脳裏には、恋人である緋色の髪の女戦士の顔が浮かんでいる。
敗北は怖れない。
だが、もし自分が何も言わないまま逝ってしまえば、彼女は烈火の如く怒り、そして悲しむだろう。
「こいつは女子供には向かない仕事だ」
戦士――レトグリアス・サンフォードに、アッシュロードは頭を振って見せた。
「抜けてもいいんだぞ。何を一番に考えるかは人それぞれだ」
「いや、俺も男だ。今さら引き返すつもりはない」
レットはキッパリと言い切った。
この戦いに参加すると決めたときに、未練は捨てている。
「では、そろそろ行くかの」
悠然とリーダーを促したのは、若いドワーフとは対照的な真っ白な髭を、やはり見事に編み込んだ老ドワーフだった。
「老い先短い身を、あまり待たせてくれるな」
“偉大なるボッシュ” が、真の友に向かってニヤリと笑いかけた。
「そうだな――それじゃ、行くか」
アッシュロードの言葉に、ジグが、カドモフが、レッドが、ボッシュが、各小隊を指揮する近衛騎士が、輜重隊を預かる主計長が――うなずく。
限りなく勝算の薄い戦い。
それでも男たちは集まった。
男には、負けると分かっていても戦わなければならないときがある。
立ち向かわなければならないときがある。
彼らはそれを知っていたのだ。
一番手はグレイ・アッシュロード。
この計画の発起人であり、“悪巧み” の発案者だ。
言い出しっぺの彼が、最も危険な一番槍をつけるのは当然だろう。
ポン……トクトクトク……グイッ!
「「「「「「「ど、どうだ?」」」」」」」
「――Wow!」
束の間の沈黙の後、アッシュロードは吠えた。
そして得物を二番手――彼がまず最初に計画に引きこんだ盗賊に差し出す。
空になった杯を受け取ったジグは再び樽の栓を抜き、空杯にバーガンディの液体を満たした。
ゴクリ……と唾を飲み込むや否や、一息に煽る。
「……」
「ジ、ジグ?」
「――Wow!」
心配げに声を掛けたレットに向かって、ジグは吠えた。
あとは空杯の奪い合いだった。
「――Wow!」
「――Wow!」
「――Wow!」
「――Wow!」
「――Wow!」
連発される、Wow!
「ずいぶんと若いが飲めなくはない。こいつは “大癒” 一回か?」
髭に滴っている葡萄酒を拭うと、ボッシュがアッシュロードに訊ねた。
「ああ――こっちの樽は “大癒”が一回に “中癒” が一回だ。こっちも試してみてくれ」
アッシュロードに促され、男たちが我先に別の樽からワインを注ぐ。
「――おっ! 味が深くなってるじゃねえか!」
「ふむっ、まだまだ若いが、確かにさっきの樽よりも熟成してるな」
「これなら “大癒” を三回もかければ、充分満足できるもんが造れるんじゃないですかね」
輜重隊を預かる主計長が口元を拭うと、満足気に顔をほころばせた。
「……しかし、まさかここまで上手くいくとはな。最初にアッシュロードから話を聞いたときは正気を疑ったが」
三杯目の葡萄酒を空けたカドモフが、ゲフッと漏らした。
負けると思っていた決死の戦い。
蓋を開けてみれば、歴史的な大勝利ではないか。
「まったくだ。なにせ葡萄を集めるだけで大仕事だったからな。ほとんどは女どもがレーズンだのオイルだのにしちまうし」
ジグが肩を竦めて苦笑する。
そう――彼ら戦っていたのは、葡萄酒造りという戦い。
だが葡萄酒を醸造するには、大量の葡萄の実が必要だ。
甘味として時折配給される乾し葡萄を辞退する代わりに、同量の葡萄の実をこっそり入手するのだが、いくら大粒の葡萄とはいっても発案者のアッシュロードだけではまったく足りない。
必要量の葡萄の実を確保するには、ある程度まとまった数の信頼できる同志が必要だった。
アッシュロードは密かに同じ志を持つ男たち(酒が飲みたくて飲みたくて辛抱たまらない野郎ども)を物色し、その中から口の固い信頼できる人間を見極め、少しずつ同志に加えていった。
問題はまだあった。
葡萄酒は発酵食品だ。
発酵とは葡萄の皮などに付着している酵母が、糖を分解させることを言う。
発酵が終わり、熟成してまともに飲めるようになるまで、最低でも一年は掛かる。
だが明日をも知れぬ迷宮の中で、そんな時間は掛けられない。
そこでアッシュロードは一計を案じた。
発酵力の弱い酵母に “癒やしの加護” を施し、分解力を高めることを思いついたのだ。
“癒やしの加護” は生物の自然治癒能力を一時的に高め、傷の回復を早める。
酵母の新陳代謝を促進し、発酵を早めようというわけだ。
話を打ち明けられた同志たちは、皆一様に呆れた。
当然だ。
発酵とは要するに腐敗である。
腐敗を早めるために、癒やしの加護を使おうというのだ。
男神だって、これにはびっくり仰天だろう。
しかし、アッシュロードの決意は揺らがなかった。
これぞ酒飲みの心意気。
ノンベの執念。
メチルを飲んで目が散る阿呆。
酒がない人生なんて、肉のない牛丼。
男たちは立ち塞がるありとあらゆる困難を排して邁進・驀進し、ついに今日この時を迎えたのである。
そしてそんな男たちの純真で誠実な行動に、彼らが帰依する酒神は、赤ら顔の酒臭い笑みで応えたのだった。
「――アッシュロード、そっちの樽はなんだ? それも葡萄酒か?」
四杯目を空けていい加減良い気分になっていたジグが、それでも目敏くまだ手を着けられていない樽に気づいた。
「ふっ、さすがに酒飲みの目は誤魔化せねえか――そうさ、こいつも葡萄酒だ。しかも “大癒” を六回施した、超熟のな」
「「「「「「「…… “大癒” を……六回……」」」」」」」
男たちのほろ酔い気分が吹き飛んだ。
“大癒” を六回……それはいったいどのような味わいなのか。
その熟成は、まさしく “超熟” といえるものではないのか。
「試してみるか?」
ニヤリ、と一同を見渡す首謀者。
もちろん、ここで臆する者などいない。
子供には夢。
男には勇気。
女には愛。
老人には安らぎ。
機械には油。
ノンベには酒。
神々はそれぞれに、それぞれの希望を与え賜ふたのだから。
しかし彼らが三つ目の樽の栓を抜くよりも早く、背後で複数の気配がした。
悪ガキたちの悪戯は、得てしてこういう結末を迎える。
「――男子のみなさん。こんな所でコソコソといったい何をしているのですか?」
振り返ると、いつの間にか学級委員を中心にクラスメートの女子たちがズラリと立ち並び、恐い顔で睨んでいた。
「あなたたちが、わたしたちに隠れて何かをやっていることには早くから気づいていました。でも、それがまさかお酒の密造だったなんて……」
はぁ~と深くため息を吐くと、顔を振り振り、お母さんは情けなくて涙も出ませんよ……といった風に、豊かな黒髪の学級委員が嘆く。
「み、密造酒たぁ、人聞きが悪いぜ。これは実験――そう実験だ。ほら、もし大々的に酒を造ってますなんて言って失敗したら、期待してた奴らがガックリ来ちまうだろ? だから俺たちは――」
「屁理屈はいいです」
「………………はい」
学級委員に一蹴される悪ガキ②。
「それでこの悪戯の首謀者はいったい誰なのです? ――って、そんなこと聞くまでもないですよね」
学級委員が、悪ガキ①に顔を向ける。
「ふははははっ! 一歩遅かったな、学級委員! 俺はこれと共に生き、これと共に死す! なんの後悔があるものか!」
悪ガキ①はそう叫ぶなり、自らが “超熟” と豪語した樽の栓を抜き、血のように赤い液体でタンブラーを満たした。
そして学級委員や他の女子が止める間もなく、口の端から零しながらゴクゴクと飲み干す。
「……」←学級委員
「……」←悪ガキ②
「……」←男子班長。
「……」←ヤングドワーフ男子。
「……」←オールドドワーフ男子。
「……」←エルフ女子。
「……」←ホビット女子。
「……」←ギルド女子。
「……」←赤毛の体育会系女子。
「……」←魔女っ子児童会長。
「……」←スケバンネコ(ヤンママ)。
そして、時は動き出す。
「ぐぼばぁーーーーーーッッッ!!!!」
口から炎吐くと、黒衣のガキ大将はその場で白目を剥いて悶絶した。
「ど、どうしたのですか!!?」
学級委員が駆け寄る。
「し、しっかりしてください! いったいどうしたのですか!?」
「……ブクブクブクッ……」
「あ~……これじゃ無理ないわ」
口から泡を噴く悪ガキを尻目に、ホビットの女子が転がってた空杯を持ち上げて、冷たく言った。
独特の、ツンッと鼻を刺す匂い。
三つ目の樽は、|中身が充分詰まっていなかった《酸素が多かった》のだろう。
発酵と同時に酸化が進みすぎて、ビネガーになっていたのだ。
「アッシュロードくん! しっかりしてください!」
「……さ、さ……」
「さ!? 『さ』――なんです!?」
「……酒は……隠れて飲むのがいいんだ……」
「あなたは中学生ですか!」
休息篇 おまけエピソード
男たちの挽歌(完)
これにて、休息は完了。
さあ、探索だ。







