表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
236/669

異邦の騎士★

挿絵(By みてみん)


「確かに誠意ある行いであった。礼を言うぞ、異邦の騎士たちよ」


 銀色のに輝く鎖帷子の上に、豪奢な陣羽織(シクラス)をまとった君主は厳かにいった。

 白地のサーコート(シクラス)に鮮やかに波打つ、真紅に染め抜かれた十字章。


「……十字軍(クルセイダー)……」


 アッシュロードの口から、彼の知識にはないはずの言葉が零れた。


「……十字軍(クルセイダー)か。久しく聞かぬ名だ」


 黒衣の君主と向かい合う白銀の君主の声に、苦痛が滲んだ。


「いかにも、わしは異教徒から聖地を守る誓いを立てた十字軍。そして “真龍(ラージ・ブレス)” によってこの地に召喚された、そなたたちの言うところの “転移者” だ」


 真紅の十字架が染め抜かれたサーコートをまとった騎士(君主)が、が重々しくも、どこか自嘲気味に頷いた。


「転移者――つまり、あんたはどこかよその世界の騎士様ってことだよね。このアカシニア以外の。そのあんたが、なんだってこんな岩山の迷宮で襤褸(ボロ)を被ってたのさ?」


「神は……戦場で卑怯な振る舞いをしたわしに、“真龍” を通じて罰を与え賜ふたのだ……」


「「……???」」


「テンプル騎士団は、神の名の下に戦う勇猛なる騎士団。戦場で敗れることなどあってはならぬし、もし敗れることあらば投降よりも殉教を選ぶ。だが、わしは……宿敵サラディンに幾度となく敗れた上に虜囚となり、残酷なる慈悲をもって解放された挙げ句に、あまつさえ再び囚われ殺された……!」


 その声は肺腑から振り絞るようであり、激しい怒りと屈辱、後悔に震えていた。


「そりゃまた……なんというか、見事な負けっぷりだね。あんたにとっちゃ、最初に捕虜になった時点で首を斬られてた方が、まだマシだっただろうに」


「だから残酷なる慈悲といった。サラディンの我と同胞(はらから)への見事な復讐よ。我が名誉は地に墜ち、同時にテンプル騎士団の名誉も失墜した」


「そこまでわかっていながら、なぜ自刃しなかった? 怖じ気づいたのか?」


 解せぬ……といった顔で、アッシュロードが訊ねた。


「違う。死を怖れたわけではない……ただ」


「ただ?」


「……わしは生きたかったのだ……ただ、それだけだったのだ」


 黒衣のヤサグレ君主と猫人のマスターくノ一は、顔を見合わせた。

 この()()()()の騎士。

 まともに戻ったように見えたが、まだ耄碌したままなのか?

 死を怖れるのと、ただ生きたいだけなのと、どう違うというのだ?


 その時三人のすぐ近くの空間が歪み、“召還門(ゲート)” が繋がった。

 暗黒の帳が常に垂れ込める地下迷宮とは対照的な、陽炎に揺れる灼熱の荒れ地。


「……おおっ! 主よ、感謝いたします……! あれこそは、まさしくヒッティーンの丘……!」


 感激に打ち震える騎士の視線の先では、陽炎に揺れる荒れ地をよろぼうように行軍する騎士や兵士たちの姿があった。


「……これで今度こそ汚名を雪ぐことができる」


 万感の想いが籠もった呟きを漏らすと、騎士がアッシュロードたちに向き直った。


「礼を言うぞ、異邦の騎士たちよ。そなたたちの誠意ある行動に報いるに、これでは足りぬかもしれぬが、どうか受け取ってもらいたい」


 そういって騎士が差し出したのは、黄金のメダリオンだった。


「これは……?」


「我が宝にして、生への執着――しかし、今こそわしは身も心も神に捧げよう」


 そして左腰に佩いた剣の柄に手を置き、カツカツと鉄靴を鳴らして、迷宮に繋がった岩だらけの荒野に向かって歩いて行く。


「――あんた、名は?」


 その真っ直ぐに伸びた背中に、猫背の男が声を掛けた。


「ジェラール・ド・リデフォール――テンプル騎士団、第一〇代総長グランドマスター


 騎士が振り返り、答えた。


「だが、今はただの十字軍(クルセイダー)に過ぎぬ」


 そうして、自らをただの十字軍と称した テンプル騎士団総長(クルセイダーロード)は、陽炎揺れる熱砂の戦場に消えていった。

 “門” が閉じ、迷宮が再び闇に包まれる。

 アッシュロードの掌で光るメダリオンだけが、異世界の騎士の存在を示していた。


「突然の登場に突然の退場――やれやれ、どっちが異邦人だか」


 毒気を抜かれた様子のドーラが、顔を左右に振った。


「――それで、そのメダリオンはキーアイテム《パスポート》なんだろうね?」


「わからん。だが、試してみる価値はありそうだ」


 キーアイテムとは、その名のとおり迷宮の通行不可な地点を通過するためのアイテムである。

 文字どおり鍵であるときもあるし、蛙や熊の置物(スタチュー)、あるいは青い(リボン)であったりもする。

 この “黄金のメダリオン” があれば、上層への縄梯子の手前にある転移地点(テレポイント)を無効化できるかもしれない。


 ふたりが期待を抱いて、件の座標に戻ってみると――。


「なんだい!? ハズレを掴まされたのかい!?」


 ()()()()()()()の前に再び転送され、ドーラが毛を逆立てて憤慨した。


「あの耄碌騎士修道士! まさか間違った品を渡したんじゃないだろうね!」


 憤懣やるかたなし! ……な相棒の横で、黒衣の君主はゴソゴソと雑嚢に手を突っ込み、巻いた地図を取り出した。

 広げて、ほぼほぼ埋まっているこの階層の全容を、ザッと流し見る。

 そしてある座標に目を留め、


「――いや、そうでもなさそうだ」


 といってから、さらに言葉を付け足す。


「――ただ、もう一手間必要だったみたいだな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このNPCってつまり、報われない魂をつなぎとめて永遠に使役しているって事ですかね? 世界龍蛇、容赦ないw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ