異邦の騎士★
「確かに誠意ある行いであった。礼を言うぞ、異邦の騎士たちよ」
銀色のに輝く鎖帷子の上に、豪奢な陣羽織をまとった君主は厳かにいった。
白地のサーコートに鮮やかに波打つ、真紅に染め抜かれた十字章。
「……十字軍……」
アッシュロードの口から、彼の知識にはないはずの言葉が零れた。
「……十字軍か。久しく聞かぬ名だ」
黒衣の君主と向かい合う白銀の君主の声に、苦痛が滲んだ。
「いかにも、わしは異教徒から聖地を守る誓いを立てた十字軍。そして “真龍” によってこの地に召喚された、そなたたちの言うところの “転移者” だ」
真紅の十字架が染め抜かれたサーコートをまとった騎士が、が重々しくも、どこか自嘲気味に頷いた。
「転移者――つまり、あんたはどこかよその世界の騎士様ってことだよね。このアカシニア以外の。そのあんたが、なんだってこんな岩山の迷宮で襤褸を被ってたのさ?」
「神は……戦場で卑怯な振る舞いをしたわしに、“真龍” を通じて罰を与え賜ふたのだ……」
「「……???」」
「テンプル騎士団は、神の名の下に戦う勇猛なる騎士団。戦場で敗れることなどあってはならぬし、もし敗れることあらば投降よりも殉教を選ぶ。だが、わしは……宿敵サラディンに幾度となく敗れた上に虜囚となり、残酷なる慈悲をもって解放された挙げ句に、あまつさえ再び囚われ殺された……!」
その声は肺腑から振り絞るようであり、激しい怒りと屈辱、後悔に震えていた。
「そりゃまた……なんというか、見事な負けっぷりだね。あんたにとっちゃ、最初に捕虜になった時点で首を斬られてた方が、まだマシだっただろうに」
「だから残酷なる慈悲といった。サラディンの我と同胞への見事な復讐よ。我が名誉は地に墜ち、同時にテンプル騎士団の名誉も失墜した」
「そこまでわかっていながら、なぜ自刃しなかった? 怖じ気づいたのか?」
解せぬ……といった顔で、アッシュロードが訊ねた。
「違う。死を怖れたわけではない……ただ」
「ただ?」
「……わしは生きたかったのだ……ただ、それだけだったのだ」
黒衣のヤサグレ君主と猫人のマスターくノ一は、顔を見合わせた。
このギンピカの騎士。
まともに戻ったように見えたが、まだ耄碌したままなのか?
死を怖れるのと、ただ生きたいだけなのと、どう違うというのだ?
その時三人のすぐ近くの空間が歪み、“召還門” が繋がった。
暗黒の帳が常に垂れ込める地下迷宮とは対照的な、陽炎に揺れる灼熱の荒れ地。
「……おおっ! 主よ、感謝いたします……! あれこそは、まさしくヒッティーンの丘……!」
感激に打ち震える騎士の視線の先では、陽炎に揺れる荒れ地をよろぼうように行軍する騎士や兵士たちの姿があった。
「……これで今度こそ汚名を雪ぐことができる」
万感の想いが籠もった呟きを漏らすと、騎士がアッシュロードたちに向き直った。
「礼を言うぞ、異邦の騎士たちよ。そなたたちの誠意ある行動に報いるに、これでは足りぬかもしれぬが、どうか受け取ってもらいたい」
そういって騎士が差し出したのは、黄金のメダリオンだった。
「これは……?」
「我が宝にして、生への執着――しかし、今こそわしは身も心も神に捧げよう」
そして左腰に佩いた剣の柄に手を置き、カツカツと鉄靴を鳴らして、迷宮に繋がった岩だらけの荒野に向かって歩いて行く。
「――あんた、名は?」
その真っ直ぐに伸びた背中に、猫背の男が声を掛けた。
「ジェラール・ド・リデフォール――テンプル騎士団、第一〇代総長」
騎士が振り返り、答えた。
「だが、今はただの十字軍に過ぎぬ」
そうして、自らをただの十字軍と称した テンプル騎士団総長は、陽炎揺れる熱砂の戦場に消えていった。
“門” が閉じ、迷宮が再び闇に包まれる。
アッシュロードの掌で光るメダリオンだけが、異世界の騎士の存在を示していた。
「突然の登場に突然の退場――やれやれ、どっちが異邦人だか」
毒気を抜かれた様子のドーラが、顔を左右に振った。
「――それで、そのメダリオンはキーアイテム《パスポート》なんだろうね?」
「わからん。だが、試してみる価値はありそうだ」
キーアイテムとは、その名のとおり迷宮の通行不可な地点を通過するためのアイテムである。
文字どおり鍵であるときもあるし、蛙や熊の置物、あるいは青い綬であったりもする。
この “黄金のメダリオン” があれば、上層への縄梯子の手前にある転移地点を無効化できるかもしれない。
ふたりが期待を抱いて、件の座標に戻ってみると――。
「なんだい!? ハズレを掴まされたのかい!?」
下層への縄梯子の前に再び転送され、ドーラが毛を逆立てて憤慨した。
「あの耄碌騎士修道士! まさか間違った品を渡したんじゃないだろうね!」
憤懣やるかたなし! ……な相棒の横で、黒衣の君主はゴソゴソと雑嚢に手を突っ込み、巻いた地図を取り出した。
広げて、ほぼほぼ埋まっているこの階層の全容を、ザッと流し見る。
そしてある座標に目を留め、
「――いや、そうでもなさそうだ」
といってから、さらに言葉を付け足す。
「――ただ、もう一手間必要だったみたいだな」







