お使い(クエスト)★
ふたりが地図に記された座標に戻ってみると、果たして老修道士はそこにいた。
「――よう、爺さん。またきたよ」
ドーラは知己にするように愛想良く、老いた修道士に笑いかけた。
猫は呼んでも来ないくせに、目を離しているといつの間にかすり寄っているものなのだ。
「……わしは探しておる……」
修道士が呟く。
やはり “迷宮支配者”の意を受けた “人外” なのだろう。
そうでなければ、こんな耄碌した老人が迷宮で生き長らえているはずがない。
ドーラはアッシュロードの言うとおりに違いないと思った。
やはりこの階層突破の鍵は、この男が握っているのだ。
ドーラたちの目的は、この迷宮から “妖獣” を駆逐することにある。
それが “真龍” が、一〇〇〇人にも及ぶリーンガミル親善訪問団を召喚した理由だからだ。
ドーラたちにしてみれば、迷惑極まりない上から目線な一方通行な話だが、“真龍” にしてみれば人間などその程度の存在なのだろう。
星の意思である世界蛇に、対等な扱いを期待する方がズレているのだ。
召喚者に文句を垂れている暇があるなら、とっとと害虫駆除を終わらせて、こんなジメジメした場所からオサラバするべきである。
そのためには、まず何はなくとも迷宮の全容を解明する必要があり、そのためには上層に行く必要があり、そのためにはこの呆けた男の探し物を見つけてやる必要があるのだ。
「あんたの探し物とやらなんだけどね、もうちょっとこう具体的な特徴とかわからないのかい? 物なのか、人なのか、せめてそれぐらいはさ。そいつがお使いを頼むうえでの最低限の誠意じゃないかね」
「……わしは探しておる……もうずっと……」
((……))
ドーラとアッシュロードは、やるせない吐息を重ねた。
これはあれか?
トリニティに頼んで精神潜行の儀式をしてもらうしかないのか?
この男の心は、さぞかし複雑怪奇な迷宮だろうよ。
……勘弁してくれ。
救いは意外なところから現われた。
よほど飢えていたいのか、あるいは退屈だったのか。
それとも、ねぐらの玄室を他の魔物に追い出されたのか。
迷宮の闇にポッカリと浮かんでいる “永光” の範囲内に、“略奪者” “魔女” “戦士(のなり損ない)” の集団が現われたのだ。
「――盗賊×4、魔女×7、戦士×2!」
ドーラが鋭く叫んだときには、アッシュロードは左右の手に剣を抜いていた。
同時に口の中で “静寂” の祝詞を唱え始める。
まず “魔女” の呪文を封じて、残りを撫で切りにする。
“魔女” が使えるのは第二位階までの初歩的な呪文だが、数が多い。
七匹に “火弓” や “昏睡” を連発されたらやっかいだ。
突然の怒号。
ドーラでもアッシュロードでも、迷宮に呑まれ魔物に堕した者たちでもない。
老いた修道士が狂気を孕んだ顔で、魔物の集団に向かって叫んでいた。
「おのれ、異教徒どもめ! 我ら “テンプルナイツ” の名誉に懸けて、聖地は渡さぬぞ!」
そして左腰に手を伸ばし、
「!? ――ない!? ないぞ! わしの――わしの魂がないぞ! わしの魂はどこだぁ!?」
と狂乱した。
「――面倒だ、使うよ!」
老修道士の豹変を目にしたドーラが、左手を魔物の集団にかざした。
すでに人間をやめている輩だ。
容赦も躊躇も必要ない。
“滅消の指輪” が封じられていた魔力を解放し、一三匹の魔物は一瞬の硬直のあと、ドシャッと大量の塵を迷宮の床にぶちまけた。
“滅消の指輪” は壊れ難いが、永久品ではない。
補充が望めない現状では、よほどのことがない限り使いたくない品だが、この状況では仕方がない。
幸いなことに指輪が鉛色に変ることはなかったが、ドーラの意識は貴重な 魔道具よりも、突然錯乱状態に陥った老いた修道士に向けられていた。
「ちょほいと、一体全体どうしちまったっていうんだい!?」
老修道士は、『わしの魂が!』『どこだ!?』『返せ!』などと虚空に向かって叫き散らし、完全に物狂いの様相を呈していた。
「やれやれ……ついにイッちまったかい」
憐れみの呟きを漏らしたくノ一の横で、黒衣のヤサグレ君主は老修道士が叫んだひとつの言葉に意識を奪われていた。
(……神殿騎士団だと?)
耳慣れぬ言葉だが、どこかで聞いた覚えがあるような気もする。
この世界に、神殿騎士団などという騎士団は存在しない。
カドルトス寺院にしろニルダニス寺院にしろ、自前の騎士団を持つことは “大アカシニア神聖統一帝国” や “リーンガミル聖王国”から厳しく禁じられている。
寺院が持てるのは、自警のための最低限の僧兵のみだ。
政治的支配層である王侯貴族が、信仰的支配層である寺院に必要以上の武力を与えないのは当然である。
宗教的権威が強力な武力を持つことほど、政治的支配層にとっての脅威はない。 なんとなれば、自らの武力を軸に神の名の下に信仰心の篤い民衆を扇動され、容易に取って代わられてしまう。
政治的支配層にしてみれば、他国による侵略以上の悪夢だ。
(……秘密結社的な騎士団か? いや、それならなぜ聞き覚えがある気がする……?)
アッシュロードは、自分の脳味噌が混乱しかけているのが分かった。
(問題を切り分けろ。神殿騎士団うんぬんは、この際関係はないはずだ、関係があるのは……)
ずっと探しているなにか……。
左腰に伸ばした手……。
直後の “魂がない” という叫び……。
男は騎士……。
(まさかとは思うが……)
「ドーラ、さっきの戦利品の中に剣があったな? 出してくれ」
「? ああ、ちょっと待ってな」
相棒の突然の言葉に戸惑いはしたものの、ドーラは背負い袋に無造作に突き刺してあった剣を引き抜き、アッシュロードに手渡した。
一時間ほど前の玄室での戦闘で得た段平で、魔剣かもとも思い担いできたのである。
「爺さん、あんたの探し物ってのはもしかしてこれか?」
アッシュロードは鞘の中程を握って、狂乱する老修道士に差し出した。
「おいおい、騎士の魂だから剣だっていうのかい? そりゃ、いくらなんでも短絡的ってもんじゃ……」
呆れたドーラが大仰に顔を振ったとき、修道士の錯乱がピタリと収まった。
「……お、おおっ!」
目が見開かれ、口からは驚嘆の呻き声が漏れた。
震える手が差し出された剣に伸びる。
痩せ衰えた骸骨のような指先が鞘に触れた瞬間――。
“永光”の加護を遙かに凌駕する閃光が走り、ふたりの古強者は視力を奪われた。
咄嗟に目蓋を閉じ前腕をかざしたため一時的な視力の喪失で済んだが、直視していたら失明していたかもしれない強力な聖光だった。
閃光が治まった気配に、慎重に腕を下ろして目を開けると、そこにいたのは狂気に憑かれた老いさらばえた修道士ではなかった。
磨き上げられた鎖帷子を身に付け、頭には黄金の冠をいただいた屈強な騎士――君主 。
「確かに誠意ある行いであった。礼を言うぞ、異邦の騎士たちよ」
銀色のに輝く鎖帷子の上に、豪奢な陣羽織をまとった君主は厳かにいった。
白地のサーコートに鮮やかに波打つ、真紅に染め抜かれた十字章。
「……十字軍……」
アッシュロードの口から、彼の知識にはないはずの言葉が零れた。







