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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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続・工匠神計画

 (かまど)を造るために、材料の石をもらいにボッシュさんの作業(工事?)現場に向かう、わたし、フェルさん、パーシャ、そしてアンの “フレンドシップ7”の四人娘。


(レットさんたちは、三人で “大蛇(アナコンダ)” 狩りに行ってしまいました。食料調達という名目ですが――ええ、分かっていますとも。“試し斬り”がしたいのですよね。まったく男の子というのは、いくつになっても子供です)


 ガキン、カキン! という騒々しくも規則正しい掘削音が聞こえないので、休憩中かな? と思ったところ、諸肌を脱いだボッシュさんが、ミスリル製のつるはしの柄に手を置いて、ヴァルレハさんと話し込んでいました。


「お邪魔します」


 おふたりに顔を向けられ、ペコリと頭を下げるわたしたち。


「……なんじゃ、石ならそこにあるから好きに持っていけ」


「あ、ありがとうございます」


 “偉大なるボッシュ” に一瞥され、アンが緊張しきりな様子で頭を下げます。

 きっと初めて石をもらいに来たときも、勇気を振り絞ってボッシュさんに話しかけたのでしょう(見かけだけなら、とても怖そうなお爺さんですから)。


「……そんな不細工な石塊(いしくれ)では大した竈は造れんじゃろうが、しばらく我慢しとれ。こっちの作業が終わったら、ちゃんとした石を切り出してやる」


 でも、このとおり。

 話してみると、とても気さくな人だとわかるのです。


「おトイレを造り終わったら、次は何を造るのですか? 何か考えているのでしょう?」


 思わず訊ねてしまいました。

 なんというワクワク感!


「……用水路だ」


「「「「用水路だってーーーっっ!!?」」」」


 ビックリたまげたMMR――です!


「……水浴びの度に、いちいち汲みにいってたら疲れるじゃろう。岸辺から水を引いてやる。風呂小屋の中にも水路を通せば、好きなだけ浴び放題だ」


「あ、あたい、このじっちゃんのお嫁さんになってもいい!」


 感動に打ち震えるパーシャに、激しく同意するわたしです。


(ああ、また浮気の虫が……許してください、アッシュロードさん)


「い、いつ工事に取りかかるの!? その水路はいつ出来るの!?」


「……水路を掘るだけなら一週間もあれば充分じゃろう。じゃが、その前に下調べがいる」


「下調べ?」


「汽水湖だから、下手に水の流れを変えると、せっかく見つけた水汲み場(淡水域)が使えなくなってしまうかもしれないのよ」


 怪訝な顔をしたパーシャに、ヴァルレハさんが説明してくれました。


「ああ、なるほどね。水路を造って水を引いたのはいいけど、勢い余って海水まで一緒に引きこんじゃうかもしんないもんね」


「……だから、この娘に手伝いを頼んだ」


 そういって、ボッシュさんがヴァルレハさんを見上げました。


「お任せください、尊きご老公。それでは――」


 ヴァルレハさんはボッシュさんに恭しく頭を下げると、わたしたちに優しく微笑んで、地底湖の方に歩いて行きました。

 “尊きご老公” とは、ドワーフの人たちへのとっておきの敬語らしいです。

 以前カドモフさんが同様の言い回しで、ボッシュさんを呼んでいました。


「じっちゃん、ヴァルレハに何を頼んだのさ?」


「……地底湖の流れの分析だ。水飲み場から水路を掘っても海水が混じらないか、計算してもらう」


 ドワーフは建築に関係ない計算は苦手じゃからな、とボッシュさん。


「……流れの計算には()()を流しての計測がいる。しばらく掛かるじゃろう。それまでに雪隠を掘って、あとは氷室だ」


「氷室? 氷室なんて造れ――あ、そうでしたね」


 わたしはポン! とオジサン臭く、拳で掌を叩きました。


「…… “凍波(ブリザード)” の呪文を使えば雑作もないだろうよ。この湿度だ。食い物は長持ちするにこしたことはない」


 四人娘は唸る……しかありません。

 この人を熟練者(マスタークラス)の近衛騎士としてではなく、工兵隊長として仕えさせているトレバーン陛下の気持ちが、今こそ理解できます。

 この人に()()()()()()()()なんて、もはや国家的損失としか言いようがありません。

 ガキン! カキン! と再びつるはしを振り始めたボッシュさんにお礼を言い、わたしたちは手頃と思える石をもらって、自分たちのかがり火に戻りました。


 竈……といっても、砕いた岩盤の欠片で造るのですから、それほど本格的な物でありません。

 コの字形に石を並べて積み上げただけの、簡単な代物です。

 ですが、火熱が逃げにくくなった分、お湯も早く湧くようになり、薪の節約にもなります。

 ちゃんとした竈は、ボッシュさんが石材を切り出してくれるまでお預けです。


「――出来ました!」


 アンが作業で汚れた手をパムッ! と叩いて、歓声を上げました。

 榛色(ヘイゼル)のふたつ結びの三つ編みが、嬉しそうに揺れています。


「お~、よくやった、よくやった」


 わたしはお姉さんぶって、うんうんと頷いてあげます。

 実はわたし、長らく周りの人から “天然不思議ちゃん” と思われていて、常にお姉さんぶられる立場だったので、なにやら快感だったりします。


「そ、そんな、わたしなんかに勿体ないです」


 うっすらとそばかすの浮いた顔の前で、慌てて手を振るアン。


「ねえ、せっかく竈が出来たんだしさ、お昼には少し早いけどなんか作ろうよ!」


 いてもたってもいられない、といった表情で提案したのは、もちろんパーシャです。


「食材は何が残ってるの?」


「配給のオートミールと干し肉が少しあります。蛇の肉は今朝食べた物が最後です」


 フェルさんの質問に答えるアン。


 “大蛇(アナコンダ)” の肉は生物なので、出来るだけ早く食べてしまわなければならないのです。

 それでも一昨日遅くに獲ったばかりだというのに、今朝食べたときにはもうかなり臭くなっていました。

 火を充分に通さなければ、食べられなかったでしょう。

 ボッシュさんが言われたとおり、この拠点で長く生活するのなら氷室は必須です。


「それじゃ、それでお粥を作ってみましょう。普通に作るのではつまらないので、昆布出汁の和風粥とかどうですか?」


 昆布も生物ですので、早く食べてしまわなければなりませんからね。

 蛇の肉にしろ昆布にしろ新しい物が獲れたら、氷室が完成するまではヴァルレハさんとノエルさんに頼んで、フリーズドライしてもらいましょう。

 本当にこの湿度は、人間だけでなく食べ物にとっても最悪の環境です。

 今のところ食中毒を起す人が出ていないのが、不思議なくらいです。


「和風って、エバの生まれた国の料理のことでしょ! なんか美味しそう!」


「新鮮なお肉は、レットさんたちが帰ってきてからのお楽しみと言うことで」


 そうしてわたしたちは、ワイワイがやがや、“昆布出汁の鹿肉入り麦粥” を作って楽しく食しました。

 大変、美味しゅうございました。

 大変、美味しゅうなかったのは、その日の晩ご飯でした。


「……すまん、一匹も獲れなかった」


 その日遅くに拠点に戻ってきたレットさんが、疲れ切った顔で告げました。

 ジグさんやカドモフさんの顔にも、疲労が滲んでいます。


「お疲れさま。そういう日もあるわよ」


 マグに注いだ熱い白湯を振る舞いながら、フェルさんが慰めました。


「でも狩りに出た他の人らも、みんな手ぶらで帰ってきたみたいよ」


 頭の中が蛇の肉で一杯だったパーシャが、歯ぎしりをしました。

 そして一転、


「まさか、早くも狩り尽しちゃったとか!」


 Oh No! と言わんばかりに、両手で頭を抱えます。


「単に遭遇(エンカウント)しなかっただけだとは思うが……」


「……だが “大蛇” ばかりを狙うのも考えものだろうよ……一〇〇〇人の人間がそればっか喰ってれば、遅かれ早かれ狩り尽す……いくら魔素に充ちた迷宮とは言っても、あの大きさになるまで何年もかかるだろうしな」


 白湯を啜り啜り、ジグさんが零しました。


「そんなこと言ったって、この階層(フロア)にあの蛇とケルプ以外、食べられそうな魔物なんていないじゃん」


 グ~、キュルルル~♪ と盛大に鳴るお腹を抱えて、ぼやくパーシャ。


「いえ、そんなことはないかもしれませんよ」


 欠食児童を慰めるべく、わたしは少しばかり悪戯っぽい笑顔を浮かべてみせます。


「パーシャ、あなたアナゴの蒲焼きを食べたことはありますか?」



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― 新着の感想 ―
[一言] ボッシュは戦闘面だけじゃなくて生活面で頼りになりますからね。 パーシャが結婚したくなるのもしょうがないかとw
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