掘建て小屋
最初の扉を抜けると、そこは南北二区画×東西一区画の玄室でした。
わたしたちは迷宮探索のセオリーに従って、地上への出入り口がある座標を迷宮の始点 “E0、N0”とすることを、事前の打ち合わせで決めています。
その座標から測量すると、玄室の南側一区画分は迷宮外璧の厚い岩盤に遮られていなければならないはずですが、玄室はまるで岩盤などなかったかのように南に伸び、さらにその突き当たりに扉まである始末です。
「不定形の構造か?」
「いえ。話によると “龍の文鎮” は “紫衣の魔女の迷宮” と同じ、正方形だって聞くわ」
ジグさんの言葉に、フェルさんが後方を警戒しながら背中越しに答えました。
「だとすると……」
「……いきなり次元連結か」
地図係のパーシャが、可愛らしい眉根を寄せました。
そして口の中で何事かを呟きます。
迷宮での自身の現在地を知る、“座標” の呪文です。
「うん、間違いない。次元連結してる。今あたいたちがいるのは、”E2、N19”だよ」
「やれやれ、のっけからこれじゃ先が思いやられるな」
「そうですね……」
ジグさんに相づちを打ちながら、わたしは初めて次元連結を体験したときのことを思い出していました。
忘れもしません。
アッシュロードさんとふたり、“みすぼらしい男” たちに連れ去られたリンダを回収するために潜った、地下二階でのことです。
「“紫衣の魔女の迷宮” では地下二階で現われる罠が、始点からこんなに近い座標にもう仕掛けれられています」
そうです。
これは紛れもない “罠” なのです。
迷宮探索でもっとも重要な作業ともいえる “地図の作成” を妨害する、静かで陰湿な罠。
この沈黙の罠に気づかなければ、初めてこの迷宮に足を踏み入れた探索者はいきなり間違った地図を描いてしまい、帰路を見失ってしまうかもしれません。
もし駆け出しの探索者なら、呪文や加護が尽きかけているでしょうし、そうなれば……。
「……なにかあるぞ」
カドモフさんが、南の扉に差異をみつけたようです。
「どこだ?」
隣にきたレットさんに、黙って巨大な扉の一角を指差す、若きドワーフ戦士。
「なに? なんなの?」
パーシャがピョンピョン跳ねて、ふたりの後ろから扉をのぞき込もうとしましたが、悲しいことにそれでも高さが足りません。
「傷文字だな……バ、バラ……ック……? “バラック”」
「掘建て小屋ぁ? 迷宮に? この先に?」
素っ頓狂な声をあげるパーシャ。
掘建て小屋……歴史の教科書の写真で見たぐらいの印象しかありません。
敗戦直後の日本。
空襲で何もかもが灰になってしまった焼け野原で、燃えかすの建材を利用して建てられた仮の住居。仮小屋。
「なんだか、不気味ですね……」
「そうね…… “紫衣の魔女の迷宮” とは、空気が違うわ……」
誰とはなく呟いたわたしに、フェルさんが小さく同意します。
深い森で生まれ育ったフェルさんは、空気や気配に人一倍敏感なのです。
「確かめてみよう」
レットさんが断を下しました。
入ってきたときと同じようにジグさんが扉を調べ、問題がないことを確認すると、わたしたちは南の扉を潜りました。
扉の奥は一×一の玄室でしたが、“永光” の光が点っているにもかかわらず、視界は利きませんでした。
なぜなら扉に刻まれた文字のとおり、そこには朽ちかけた掘建て小屋が、いくつも雑居していたからです。
「……(注意しろ)」
レットさんが無言で警戒をうながします。
仮小屋の陰に、魔物が潜んでいる危険があります。
全員が武器を手に、いつでも対応できる心構え・身構えで、掘建て小屋をひとつひとつ調べていきました。
「……うっ」
狭苦しい小屋の中には、埃とカビに塗れた、砕けた食器や壷の破片などが散乱していました。
壺は汚物溜めに使っていたのでしょう。
人がいなくなって大分時間が経過しているはずなのに、吐き気を催すような悪臭が漂っています。
一瞬、リンダが連れ去られたあの “ならず者” たちのアジトがフラッシュバックしましたが、無理やり頭から追い払いました。
「……間違いないよ。誰かが住んでたんだ……それも大勢で」
すべての仮小屋を調べ終えあと、パーシャが歪んだ顔で呟きました。
結局この玄室には七つの掘建て小屋がありましたが、そのどれにも人の姿はありませんでした。
あったのは、今なおハッキリと残る “生活臭” だけで……。
「東に次の扉がある。行ってみよう」
「……はい」
この迷宮は、前の迷宮以上に神経が磨り減ります。
わたしたちは再々度慎重に扉を調べてから、次の玄室に移りました。
そこも一×一の玄室でした。
同様に掘建て小屋の群れが立ち並んでいます。
一〇メートル四方の玄室に、ビッシリと肩を寄せ合うように密集している仮小屋の数々。
小屋から漏れ出た悪臭が、玄室に充満していることまで同じです。
ただ、違うのは……。
ズリュッ……ズリュッ……!
という、水っぽくも粘着質な音が、どこからともなく響いてくることでした。
その音はすぐに大きく近くなり、全員が武器を手に音のする方向に身構えた瞬間――。
バキバキバキッ!
仮小屋を数棟まとめて砕いて、正体を現しました。
「「「「「「うへぇ!」」」」」」
パーシャだけでなく、パーティの全員が呻きました。呻かずにはいられませんでした。
だって、だって。
だって、現われたのは巨大な、とても巨大な――。
「……あれも食うのか?」
カドモフさんが冗談ともとれる言葉をわたしに向けましたが、この寡黙な若きドワーフ戦士さんは何時いかなる時でも、冗談など口にしません
だからわたしも、真面目に答えます。
「い、いえ、さすがにあれは――だってあれ、ナメクジですよ!」
そうなのです。
掘建て小屋を木っ端と砕いて現われたのは、体長五メートル(“高位悪魔” の身長と同じです!)はある、“大ナメクジ” だったのです。
まったく動き回る巨大昆布といい、大蛇といい、この迷宮は気持ち悪すぎです!
「なに食えば、あんなにデカくなるんだ!?」
「あたいたちに決まってるでしょ! 馬鹿ジグ!」
「――やるぞ! 前衛は奴を引きつけろ!」
「「「「「了解!」」」」」
そうです! 食べられない魔物に用はありません!
ならば退治して、経験値として美味しくいただくまでです!
「―― “フレンドシップ7”! 押し通ります!」







