主婦力★
「きゃーーーっ!」
地底湖湖岸の拠点に、絹を裂くような女の人の悲鳴が響き渡りました。
誰もが一斉に、叫び声がした方を振り向きます。
いくつも焚かれているかがり火と、聖職者が点した“永光”の明かりの中にそれが現われたとき、わたしは驚きよりも怖れよりも、まず先に直感しました。
あれはいける!
――と。
そして叫びます。
「突撃! 今夜の晩ご飯!」
「「「「「「「「「「「あれも食うのかよ!」」」」」」」」」」」
周囲から総ツッコミを入れられますが、キニシナイ。
わたしの意識は、突如として現われたそれに注がれていたからです。
先ほど飲料水を探しに出たときに、アッシュロードさんが施してくれた “認知” の効果が続いていたわたしには、すぐにその正体がわかりました。
体長一〇メートルに及ぶ巨大な蛇。
パイソン科と並ぶ、大蛇を代表するボア科の一種 “アナコンダ” です。
あれは――あれは――。
あれは食べ応えがありそうです!
“大蛇”はその巨体からは想像できないほど素早く動き、隙を見せればあっという間に巻き付かれて、全身の骨をバキボキに砕かれた上に丸呑みされてしまいます。
駆け出しの探索者には、大いに強敵でしょう。
ですが、今のわたしはすでにネームドです。
あの “高位悪魔” たちとの死闘を潜り抜けたことで、レベルも10に達しています。
「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛” !」
巻き付かれる前に、絡み獲ります!
わたしは間髪入れず “棘縛” の加護を願いました。
目に見えない無数の棘が “大蛇” の長大な身体に絡みつき、その動きを封じます。
次の瞬間には、わたしは走り出していました。
同時に幅広の革製の腰帯に吊り下げられていた戦棍 を、右手で握ります。
「――ハァーーーーッ!」
裂帛の気合いと共に、わたしたちを威嚇するために下げていた牛の頭よりもずっと大きい蛇頭に向かって跳躍、戦棍を振り下ろします!
グシャッ!
+1相当の魔法強化が施されている魔法の戦棍が、簡単に巨大な蛇頭を叩きつぶし、粉砕しました。
シュタッ! と着地するわたしの背後で、“大蛇” の巨体が地響きを立てて倒れます。
(……ふぅ)
吐息をひとつ。
そして、
「晩ご飯、ゲットだぜ!」
みんなを振り向くと、ニカッと笑ってサムズアップ!
「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」
「蛇のお肉は食べたことはありませんが、鶏肉に似た味と食感があると聞きます。きっと美味しいですよ――あれ、どうかしましたか?」
「「「「「「「「「「「………………殴り聖女」」」」」」」」」」」
「え?」
数十人のボソッと見事なユニゾンに、キョトン。
「な、なんでもないよ。さすがエバだってみんな言いたいんだよ――そ、そうだよね!?」
一同を代表して、パーシャが説明してくれました。
「「「「「「「「「「「そ、そうそう!」」」」」」」」」」」
「そうですか。それならよいのです」
喜んでもらえてなによりです。
わたしは満足してうなずくと、次の指示を出しました。
「では、チャチャッと解体してしまいましょう。ヌルヌルしていない分、きっと昆布よりも楽ですよ」
(((((((((((……迷宮の申し子……)))))))))))
◆◇◆
「……? なんかあったのか?」
「なんだい、アッシュ。今までどこほっつき歩いてたんだい?」
「いや、ちょっとそこらで水浴びを。昆布のネバネバで窒息しそうだったんでな――それでどうした?」
「アッシュ、あんたの奴隷聖女様だけどね」
「? あいつがどうかしたのか?」
「筆頭嫁候補の称号を不動のものにしつつあるよ」
「…………あ?」
◆◇◆
「――まず、頭を落としてください。“大蛇” に毒はありませんが、万々々々一ということもあります」
迷宮では何が起こるかわかりません。
これはおそらく、迷宮に棲みついているだけの普通の大蛇だとは思いますが、迷宮の魔素や瘴気を吸って、突然変異しているとも限りません。
用心に越したことはないのです。
「どなたか、お願いできますか?」
周りには探索者や騎士といった、“腕におぼえあり” な人たちが沢山います。
全長一〇メートルの大蛇の頭ですが、一刀両断は易いものでしょう。
「どなたか――あ! もう、今までどこに行っていたのです? 出番ですよ、アッシュロードさん」
わたしと目が合った途端、回れ右した猫背の男性の外套をふん捕まえます。
「切った張ったは得意ですよね。パパッと、この大蛇の頭を切り落としてくださいな」
惚れた腫れたは不得意ですけど。
「お、俺ぁ、今水浴びしてきたばかりなんでな。遠慮させてもらうわ。剣貸してやるから、おまえがやれや」
「残念ですが、それはできません」
「な、なんでだよ」
「あなたの剣は、長い方も短い方も “悪” 専用装備ではありませんか。“善” のわたしが持てば、ビリビリッときちゃいますよ」
「……」
わたしのド正論な反論に、二の句が継げないアッシュロードさん。
「さあ、早く早く。ズンバラリっとやっちゃってください、ズンバラリっと。+3の魔剣で切れば、お肉が締ってきっと美味しいですよ。まったくなんて贅沢なのでしょう」
「~~~」
アッシュロードさんはゲッソリ・ゲンナリした顔で愛剣 “悪の曲剣” を抜くと、ブツブツ言いながらも大蛇の頭をそろりと落としました。
その手並みに周囲の近衛騎士の間から、感嘆のどよめきが湧きます。
わたし、ちょっと誇らしげ。
ちょっと鼻高々です。
「皮一枚は残したほうがよかったか?」
「いえいえ、切腹の介錯ではないのですから、これで結構です」
わたしは剣を鞘に戻すアッシュロードさんに、お礼を述べました。
「さあ、次が大変ですよ。次は “皮剥き” です」
映画やアニメなどで、首を落とした蛇の皮を “ビーッ!” と一気に引き剥くシーンがありますが、あれをやります。
やりたいのですが、いかんせん大きいのでかなり難易度が高いです。
ここは、全員の力を合わせる必要があります。
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「――いいですか! いきますよ! それは呼吸を合わせて、心を一つに! せーの――Gust oul!」
「「「「「「「「「「「ぐおおおおおーーーーっ!!」」」」」」」」」」」
わたしの掛け声を合図に、力自慢の探索者や騎士や従士が一気に大蛇の皮剥きに掛かります!
タイミングはバッチリでした。
最初から四メートルほどまで、一気に剥けました。
さあ、ここから本番です。
「オーエス! オーエス!」
わたしは荷馬車から出してきた踏み台に立って、音頭を取ります。
濃い茶色い皮の下から出てきたのは薄桃色の肉で、見れば見るほど “お肉 “です。
「お肉が見えていますよ! 今夜は思う存分、お肉が食べられますよ! お肉ですよ、お肉!」
お肉を連呼されて奮い立たない人は、ヴィーガンかベジタリアンぐらいです。
特に屈強な男の人は、みなお肉が大好きなのです。
「「「「「「「「「「「ぬおおおおおーーーーっ!!」」」」」」」」」」」
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「お疲れさまです! ありがとうございました! お陰様で、こんなに沢山の “お肉”が手に入りました!」
わたしは、大仕事を終えて汗を拭う探索者や騎士や従士の方に、頭を下げました。
近衛騎士や従士の方が顔を赤らめて、『いつでも命じてください』と頼もしいナイトぶりを見せてくれます。
「エバ、エバ、これでコング巻が作れるのかニャ!?」
見れば見るほど “お肉” な大量のアナコンダの肉を前に、興奮を隠しきれないノーラちゃんです。
「うーん、あれは、お酒とか、みりんとか、お砂糖とか、他にも調味料がいろいろと必要なのです。すぐにはちょっとですね」
どれも迷宮ではすぐに用意できるものではありません。
「それじゃ、今夜のご飯は “クローリング・ケルプのスープ” と “アナコンダの串焼き”?」
なんでもいいから早く食べようよ! 的なパーシャです。
「そうですねぇ……」
でも、それもなんだか芸がないですし。
せっかく大量の昆布もあるのですから、なにかもう一捻り……。
鶏肉に似た大量の蛇のお肉と、大量の昆布……。
鶏肉に似た大量の蛇のお肉……。
鶏肉に似た大量の……。
ピコーン!
と、突然頭の上に点る電球。
「閃きました!」
閃いちゃいました!
「食事係の人は集まってください! 今夜の晩ご飯のレシピを紹介します!」
わたしは大声で呼び掛け、集まってきた従士や女官や侍女の人に手早く “閃き” の作り方を教えます。
「――ほら、すごく簡単でしょ?」
「え、ええ、確かに」
今夜?の食事を担当する従士や女官や侍女の方が、困惑げにうなずきます。
「では、お肉と昆布を持っていってさっそく、Let's cooking! です」
食事係の人たちが、切り分けられたお肉と昆布を手に、困惑顔のまま各自の焚き火に戻っていきます。
(まぁ、騙されたと思って作ってみてくださいな)
「――さあ、それじゃわたしたちの分も作りましょう」
鶏肉に似たお肉と、昆布。
もうわたしたちが何を作ろうとしているのか、わかりましたよね?
そうです。
今日の晩ご飯は、アナコンダの肉を “動き回る海藻” の出汁で煮た、名付けて “迷宮保険的、水炊き” です。
★エバ・ライスライトの突撃、今夜の晩ご飯。
“迷宮保険的、水炊き”
レシピ
“大蛇” の肉
“動き回る海藻” の切り身(出汁取り用。食べてもよいです)
地底湖の水(若干塩分が混じりますが、付けダレがないので好都合です)
まず鉄鍋でお湯を湧かせて、“動き回る海藻” の切り身を底に寝かせます。
つぎに “大蛇” の肉を豪快にぶち込みます。
煮えるのを待ちます。
食べます。







