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迷宮保険  作者: 井上啓二
第三章 アンドリーナの逆襲
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内なる宇宙③

「あたしの目的……? ……目的。そうね、それはもちろん――」


「そんなの決まってるニャ! ニャーたちは、エバを助けに来たニャッ!」


 その時、それまで固まってしまっていた猫人族の子供が、可愛らしい女の子の声を上げました。


「わ、わたしを助けに……?」


「そうニャッ! ニャー()()はエバを助けにきたんニャよ!」


 思わず反問してしまったわたしに、子猫の子供?(とでも言えばよいのでしょうか?)が叫びます。


「エバ↑って、わたしのことだよね……?」


 イントネーションがかなり違うけど、あの子が見ているのはわたしですし……。

 それにしても、なんともつぶらな瞳です。

 なんというか、それだけでもうどんな荒唐無稽な話でも信じてあげたくなってしまうような。


「そうニャ! エバはエバにゃ! エバ・ライスライトにゃ!」


「エバ・ライスライト……?」


「あんたの名前よ。“アカシニア” でのね」


 偽物のリンダが吐き捨てるように言いました。


「…… “アカシニア” ?」


 質し返したのはわたしではなく道行くんでした。


「あたしたちが “クラス転移” で飛ばされた世界よ。そこであたしたちは探索者になったの。生きていくために仕方なくね。あんたが僧侶(プリーステス)であたしが盗賊(シーフ)。どうやらここでの “ごっこ遊び(ロールプレイ)” はそれが元になってるみたい」


「……」


 な、なにを言っているのですか、この人?


「あんた、なに意味のわかんないこと言ってんの? そんなゲームみたいな話、信じられるわけがないでしょ!」


「それじゃ、このゲームみたいな話は信じられるわけ?」


 本物の言葉を一蹴する偽物のリンダ。

 う……っ、と黙り込んだ本物のリンダに代わって、再び道行くんが質します。


「……おまえたちの言うことが本当だったとして、どうすれば俺たちはここから出られる?」


「さあ。知らないわね」


「はぁ!?」


 本物のリンダが唖然とした声を上げ、他の者も同じ気持ちでした。


「あたしが教えられたのは、なんらかの理由があってそこにいる娘が目覚めないってことだけ。その理由を突き止めて、その娘を目覚めさせるのが、あたしたちの “使命(クエスト)” なのよ」


 ……そこにいる娘……その娘……。

 なんなのでしょう……偽物のリンダから感じる、この絶望的なまでの距離感は……。


「冗談じゃないわ! わたしは帰りたいの! 絶対に帰るの! あいつのいる――隼人のいる世界に絶対に帰るの!」


 ……え?


 本物のリンダの言葉に、虚を衝かれます。


(リンダ、あなたもしかして隼人くんのことが?)


 本物のリンダの告白に、偽物の目がスッと細くなりました。


「……あんた、隼人が瑞穂のこと好きだって()()()()のね?」


「ええっ!?」


 ちょ、ちょっとまって、まってください。

 なんでそういう話になるんですか?


「当たり前でしょ! あたしはずっと隼人のことが好きだったんだから!」


「嘘ね。あんたが()()()()()()()()()()、それは絶対にありえない。だって、あたしが隼人を好きだってこと()()()()()()()んだから」


「……」


「あんた、いったい誰よ?」


 偽物のリンダが、本物のリンダを睨み付けます。

 本物のリンダは、偽物のリンダを睨み返していましたが、やがて……。


「……くくっ……あははは――あーっはっは!」


「リ、リンダ?」


 どうしたの、リンダ?

 なんで、そんな風に笑ってるの?

 なにが、そんなに可笑しいの?

 ねえ、リンダ。どうしたっていうの?


「ごめーん、ちょっと雰囲気出し過ぎちゃった」


 唐突に笑い出したかと思うとペロッと小さな舌を出して、コケティッシュな笑顔を()()()()に向けました。


「このバカ女。もう少し盛り上げてからバラせよ。このダイコン女優。脚本(シナリオ)を無視しやがって」


 空高くんがウンザリした様子で、リンダに……本物のリンダに吐き捨てました。


「……おまえら、いったい何者だ?」


 道行くんがわたしをかばって、今度は空高くんと本物のリンダに向き直りました。

 今の今まで一緒に戦ってきた、パーティの仲間だった、本当の友だちだったふたりに。


「仕方ない。ここでアタフタ言い訳しても興醒めするだけだからな」


「そうそう、“ごっこ遊び(ロールプレイ)” っていうのは、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に楽しまないとね」


 ふたりの端正な顔に邪悪な笑みが浮かんだ。

 身に付けている板金鎧(プレートメイル)革鎧(レザーアーマー)が次々に剥がれて(セパレートして)いき、申し訳程度の葉っぱの衣や貝殻の下着に隠れた、均整のとれた完璧な裸身が露わになります。

 空高くんの髪はくすんだブロンドに変わり横から尖った耳が、リンダの背中からは大きな蝙蝠の翼が現われました。


「“淫魔(インキュバス)” に “夢魔(サッキュバス)” !」


 “認知(アイデンティファイ)” の加護の効果で、即座にその正体を見極めることができました

 “淫魔” に “夢魔”――どちらも人の夢に忍び込んで、魅力的な容姿で夢の主を誘惑し精気を吸い取る魔物――魔族です。


 ですが……そんな……そんなことって……。

 あのふたりが……空高くんとリンダが……魔物だったなんて……。


「ま、最初の筋書き通りだったら、俺が君の彼氏になる予定だったんだけどね」


 “淫魔” ――それまで空高くんだった――が、わたしを見て肩を竦めました。

 深紅の瞳が妖しく光ります。


「君は俺にベタ惚れして毎晩の様にベッドで愛し合って、そしてそれが永遠に続く予定だったんだよ。身も心も俺の()()の虜になるはずだったのさ――現実の君が干涸らびた婆さんになるまでね」


 ゾクッ――悪寒が走り、嫌悪感と嘔吐感が一気に込み上げてきます。


「それなのに、瑞穂ってば俺なんか見向きもしないんだからな。プライド傷ついたよ」


「あははは、ダサすぎ。それでよく “淫魔” を名乗ってられるわね」


「そういうおまえだって、道行にカスリもしなかったじゃないか。自慢の身体とやらも墜ちたもんだな」


「ふん! そいつは普通の男じゃない。“聖女” さまが夢の中まで連れ込んできた “守護者(ガーディアン)” だ。あたしの魅力とは関係ないね!」


「…… “守護者”?」


「そうさ。おまえの大好きなその道行くんは、現実には存在しない。全部おまえの淫靡な妄想の産物さ。まったく “昨夜はお楽しみでしたね” だよ」


「う、嘘……そんなの、嘘です」


「そう。そういうこと……つまり、それが “理由” なのね」


 偽物のリンダの呟きに、本物のリンダが……いえもう誰が本物で、誰が偽物だかわからない……。

  “夢魔” がうなずきます。


「ご明察。さすが “伝説の聖女" さまは違うわよねぇ。夢の中までナイト(ロード)様に守られていて、あたしらでも手出しができないんだから。だから筋書きをちょちょいと変えたのさ。あたしらにしてみれば、“聖女”さまが目覚めなけばそれで目的は達せられるからね」


「ど、どういう意味ニャ……?」


「つまり、その娘――あんたの大好きなエバ・ライスライトが目覚めない理由ってのが、そこにいる男だってことよ」


「――そんニャ!?」


「そういうこと。あたしらはちょっと “聖女” さまの記憶を弄って舞台を――心の牢獄を造ってやっただけさ。薔薇色の牢獄をね」


「……なぜ、あたしが隼人を好きだったことを知ってたの?」


「ははっ、あたしは “夢魔” だよ。夜が来るたび、人間が眠りに就くたび、どんな夢にも入り込めるのさ」


「……」


「くくくっ、そうさ。わたしはおまえの夢でおまえの想いを知ったのさ。おまえが毎晩見ているあの夢でね。おまえの夢、美味しかったよ。『助けてー、隼人! 助けてー!』。おまえも “昨夜はお楽しみでしたね” の口だね、しかも相当エゲツナイ」


 ……ギチッ!


「――おっと、本物さん。そんな物騒な物抜くなよ。こっちに戦う気はないんだから。俺たちは別に切った張ったがしたいわけじゃない。あとはあんたらで勝手にするといいさ」


「あんた達にしても、別にあたしらをどうこうしたところで、ここから出られるわけじゃないんだし。戦ったところでお互いに痛い思いをして損するだけよ」


 “淫魔” と “夢魔” の姿が徐々に薄くなり、透きとおっていきます。


「“聖女” さま。目覚めるも目覚めないもあんたの自由。でもあんたが目覚めなければ、そこのふたりも目覚めない。特にその猫人(フェルミス)の娘は、大好きなマンマにも永遠に会えなくなる。可哀想だねぇ、ほんとに」


「!? マ、マンマ!」


「それじゃ、瑞穂、道行。今回の冒険(アトラクション)、楽しんでもらえたかな。俺たちも楽しかったよ」


 そして完全に消え去る……ふたりの……二匹の魔物。


「――あ、最後にひとつ。もう分かってると思うけど、道行。あんたは瑞穂が目覚めたら消えちゃうから。あんたは夢の中の “聖女” さまを守るためだけの存在だってこと忘れちゃ駄目よ。それじゃ今度こそ本当に、じゃあねー」


「「「「……」」」」


 言葉を失う残された四人。

 呆然と頭の中で今の “淫魔” と “夢魔” の言葉を反芻して……。

 その意味するところを考えて……。

 そんな中で猫人族の女の子と目が合います。

 つぶらな瞳が不安に揺れていて、今にも涙が零れ落ちそうです。

 わたしが目覚めなければ、この子はマンマ……ママと……お母さんと会えない。

 でも目覚めると言うことは、道行くんが……道行くんと……。


 わたしは後ずさり、ふるふると顔を振りました。


「……瑞穂」


 道行くんが心配した表情で、わたしに手を伸ばします。

 駄目……今は触れないで……。

 あなたの温もりをこれ以上感じさせないで……。


「無理よ……無理です……そんなの無理です……そんなの比べられるわけ、選べるわけないじゃないですか……。

 どうでして――どうしてそんなこと言うんですかぁ! どうしてそんな意地悪するんですかぁ! そんなの選べるわけないじゃないですかぁ!

 無理です! 無理です! 無理です! いやーーーーっ! 絶対に、絶対にいやーーーーーっっっ!」


◆◇◆


「くくくっ……あははは――あーーっはっはっは!!!!」


(そうよ! これが、これが見たかったのよ! これが!)


 リンダは哄笑した。

 狂ったように哄笑した。

 今、目の前で展開されている光景こそが、彼女がこの世界に来た理由だった。

 あの娘が――枝葉瑞穂が、もっとも大切にしている物を無慈悲に奪われ、悲しみに泣き叫ぶ姿が見たかったのだ。

 自分と同じように、突然現われた理不尽によって無残に踏みにじられ、幸せの絶頂から絶望のどん底に叩き落とされる姿が見たかったのだ。


 リンダは哄笑した。

 狂ったように哄笑した。

 哄笑して、哄笑して、哄笑しながら、胸が張り裂けんばかりの悲痛さに泣いていた。

 涙が、後から後から溢れて、止まらなかった。

 目的を達したというのに、これでもう思い残すことなどないというのに、それなのにこの痛みは――悲しみはなんなのだ?

 あれは……あの姿はまるで自分ではないか。

 汚らわしい男たちに連れ去られ、穢され、殺された自分自身ではないか。

 そのまま無に帰したかったのに蘇生させられ、絶望に泣き叫んだ自分。

 残酷な運命を呪い、自分の周囲に存在するすべてを呪った自分。

 その中で何よりも、誰よりも呪い憎悪したのが、枝葉瑞穂だった。

 意思に反して、自分を生き返らせたからではない。

 

 奇麗になっていたからだ。

 

 寺院で再び意識を取り戻したとき、目の前に立っていた瑞穂はそれまでの彼女とは別人だった。

 たったひとり先に生き返り、友人を助けるためにただひたすらに、がむしゃらに行動し、最後には知り合ったばかりの保険屋と危険極まる地下迷宮にまで潜った。

 その経験が彼女を一夜にして成長――変貌させていた。

 “鈍臭い不思議ちゃん” はサナギが殻を脱ぎ捨てて蝶になるように、強く慈愛に満ち、何より見違えるほど美しい “聖女” になっていた。

 少なくとも、同じ女の自分にはそう見えた。

 それに引き換え、自分は全てを奪われて、踏みにじられて――。


 許せなかった。

 許せなかった。

 許せなかった。


 許せるものか。

 許せるわけがない。

 許していいはずがない。

 

 許してしまえば――自分が、林田 鈴という少女があまりにも哀れではないか。

 滑稽ではないか。

 そんな不平等が許されていいはずがない。

 だから自分はここまで、枝葉瑞穂の心の(こんな)奥底にまで()にまで着たのだ。

 それなのに巡り巡って現われたのは、赤子のように泣き叫ぶ自分自身の姿だったとは。

 これはまったくなんという喜劇だろうか。

 これではまるで道化(ピエロ)ではないか。


 笑うしかない。

 泣くしかない。

 リンダは――林田 鈴は文字どおり狂ったように、笑い、泣き続けた。

 いたたまれない時間が永遠に続くかに思われた時……ふたりの少女の狂躁を鎮めたのは、さらに幼い少女だった。


「ええニャよ、エバ。エバが帰りたくにゃーなら、エバがここにいたいにゃら、ニャーもここにいていいニャよ」


 ノーラ・ノラが精一杯の笑顔を浮かべて、泣きじゃくる瑞穂に手を触れ見上げていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。 ここで物語がつながりましたね。 しばらく混乱してしまいましたよ。 なかなか読み進められなかったです。 展開が目覚ましいですね。(; ・`д・´) 更新も早く、なかなか追いつけない…
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