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第55話 絶望

 絶望し、打ちひしがれるアルミナの人々。


 彼らの気持ちもわかる。


 こうしている間にも迫る、途方もない量の瘴気。それだけでもアルミナを不浄の地へと変え人間を滅ぼすのに十分だが、すぐに瘴気につられて大勢の魔物たちもやってくる。


 アルミナの城郭を壊し、街を踏み潰し、王城を崩壊させ……この国を、物質的な意味でも滅亡させることだろう。


 逃げようにも、瘴気の発生源はこの国を覆っていた結界だ。つまり四方八方、空に至るまで瘴気で満ちている。それらは瘴気の性質として濃度を増しながら、本来アルミナに来るはずの瘴気と合流しつつ、アルミナ王城へと迫り、やがて国中に満ちることだろう。


 聖女候補たちがいれば一時的には凌げるかもしれない。だが彼女たちの力はジュリーナに比べて弱く、何より肝心の『紅の宝玉』がない。確かめてはいないが、あれほど周到に計画をしたクラックたちが、本物の『紅の宝玉』をこの国に残しているとは考え難い。


 まさに、状況は絶望的だ。


 唯一可能性があるとすれば、やはりジュリーナだろう。本物の宝石の聖女たる彼女以外に、アルミナを救える者はいない。彼女がここにいれば、あるいは。


 だがそもそもジュリーナはいないし、何より……


 ジュリーナに、この国を救う理由はない。


 むしろ彼女からすれば、自分を手ひどく裏切ったこの国に滅んでほしいとすら思っているはずだ。僕だって、この国に対し怒りの感情を抱えている。


 とはいえアルミナ国民の大部分はジュリーナの追放に直接関わったわけではない。そういう者たちもまとめて死んでしまうのはかわいそうだと思う。


 だが国民たちはともかく、アルミナ国王とその周囲の家臣たちには同情する気になれない。


 というより、同情する立場にないと言った方が正しいのかもしれない。


 なぜなら……


「フェ、フェルド王子!」


 とその時、アルミナ国王が僕に泣きついてきた。


「そ、そなたの国でジュリーナを匿っていたのであろう? お、お願いだ、彼女に言って、この国を……」

「不可能です」


 僕は首を横に振った。


「まず、伝える手段がない。瘴気が国中を覆う以上、伝令のための馬が瘴気にやられてしまう。仮になんとか馬を走らせることができても、オーソクレースまでは一日以上かかる……到底間に合いません」

「そ、そんな……」


 国王、そして話を聞いていた国民たちがますます絶望の色を強める。


「そもそも……あなた方を、ジュリーナが助けてくれると思いますか? ジュリーナを冷たく突き放した、あなた方を」


 僕の一言に、彼らはもはや何も言えなくなってしまった。


 だがそれでも僕は同情はできない。ジュリーナの気持ちもそうだが……


 なにせ僕たちも今、ここにいるのだ。迫る瘴気と魔物は、当然僕たちにも牙をむく。


 おそらく、助からないだろう。僕たちもまとめて始末できるこのタイミングだからこそ、クラックも動いたのだ。


 アルミナ王国中に広がるであろうパニックは、部外者である僕たちが何をしても抑えられるものではない。元々アルミナは国王の権威によって維持されてきたのだから尚更だ。


 ジュリーナの加護のおかげで瘴気の影響は受けないが、移動のための馬が瘴気に耐えられない。徒歩でオーソクレースに戻るには何日もかかってしまう。瘴気に呼ばれた魔物との遭遇も考えると、現実的ではないだろう。


 ひたすらオーソクレースに向けて歩いたなら、運が良ければ魔物と遭遇せずに生還することができるかもしれない。可能性は極めて低いが。


 それにそれで助かるのは僕たちだけだ。


 だったらそれより……ここで、できる限りのことをしよう。


「パイロ。外で待機している兵士たちと合流してくれ。そしてアルミナの兵の中から冷静さを保っている者と交渉し、協力してもらう。可能な限り住民のパニックを抑え、防衛線を構築しよう」

「かしこまりました。すぐに」


 クラックによってアルミナ国王の権威は破壊されてしまったため、国王に協力を要請したところでかえって混乱を招く。


 大臣たちにも期待できない。多くは絶望のあまり茫然とし、また一部の大臣は何も言わずそそくさと去っていた。恐らく自分だけでも逃げようと画策しているのだろう。


 というより……下手に彼らの手を借りる方がかえって厄介だ。このまま大人しくしていてもらおう。


 ならばむしろ逆に、権威がなくなった今だからこそ、僕たちが直接兵士たちと交渉し、緊急の合同戦線を構築してみる。


「僕は聖女候補の子らと話してみる、ある程度は瘴気に対抗できるかもしれない」

「国内の騒乱はこれからさらに増すでしょう……お気をつけて」


 僕の足掻きも、迫りくる危機に対しては、あまりにもささやかな抵抗だ。それでも最期まで足掻いて見せる。


 感情として、僕はアルミナ王国が嫌いだ。そこに住む人々も。


 だが理屈でいえば、ジュリーナの追放に関わったのは国王をはじめごく一部。あとは何の罪もない国民たちだ。助けられるならば助けたい。


 ジュリーナには怒られるかもしれないな。僕は自嘲気味に笑った。


 もし、また会うことができたなら、だけど。



────────────────────────────────



 同刻。


 オーソクレースとアルミナの国境付近、その上空には……巨大な影がひとつあった。


「これは、想像以上に……急いでください!」

『うむ』


 影は一直線に、アルミナ王国へと向かっていった。


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