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第54話 宝玉の真実、アルミナの滅亡

「かつて『紅の宝玉』は別の名で呼ばれていました。『紅の魔石』……つまり、宝石ではなく、単なる魔力結晶として扱われていたのです。見た目は綺麗ですが産出量はそれなりに多く、値段も安価なものでした」


 それは僕も初めて聞く話だった。でもたしかに、宝石とは希少さと同時に求める人がいて初めて成り立つものだ。


 どんな宝石でも最初に宝石として扱われ始めたタイミングがある。金剛石でさえも、その研磨法が確立され、また希少性が理解されるまではせいぜい綺麗で硬い石という程度の扱いだった。


 まして『紅の宝玉』は本来ならば単なる魔力の塊、宝石として扱われなかった時期があるのは頷ける。


「アルミナ王国は結界を維持するために各国から『紅の魔石』をかき集めました。一時期には国の貯蔵庫から溢れかえるほどの量を蓄えていたのだとか。しかしその山と積まれた『紅の魔石』を見て、先々代のアルミナ国王は考えたのです」


 その時の光景を思い浮かべる。赤く輝く魔石の山。見た目だけならば宝石と呼んで差し支えないほど美しいそれを……


 まさか。


「これを宝石として売ることができれば、大儲けできると」


 そのまさかだった。


 自分が持ち、他人が持たないものを売る。商売としては基本だ。


 だが、まさかそれを……国を守るための大切な魔石でやったのか。目先の金のために。


「かくして『紅の魔石』はアルミナ国王によって『紅の宝玉』の名を与えられ、王自ら宝石であると保証しました。国お抱えの最高級職人によって美麗な装飾品に加工された『紅の宝玉』は、瞬く間に国内外で宝石として扱われるようになりました。アルミナが大国として権威を持っていたのもあったのでしょう。目論み通り、『紅の宝玉』と引き換えにアルミナに莫大な富がもたらされたのです」

「バカな!? そんな記録はどこにも……!」


 アルミナ国王の動揺に、クラックは微笑で応じた。


「あなたが知らないのも無理はない。理由があるのです。先々代による『紅の宝玉』商売は初めはうまくいきましたが……あなたの父、先代の王の代になると、状況は変わり始めました」

「せ、先代、父上は、財政で苦労なされたと……」

「ただでさえ結界のために消費される『紅の宝玉』、宝石となった後でも自国内で採取できるものだけでは足りず、他国から購入する必要がありましたが、当然その代金は魔石だった頃とは段違いに跳ね上がっておりました。長期的に見て、『紅の宝玉』はアルミナの財を奪っていく形となったのです」


 当然だろう、『紅の宝玉』を世界でもっとも必要とする国はほかならぬアルミナ王国。


 宝石としての価値が高まっても他国は無理に購入する必要はないが、アルミナはどれほど相場が上がっても購入し続けなければ国を維持できない。


 需要と供給。アルミナにとって『紅の宝玉』は必要不可欠、常に高い需要で安定する。売る側からすればこれほど扱いやすい相手はいないだろう。ましてアルミナ自体が、『紅の宝玉』の価値を保証してくれるのだから。


 いくら貯蔵があったとはいえ、ひとたび『紅の宝玉』の価値が高まれば、真っ先に悲鳴を上げるのはアルミナだ。


「そして先代国王、つまりあなたの父はその先々代の失敗を……隠蔽したのです」

「なっ!?」

「アルミナ王家自らが国を脅かしたとあっては、権威の失墜に繋がると考えたのでしょう。先々代の政策に関する書物、『紅の宝玉』の過去の扱いについての書物を徹底的に検閲し、処分した。元々『紅の宝玉』がそう呼ばれる以前は単なる魔法結晶、一般市民にとっては無縁の代物でしたから、情報統制はそう難しくはなかったでしょうね。人間は数十年も経てば記録にないことは忘れ去るものです」


 隠蔽工作……アルミナ国王の強権をもってすれば可能だっただろう。書物に残そうにも、書物を書けるような学者や魔術師は王家の息がかかっていたに違いない。


「そうしてあなたの代ではかつての『紅の宝玉』の扱いは忘れられ、ただ高価な宝石で国を維持せざるを得ないという、破綻した仕組みだけが残った。やがて破綻は表面化していき……聖女ジュリーナ・コランダムの代で、決定的に崩壊したのです」


 これが、ジュリーナ追放に至った真実。


 クラックの言葉を全て信用するわけにはいかないが……真実味がある。おそらくは本当のことを言っているのだろう。クラックの目的を考えてもそれが自然だ。


 話によると魔族は人間よりも遥かに長い時を生きると聞く。魔族たちがこのアルミナ王国の地を昔から狙っていたとすれば、その動向に注目し続けたとしてもおかしくはない。結界が消える機会を、虎視眈々と狙っていたのだろう。


 やはりジュリーナに罪はなかった。とはいえ僕にとってそれはほぼ確信していたことなので、あまりどうとも思わなかった。ジュリーナ本人も罪を雪ぐよりアルミナ王国のことを忘れようと努めていたことだし、向こうから介入されなければ、ずっと放置していただろう。


 問題は、この状況だ。


「バ、バカな……父上の、先々代のせいで……そんな」


 よろめき、尻もちをつくアルミナ国王。王家として抱いてた誇りを打ち砕かれるのが目に見えるようだった。彼だけでなく、アルミナの人々全てに動揺が広がっていた。


 そこにトドメを刺すようにクラックがさらに告げる。


「そう! そしてそれをまったく知らずに、ジュリーナ追放に至った無知蒙昧な愚王であるあなたが! 今、このアルミナ王国を滅亡へと導いたのです!」


 クラックの言葉に反論する者は、本人も含めていなかった。


 長々と語ったクラックの言葉。それは『紅の宝玉』の歴史の説明というよりは、全て、アルミナ国王への罵倒だ。


「繰り返しますが、ジュリーナ追放に関しては我々も関与していないのですよ。ただただ、アルミナ王家および当代の国王が、我々の想像を越えるほどに愚かだったというだけでね。元より聖女に守られ、立地の力で発展した国だ、代を重ねれば腐敗して当然だったのかもしれませんねぇ」


 嫌味たらしく王を詰るクラック。魔族に騙されたかわいそうな被害者であることを許さず、その失敗を、その愚かさを責め立てる。


 彼のここまでの振る舞いを見るにこれも演技だろう。だが言っていることは真実……それをばっちりと、この場にいる全員が聞いていた。


「では、私はこれで失礼いたします。他にやることもあるのでね。ごきげんようアルミナ国王! あなたの名は我ら魔族の歴史に残るでしょう、守るべき国を己が手により滅亡へ導いた、途方もない愚物として!」


 クラックはそう高らかに叫ぶと翼を広げ、どこかへと飛び去って行った。後を追おうにも空に去られては難しい。


 それより今は……この場をなんとかしなくてはならない。


「そんな、バカな……嘘だ……私が、アルミナ王家が……自ら国を、滅ぼしたなどと……」


 腰を抜かし、ぶつぶつと呟くアルミナ国王。かつての覇気は感じられない。国王であることと、アルミナという大国に誇りを持っていた彼にとって、王家が国を滅ぼしたという事実はあまりに受け入れがたいものだったのだろう。


 そしてそれを取り巻く大臣や兵士たちは国王に対し……怒号を浴びせ始めた。


「なんてことをしてくれたんだっ!」

「あなたのせいでアルミナが滅ぶのですよ!?」

「『紅の宝玉』を商売なんかに使うから!」

「あまつさえ、国を守ってくれた聖女を追放するなんて……!」


 怒号は瞬く間に感染し、王城を埋め尽くさんばかりに広がっていった。


「し、知らなかったんだ! まさか先代が、先々代の事業を隠蔽してたなど……!」

「知らなかったで済まされますか!?」

「それでも王か!」

「あなたがジュリーナが悪だというから私たちも信じたのに!」

「う、ううっ……!」


 情けなくも責任逃れを試みる王、唯々諾々と従っていた自分たちを顧みず罵倒する民たち。


 そう、これがクラックの狙いだ。丁寧にアルミナ国王およびアルミナ王家の失態をアルミナ国民に説明し、この絶望的な状況と併せ、王の権威を失墜させる。


 これまで強権によって民を導く王であったからこそ、国民の失望は大きい。アルミナ国王をあえて殺さなかったのも、この状況を狙ってのことに違いない。


 ジュリーナからすれば、国王を詰る国民たちだって自分の追放に賛成したくせに今更何を言うんだと失笑ものだろうが……


 ともあれ今。僕の目の前にあるのは、すっかり意気消沈したアルミナ国王と、それを罵倒するばかりの国民たち。さらにすでに大勢の人が王城を駆けだしていった、すぐに王城の外にも話は伝わり、間もなくアルミナ全体が大パニックに陥ることだろう。


 迫りくるアルミナ王国崩壊の危機に対し、王のリーダーシップも民の一致団結もまったく望めそうになかった。


「いったいどうする気だ!? すぐに瘴気がこの城郭にも入り込む、それに誘われた魔物たちもだ! そうなったら誰も助からない、瘴気に侵され、魔物に踏みつぶされて、みんな死ぬんだ!」


 誰かが怒りと絶望の混ざった声で叫ぶ。そうだ、どうするんだ、なんとかしてくれ、と、国民たちは王に問いかけた。


「……ジュリーナ……」


 その時、アルミナ国王がうわ言のように呟いた。


「ジュリーナ……ジュリーナだ! や、奴さえ国にいれば……いてくれれば、こんなことには……」


 その言葉を聞いた国民たちから怒号が上がる。お前が追放したんだろうが! と。


 君たちこそ彼女への感謝はあったのか!? 僕はそう言いかけたが、もう声をかけることすらばかばかしく思えた。


「ジュリーナ、ジュリーナ……戻ってきてくれ、助けてくれぇ……わ、私が悪かった……ジュリーナぁ……!」


 アルミナ国王は涙すら流し、小鹿のように震えながら、ジュリーナの名を繰り返し呼んでいた。かつてあれほどに忌み嫌い、追放し、その上でなお敵意を向け続けた相手に、泣きながら縋る。縋ることしかできない。


 あまりの姿にそれまで王を罵倒していた者たちも静まり返る。そしてやがて王の絶望を、自分たちが置かれた状況を、彼らも理解し始めた。


「そうだ……ジュリーナ、いやジュリーナ様さえ、いてくれたら……」

「でももう遅いんだ、何もかも……」

「ああ……ジュリーナ様、ジュリーナ様あ……!」


 怒りを通り越し、絶望が広がっていった。口々にジュリーナの名を呼び、もはやけして届かない祈りを捧げる。ようやく理解したのだ、ジュリーナが自分たちを守ってくれていたことを、その働きに報いるどころか砂をかけて追い出した愚かさを。


 だがもう、全てが遅い。


 魔族の介入すら副産物に過ぎない。ジュリーナを追放した時点で、こうなることは運命づけられていたのだろう。


 こうしてる間にも瘴気が迫る。それに導かれた魔物たちも。


 瘴気がアルミナ中を侵し、魔物たちが街を踏み潰し、王城を崩壊させ……この国の形すらも滅ぼすことだろう。


 そしてその跡には不浄なる闇の地、魔界が生まれ、全てを塗り潰す。そこにアルミナ王国があった歴史すらも残ることはない。


 国として、最悪の結末がアルミナに訪れることになる。


 だがもはや、それを待つことすらできないのかもしれない。


 国の象徴たるアルミナ国王、その権威は跡形もなく壊れ、王としての彼は死んだ。民もそうだ、国王に失望し、それまで支えとしてきた忠誠心や国への帰属意識は粉々に砕け散り、いわばそれまでのアルミナ国民としての価値観の全てが崩れ去った。


 王も、民も。


 この時アルミナは……国として、滅亡を迎えたのだ。

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― 新着の感想 ―
せめて紅の魔石を取る時に出る他のものがあったとして、 そういういらないけど必然的に手に入るものを売って財が手に入ればその金で紅の魔石を買う見たいなことでうまく回ったんだろうけどなぁ …そもそも自分が…
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