第41話 アルミナの怒り
アルミナ王国。
「陛下! オーソクレースに向かっていた使者が帰還したようです」
「おおそうか、通せ」
「はっ」
伝令の兵士と話すアルミナ王は上機嫌だった。彼がこうも晴れ晴れとした顔を見せるのはここ最近では久しぶりのことだ。
「まあ、もはやオーソクレースなどどうでもよいのだがな。なあクラックよ」
「ええ、『紅の宝玉』については我々にお任せあれ」
その理由はやはり商人クラック、そして彼らが運んでくる『紅の宝玉』だ。いつの間にかクラックは商人の立場ながら王の傍らに立つことを許されるまでになっていた。安価で『紅の宝玉』を売るだけでなく、王は正しい、間違っているのは悪女ジュリーナ、あなたは素晴らしい判断をした、などと言葉巧みに王に取り入った。
苦しみ続けたところに差し伸べられた救いの手、そこにつけこまれたというのもあるのだろう、今やクラックは他の家臣よりも王から信頼される存在となっていた。
「陛下、ただいま戻りました」
そこへオーソクレースへと派遣されていた一行がやってくる。
「おお、ご苦労であったな。時にアルミナへ戻る時、結界の様子は見たか?」
「はい、とても驚きました。出る時には色が薄れ弱まっていた結界が、美しい赤の輝きを取り戻しておりましたので」
「うむうむ、そうであろう、そうであろうな」
陛下は満足げに頷く。クラックたちからもたらされた『紅の宝玉』によって結界は息を吹き返し、むしろ今までよりも鮮やかな輝きを放つようになっていた。
「領内に漂い始めていた瘴気もぱたりと止んだ。未だ結界付近では魔物の出現は報告されているが侵入の報告はない、いずれそれもなくなるだろう。アルミナは安泰だ」
「さようで。まこと喜ばしきことにございます」
「もはやオーソクレースとの交渉の必要もないが、一応報告を聞くとしようか」
「ははっ」
使者は『紅の宝玉』を求めオーソクレースへと赴いたが、留守の間にクラックたちによって問題は解決。いわば彼らの遠征は徒労に終わった……
はずなのだが、その目には確かな光が宿っていた。
「オーソクレース側は返答を保留、譲渡か売却か、売却するにしても額をどうつけるか、有識者の相談の末に決定すると。期限も明言を避けられました」
「ふん、アルミナから切り捨てられた小国がずいぶんと偉そうに。おおよそアルミナの窮状を聞き足元を見たのであろうな」
仮にも一度は救いを求めようとした相手に対しても、アルミナ国王に敬意はなかった。これは今に限らず、アルミナという国は隣国オーソクレースをどこか下に見ているきらいがある。
歴史を紐解けば、アルミナの前身はオーソクレースであり、むしろアルミナはオーソクレースの一部が独立した後発国家。だが立地と聖女の結界に助けられたアルミナはオーソクレースをしのぐ発展を遂げ、力関係は完全に逆転した。むしろ、元々の関係の裏返しもあり、こうしたオーソクレースを下に見る傾向はアルミナ全体に根強く残っている。その最たるものが国王だ。
「もうよい、あんな国に頼る必要もなくなった。返事を聞きに行くまでもなかろう」
「御意に。しかし陛下、それとは別に、重要な報告がございます」
「む? なんだ」
「オーソクレースにて、私はある非常に重大な情報を得たのです」
「ほう……申して見よ」
使者の男は語り始めた。
「オーソクレース国王との対話の後、我々はオーソクレース領内の宝石店を回りました。オーソクレース内の『紅の宝玉』の状況を確認し、場合によってはその場で購入し持ち帰るためです」
「ほほう、殊勝な心掛けよ」
「お褒めに与り光栄です。その中で……とある宝石店の店員が、あるおかしな客と出会ったというのです」
「ほう?」
それはオーソクレース内でも特に立派な宝石店、しかし使者たちが訪れた時には臨時休業の札がかかっていた。店内には人がおり、あちこちに立派な『紅の宝玉』が飾ってあって商売をできないようには見えない。
休業の理由を店員に尋ねると、思わぬ答えが返ってきたのだ。
「ある若い女の客が、店内の宝石にケチをつけたのだとか。鑑定士でもわからないようなわずかな差から贋作を見抜いてみせたそうです」
「なんだ、それがどうかしたのか」
「その店員は確かに聞いたのだそうです。その女の客が、ジュリーナという名前で呼ばれていたと」
「なに!?」
王の表情が変わった。ジュリーナ、という名前が出た途端、怒りに顔が歪む。
「たしかか、それは!」
「ええ、念のため人相を確認しましたが、十中八九ジュリーナ・コランダム当人と思われます」
「あやつめ、まんまとオーソクレースに逃げおおせておったか……!」
「それだけではございません。なんとジュリーナは、オーソクレース第一王子……フェルド・オーソクレースと行動を共にし、親しげに話していたとの情報も得ています。フェルド王子はジュリーナをかばい、庇護するそぶりも見せていたとか」
「なっ……!? オーソクレース王家と、ジュリーナが!?」
「それを聞きすぐにオーソクレース王城へとまた向かいましたが、検討が終わるまで待てと入城すら許されませんでした。何かを隠しているに違いありません」
「む、む、む……!」
オーソクレースへと逃げ込んでいたジュリーナ。しかもオーソクレース第一王子、王国の要人と懇意にしていた……
「陛下」
とそこへ、クラックがアルミナ国王に語り掛ける。
「第一王子ほどの重要人物と、昨日や今日知り合って懇意になれるとは思えません。これはもしや、かねてよりジュリーナとオーソクレースは繋がっていたのでは?」
クラックの指摘にアルミナ国王はハッと目を見開いた。
「そ、そうだ、そうに違いない! ジュリーナの協力者……まさか、オーソクレースそのものだったとは! ふざけおって、貶国めが!」
見下していた小国にまんまとはめられていたと知り、怒りのあまりわなわなと拳を震わせるアルミナ国王。
そのかたわらでクラックがニヤリと邪悪な笑みを浮かべたのに、気づいた者はいなかった。
「ともすれば、ジュリーナが強欲に『紅の宝玉』を要求していたのも、アルミナを弱体化させようというオーソクレースの企てではないでしょうか。これは由々しき事態にございます」
「そうだ、そうだ、その通りだ! ジュリーナめ、ただ欲深なだけに飽き足らず、オーソクレースと結託し、アルミナ王国を滅ぼそうとしていたとは! 悪魔のような女めが!」
王の怒りはヒートアップする。だが王だけでなく、ジュリーナとオーソクレースの癒着を疑う者はもはやこの場にいなかった。
「ただちにもう一度オーソクレースへと向かえ! 表向きの使者とは別に諜報もするのだ! ジュリーナとかの国の企てを暴き、そしてオーソクレースへと運ばれたであろうジュリーナの溜め込んだ『紅の宝玉』の全てを入手せよ!」
結界の維持に問題はなくなった。だがそれでも、あるいはだからこそ、アルミナ国王は『紅の宝玉』を求める。彼にとって『紅の宝玉』は国の象徴であり、その輝きは自らの王としての権力を示すものでもある。
そんな宝玉をかすめ取った悪女を、国王が許すわけはない。
「アルミナ王国を虚仮にしたこと、必ずや後悔させるのだ!」
勇ましく命令を飛ばす国王。これでこそ大国アルミナと、兵士たちも忠実に従った。
怒りに包まれるアルミナ国の中で……ほくそ笑む者たちの影は、巧妙に紛れ込むのだった。
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