第13話 宝石店で……これは!?
「わあっ……!」
宝石店はもう一目見るだけできらびやかに輝いて見えた。ガラスケースの中にたくさん並べられた宝石と、宝石があしらわれた装飾品の数々。仕事で宝石を見慣れてしまった私でも思わず心動かされる光景だ。
「……いらっしゃいませ」
だが、店員の態度はそんな気持ちに水を差すようなものだった。私の格好をざっと見た後、やややる気なさげに一礼する。私の格好を見て市民と判断し、冷やかしと考えたのだろう。
(冷やかしなのは事実だけど……失礼しちゃうよね)
立地的に貴族御用達の店なのだろうし冷やかしへの態度が雑になるのは無理もないが、失礼なのは変わりない。それに今は冷やかしだが将来ここで装飾品を買う可能性もあったのに、それももうなくなった。
私を見る店員の目は、下働きのように私を見下すアルミナの貴族たちを思い出させ……
(っていけない、嫌なこと忘れるために来たのに! 無視よ無視、アルミナと同じならそれこそ無視よ)
こっちは冷たい扱いには慣れている、無視が一番だ。
(さーて、『紅の宝玉』は私のお眼鏡に適うかな?)
こっちは『紅の宝玉』に関しては専門家だ。冷たい態度を取られた分、遠慮なく上から目線で批評させてもらおうか。
順番に飾られた商品を眺めていく。ふーん、たしかに悪くない純度と輝きじゃないの。
こっちは大きさの割に不純物多いなとか、こっちは綺麗な光沢をしているな、とか勝手に色々見ていく。とはいえ流石に高級店、そのほとんどがかなりの高水準で……
……ん?
この『紅の宝玉』……まさか……いや、間違いない。
「あの、店員さん」
思わず店員に声をかける。店員は無視しようとしたのか一瞬の逡巡したが、
「いかがなさいましたか?」
とやってきた。
私が指差した『紅の宝玉』、大きさも純度も立派な品だ。よく磨かれた光沢はとても美しく、そのまま飾っても装飾品にしても相当な値が付くことだろう。それこそ貴族というより王族が購入し、王宮に飾るような逸品だ。
……それが本物なら、だが。
「これ……偽物ですよね?」
私が指摘すると、店員はぎょっと目を見開いた。
だがすぐ呆れたように息を吐く。
「お客様……当店の商品は全て専門の鑑定士による鑑定が済んだ品ですよ」
そんなことも知らないのか、という嘲りを隠さない顔だ。腹が立つが今はそれはおいておこう。
たしかにこの『紅の宝玉』、見た目だけならどう見ても本物だ。光沢といい、透き通り方といい文句はない。
だが……そこから発せられる魔力に違和感がある。といっても本来なら高名な魔術師でも感じ取れない違いだろう。だが長い間、たくさんの『紅の宝玉』に触れ続けていた私にはわかる。これは偽物だ。
なにせアルミナ王国にいた頃もこうした偽物は多く混ざっていて、それを見分けるのも私の仕事だったのだから。
それにこの偽物は特に、なんというか……良くない気配がする。放っておいてはまずい、直感がそう告げていた。
「いいえ、発せられる魔力に違和感があります。もう一度、しっかり鑑定をした方がいいと思いますよ」
私は引かなかった、こと『紅の宝玉』に関して嘘はつけない。
ハア、と店員ははっきり呆れのため息でアピールしてくる。
「お客様……ごねて格安で商品を手に入れようという算段でしょうか? あまり無理をおっしゃるようなら、衛兵を呼ばざるを得ませんが」
ダメだ、取りつくしまもない。貧乏人が難癖をつけているとしか思われていないようだ。どうしよう、ここにある宝石を使って宝石術師であることを証明する? いやそれじゃ窃盗だし……
私が考えていた時だった。
「ここにいたのか」
聞き覚えのある声がして振り向くと、フェルドが入店してきたところだった。
「フェルド様! ご用事の方は?」
「君に伝え忘れたことがあってね、慌てて戻ってきたんだ。それよりどうしたんだ? 何か揉めているようにも見えたけど……」
「これはこれはフェルド様、ようこそいらっしゃいました。今、こちらのお客様が、わたくしたちの扱う商品が偽物だとおっしゃっておりまして……ほとほと困り果てていたところでございます」
「偽物?」
「ええ、ほとんど一目見ただけで偽物だと……相当優秀なお目をお持ちのようで……」
店員はフェルドに媚を売りつつ、嫌みったらしく顛末を騙った。
「ふむ……ジュリーナ、確かなのか?」
フェルドは店員に惑わされず冷静に私に問いかける。
「ええ、間違いありません。魔力の気配が僅かですが違います、精巧につくられた偽物です」
「ふぇ、フェルド様? 当店の品はいずれも相応の資格を持つ鑑定士の鑑定が済まされておりまして、偽物などあろうはずがございません」
「そうだな……どうしたものか」
フェルドは私のことを宝石術師として信頼してくれているだろうが、貴族御用達の宝石店に偽物があるはずがないというのもまあ真実味がある。判別は私にしかできないわけだし、これでは水掛け論だ。
「すまない、ちょっと手に取ってみていいか?」
「どうぞどうぞ、フェルド様自らお確かめください」
店員にことわってから、フェルドは手の平にハンカチを乗せ、それ越しに問題の宝玉を手にとった。自分の手の平の上でじっと宝玉を見るフェルド。
「……この店のオーナーは? 君か?」
「オーナーは主に経営面を担当されております、販売はわたくしめが全責任を持って執り行っております」
「そうか、じゃあ宝石の真贋についても、君が責任を持っているのかな?」
「さようでございます、何を隠そうわたくし自身鑑定士の資格を持っておりまして……まがい物を店頭に置くなど、断じて、断じてありえないことでございます」
店員はフェルドと喋りながらねっとりと視線を私に向けてきた。フェルドを盾にして私をなじる目だ。負けじと睨み返す。
「ジュリーナ、確かなんだね?」
店員とバチバチやっていると、フェルドが重ねて確認してきた。
「はい、間違いありません」
私は宝石の聖女として長く国を守ってきた誇りもかけて、強く頷いた。
「わかった、君を信じるよ」
フェルドはそう言うと、宝石を店員に突き出した。
「これは僕、フェルドが買い取る。代金は後で持ってこさせることになるけど、いいかな?」
「おお! それはもちろんでございます、フェルド様ならなんなりと」
本来ならあんな高価なもの、買うには書類なりなんなり必要なんだろうが、フェルドはその名前で十分保証になるようだ。でもなんで私が偽物だと言った宝石を……
「……それじゃあ」
するとフェルドは空いている方の手で懐から何かを取り出した。
それは一振りのナイフだった。おそらく護身用だろう、小さいがしっかりとしたつくりなのが見て取れる。
「フェルド様?」
「何を……」
なぜナイフを取り出したのか訝しむ私と店員を尻目に、フェルドはナイフを掲げ……
手にした『紅の宝玉』目掛け、振り下ろした。
「えっ!?」
「なっ!?」
驚く私たちの目の前で、ナイフを受けた宝玉がバカッと2つに割れた。
「これは……!」
それを見たフェルドも目を見開くと、割れた宝玉を店員に突き出す。
「見たまえ、この割れ方を! 『紅の宝玉』は魔力の塊だ、今みたいにナイフを突き立てたら表面が削れるか、細かい破片となって砕ける! こういう風に真っ二つにはけっしてならない! この割れ方はへき開の性質を持つ普通の鉱石のそれだ!」
「なっ……た、たしかに……」
「断面もそうだ、『紅の宝玉』ならばどこで割ろうと真紅のはずだが、内部の色が明らかに薄い! ジュリーナの言う通りこれは偽物……いやこれは他の宝石とも違う、『紅の宝玉』に似せた魔力を込め、似せた輝きを放つように悪意を持って作られた、贋作だ!」
「あ、う、そ、そんなはずは……!」
フェルドの追求に店員は反論できずあたふたするばかりだ。
『紅の宝玉』にそんな判別方法があるなんて知らなかった。しかしいくら貴族と言えど、本物ならさぞ高価であろう『紅の宝玉』にナイフを突き立てるなんて……私を信じていなければできなかったはずだ。
しかしその信頼のおかげで、私が難癖をつけていたわけではないことが証明されて。
しかもその上、相当高位の貴族であろうフェルドに、偽物を売りつけたこととなる。いくら気づかなかったとはいえ、もしフェルドから『わかっていて嘘をついたのだろう』と言われれば反論のしようがない(まあフェルドはそんなことしないだろうけど)。
店員の顔からは血の気が引いていき……
「た、大変申し訳ありませんでしたあああっ!!」
悲鳴のような謝罪をしつつ、深く深く頭を下げたのだった。
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